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運命の赤い糸はとんでもない!  作者: 竹輪㋠


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31/42

寂しくなるアイラ

 そうして無事に私たちは婚約し、密かに結婚式の準備が進められていた。

 氷の魔女の討伐が難航しているようで『こっそり準備することになってすまない』とコラン様に謝られた。

 とはいえ、結婚の目的は呪いを解くこと。参列者はハージ兄だけで十分だった。

 本当は母にも花嫁姿を見てもらいたかったけれど、遠い地から旅をして来るのは負担が大きいだろう。

 そもそも偽装結婚なのだから、誰かに祝福してもらうのも気が引ける。

 なんだか、味気ない結婚式になりそうだ。



 ウエディングドレスを選ぶ時も、仮縫いの時も、コラン様は現れなかった。こういうのって、女性が一人で決めるものなんだな。

 ハージ兄に相談するわけにもいかず、なんとなく心細い。

 ドレスの生地やデザインを選ぶ際、コラン様は「アイラの好きにしていい。費用は気にするな」と言ってくれたけれど、一度しか着ないものに大金をかけるのは気が引ける。


「ふう」

 結婚式のことを相談できる相手は、うんと年上(六十歳)の侍女であるイルマだけだった。

 けれど、彼女は「アイラ様は何でもお似合いになります」とばかり言って、手応えのある会話ができない。



 屋敷の警戒が強まり、コラン様からも「呪いを解くまでは極力屋敷の外に出ないように」と言われた。

 彼らに会いたくても、練習場へ行くには部屋を出る許可をもらい、誰かに付き添ってもらわなければならない。

 ミラ様やリンリ様にも会えず、手紙を送るだけの日々が続いた。



 心のバイブル本も母に追加で送ってもらったので一巻もそろえたが、二冊とも飽きるほど読んでしまった。


「はあ」

 ため息ばかりが増えていく。

 これが世にいうマリッジブルーなのだろうか?

 いや、ただ単に寂しいだけだ。


 テーブルに突っ伏したまま動かない私を見かねて、イルマがバルコニーに出ることを提案してくれた。

「バードフィーダーを作ったので、楽しめると思いますよ」

「それって何ですか?」

「鳥を呼んで観察するための餌台です。果物を切ったものや種を置くと、小鳥が集まってくるんですよ」

 興味を持ってバルコニーに出ると、かわいいエメラルドグリーンの屋根のついた餌台が設置されていた。

「わあ……」


 中を覗くと、木の実や果物が入れられている。

 少し離れたテーブルに座ると、イルマがお茶にベリーソースを入れてくれた。

 プレスロト国では寒いときにベリーソースを入れる習慣があるらしい。

 この特殊なベリーは、氷の山でも凍らないのだそうだ。

 甘い香りの茶を堪能しながら菓子をかじって待っていると、しばらくして小鳥が飛んできた。

「わ、かわいい!」

「ヤマガラですね」


 イルマが飛んできた小鳥の種類を教えてくれる。

 そうして、バードウォッチングは寂しい私の心を少しだけ満たしてくれた。





「不自由はないか? 結婚式の準備を任せてしまって済まない。無事に呪いが解けたら、改めて披露宴をしよう」

 夜、ハージ兄と呪いを代わって寝室へ向かうと、珍しくコラン様がすぐに寝ることなく、私に語りかけてきた。

 けれど、その顔には疲れの色が濃く、大きくあくびをしている。


「快適に暮らしています。最近はもっぱら、作っていただいたバードフィーダーを眺めて楽しんでいます」

「ああ、……そういえばそんなものを作ったな。アイラが喜ぶなら良かった」

「こないだから、真っ白な小鳥が来るようになったんです。それが、とても可愛くて……」

「そうか……」

 そう言いながら、コラン様はそっと私を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

 顔を上げようかと少し迷ったけれど、そのままじっとしていると、しばらくして撫でていた手が止まり、静かな寝息が聞こえてくる。


 深く眠ったかな?

 そろそろと顔を上げると美しい寝顔を見ることができる。

 結婚するのだから、もっと甘い雰囲気になるのかと期待していた。

 けれど——現実は氷の魔女討伐にかかりきりで、コラン様はハージ兄とべったりだった。

 ……わかっていたけれど、それでも寂しい。


 そっと頬をコラン様の胸に寄せ、鼓動の音を聞く。

 トクン、トクン、と規則的に響くその音。

 こんなに近いのに、心は遠いのだなぁ……。

 そう思うと、少しだけ悲しくなり、涙がこぼれた。


 呪いが解けたら、一緒に眠ることもなくなる。

 そう思うとコラン様にもっとくっついていたくなった。


 私って、欲張りでどうしようもない。

 きっと、ハージ兄もコラン様も、呪いがなくなっても私を邪険にすることはない。

 でも——討伐が終わり、偽装結婚も成功して……ようやく心置きなく愛し合えるようになる二人が、私に構ってくれるのだろうか……?


 大切にされている。

 大切にされているのに、どこか心は満たされなかった。




 ***



 結婚式まで一週間。

 ここにきて氷の魔女は姿をくらませたらしい。

 このままでは結婚式も延期になるかもしれなかった。


 その影響もあって、私自身もさらに警戒を強めるよう注意された。

 討伐が完了するまでは、食事も部屋で済ませ、ほとんど軟禁状態だ。


 どうやらコラン様が「妹」をかわいがっているという噂が広まっているらしく、氷の魔女の耳に入らないよう、ひっそりと過ごす必要があるらしい。


 呪いをかけられた兄におまけとしてついてきた設定なのに、侍女たちが私を必死に飾り立てるのも噂が広まる原因かもしれない。

 お陰で肌はプルプル、髪は艶々、ドレスも匂いが苦手だとわかってからは無臭のものを用意してくれるようになっていた……。


 無事に氷の魔女の討伐が終わりますように。


 氷の魔女が私に目を向けないよう、コラン様は、ハージ兄と呪いがかかっていることを必要以上に強調していた。

 そのため、私とコラン様が呪いで繋がるのは夜のみだった。


 なかなか治らないハージ兄のおできのせいで夜一緒に寝ることは続いている。ハージ兄がコラン様の寝室へ入った後、ひっそりと私と交代しているのだ。


 ――氷の魔女は、私とハージがいまだに繋がっていると信じている。

 もしアイラと繋がっていることがばれたら、呪いが解かれることが知られてしまうだろう。

 魔術師団の解析が進み、他人の呪いの糸を自分に取り込む方法があることが判明した。

 それは——呪いを受けた人間の心臓を食らうこと。

 氷の魔女はハージの心臓を食らって呪いを自分に取り込もうと狙っているはずだ。

 もし、アイラが呪いを代われることが知られてしまえば、アイラの心臓が狙われてしまう。

 それだけは、絶対に避けなければならない。


 コラン様から改めて聞いた話は、あまりにも恐ろしいものだった。

 心臓を食べられる、ということは、つまり死ぬということ。

 だったら、さっさと結婚して呪いを解いてしまえばいい。


 そう思うものの、赤い糸の呪いが解けた瞬間にその情報が氷の魔女へ伝わるらしく、別の手を打たれる可能性があるという。

 そうなると氷の魔女は次こそコラン様と繋がるために、新たな赤い糸を用意してしまうかもしれない。

 糸は、複数を繋げることができない。

 だからこそ、コラン様たちは、氷の魔女に「男と繋がっている」と思い込ませているうちに、討伐を完遂しようと作戦を立てているのだ。



 そんな息が詰まるような生活の中で、唯一許された楽しみは、バルコニーでのバードウォッチングだった。


「ずいぶん、アイラ様に慣れてきたのですね」

 小さな白い小鳥が私の近くまでやってきて、お菓子の欠片をついばむようになっていた。

 赤い目をした可愛い小鳥。

 イルマも知らない種類だと言っていたので、今度、野鳥図鑑で調べてみよう。

 小鳥がテーブルの近くまで寄ってきたかと思うと、何かに気づいたのか、ぱっと飛び去ってしまった。

 振り返ると、イルマがこちらへ向かってくるのが見えた。


「アイラ様、ミラ様とリンリ様からのお届け物ですよ」

「お二人から?」

「アイラ様が退屈しているとコラン様が伝えてくださったそうです」

 二人との手紙の頻度も減っていた。氷の魔女の件で忙しいとわかっているのにこちらから手紙を出すと催促しているように思えて書けなかったのだ。


「ハッパちゃん!」

 包みを開けると箱からハッパちゃんが、フルフルと開放感を味わうように震えて出てきた。

 添えられていた手紙には、ハッパちゃんのお世話の仕方が書かれている。

 嬉しい。

 まさか、ハッパちゃんを届けてもらえるとは思わなかった。

 それから手紙には「もう少しで色々なことが解決するので、そうしたら遊ぼうね」と書かれていた。


「ハッパちゃんの食事はお水なのですね。ミラ様に水魔法を習ったら、私もお水があげられるようになるかしら」

 早速、一緒に入っていたお世話用のコップに水を注ぎ、ハッパちゃんへ差し出す。

 すると、嬉しそうにハッパちゃんが横へ揺れ始めた——。

 かわいい。可愛いぞ。


 白い小鳥とハッパちゃんは、寂しさに沈む私の心を、そっと癒してくれていた。


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