宮廷魔術師団3
「アイラ、こっちにおいで」
しばらくすると話が終わったのかコラン様に呼ばれた。私が行くとその血液が欲しいとホラム様が言って腕に針を刺した。
「少し多めに血を分けてもらいますので、少しここで横になってください」
「はい」
簡易のベッドに寝かされて管から血が吸い取られるのを眺めた。隣を見るとハージ兄が同じように血を抜かれていた。
コラン様が狭そうにハージお兄様の横に寝ている。
大きな男が二人だと狭いだろうな、と思っていたらコラン様と目が合った。
「アイラのほうへ行っていいか? ハージと一緒だとベッドから落ちそうだ」
「いいですよ」
私のベッドは余裕がある。
安請け合いして血を合わせると、呪いを移したコラン様が私のベッドに乗った。
でも、いくら私が小さいからといって、ベッドの狭さは男二人よりましなだけだ。
結局落ちないように後ろから腕を回されて抱きとめられるような形に収まった。その体勢に慣れた私は後ろのコラン様にさっそく聞いてみた。
「コランお兄様とハージお兄様が結婚したら、呪いは解けるのですか?」
「ゲホッゲホッ……!」
「だ、大丈夫ですか?」
いきなりむせたコラン様に振り替えると、せき込んだからか真っ赤な顔をしていた。
「どうして私とハージという発想になったんだ」
「え? でも……」
「形式だけならそれで呪いが解けると思ったのか? アイラ、呪いはそんなに簡単なものではない。ええと、そうだな、互いに深く愛し合って、め、めしべとおしべが……」
「深く愛し合う……」
そうなるとまだハージ兄とコラン様はまだ深くは愛し合っていないのか。
うーん……それってどうやって判断するの?
「そういうことはちゃんと順序も必要だ。ア、アイラは結婚相手にどんなことを望むんだ?」
「私? 私ですか? そうですねぇ」
そりゃあ、兄たちみたいな素敵な人がいればいいけれど……。
そう考えると、この先、二人の兄を超えるような心惹かれる男性が現れるのか疑問に思えてきた。
「お兄様たちみたいな人が現れたら嬉しいです」
「……みたいな?」
「優しくて、あったかくて素敵な人です」
「アイラは、私のことをそう思ってくれているのか?」
「はい。とっても素敵なお兄様です」
「素敵なお兄様……」
私としてはふたりが望む満点の答えをしたつもりだった。
そこで、ハージ兄がこちらを見ているのに気づいた。
にっこり笑うとなぜだか残念そうな顔をされる。
そこは、兄として喜ぶべきところだろうに。
「アイラ、俺たちみたいないい男はなかなか現れないぞ」
ハージ兄はそんなことを言ったが
「そんなことを言っても、お兄様とは結婚できないじゃないですか」
としか返せなかった。
血液を抜き終わると魔術師のみんなとお別れした。
手を振っていると、コラン様がその様子を驚いたように見ていた。
お土産にお菓子をたんまりもらったので呆れているのかもしれない。
「えへへ。こんなにもらいました。あとで食べましょうね」
なんだかホラム様との密談が終わってから、コラン様がうわの空になってしまった。ハージ兄とまだ深く愛し合っていなくて結婚できないのがショックだったんだろうか。
うーん、でもどちらかというとハージ兄のほうがコラン様を好きだろうし、これは、あの小説でいうと無自覚から自覚への心境の変化だろうか。
いいぞ、ヤレヤレ。
すると、ここからめくるめく男同士の愛が芽生え始まる……。
これは何としてでも、今後の二人をしっかり観察させてもらわないと!
ワクワクとドキドキがもう、止まりそうもなかった。
しかし、その日の夜、ハージ兄とコラン様がベッドで親睦を深めるはずだったのに、予期せぬ事態が起きた。
「アイラ、すまないが、俺は酷く腹を壊してな……夜、呪いを代わってはくれないだろうか」
なんとハージ兄が腹痛になった。
たしかに頻繁にトイレに行くのに呪いで繋がっていてはかわいそうである。
今夜から恋の自覚から始まるドキドキナイトだったかもしれないのに、なんともタイミングの悪い。
「仕方ないですね。コランお兄様、ハージお兄様を許してあげて下さい」
「ああ。アイラ、申し訳ないが頼む」
コラン様と寝ることになるなら、こんなにリボンがたくさんついたパジャマを着るべきじゃなかった。
侍女さんたちが用意してくれて嬉しかったけれど、女性が苦手なコラン様は嫌だろう。
せめて、と上からガウンを着こんで、ひらひらしたシャツをズボンの中に押し込んだ。
幸い香水は断ったのでギリギリ大丈夫だろうか。
「もしや、そんなに私はアイラから警戒されているのか?」
私のへんてこな恰好を見てコラン様がそう言った。
「いえ、コランお兄様が私になにかするなんて微塵も思っていません。女の人が苦手でしょうから、着こんだ方がいいと思って」
「それならアイラは大丈夫だから、好きな恰好でいいんだぞ。そのパジャマは上着をそんなにしまいこむものではないだろう」
ズボンに詰め込まれた上着を見て気の毒そうなコラン様。
でもかわいいよりなにより、コラン様が不快にならないようにしないと。
「パジャマのズボンにはしっかりシャツをいれないと。寝ている間にめくれてしまうと困りますからね」
「……まあ、そうだな。うん。肌が出たりすると……、さすがに、まずいな」
見たくないだろうし見せないに限る。さて、では寝ますか、とベッドに向かう。
コラン様の部屋の豪華なベッドは高い位置にあったので抱き上げてのせてくれた。
すごい! お姫様抱っこだ。
「ふかふかですね」
「気に入ったか?」
「はい。とても幸せに眠れそうです」
「私もアイラを抱えて寝るのは幸せだ」
おお。妹としてもレベルが上がっていそうだ。
あまりのシーツの心地よさに、眠気がどっと押し寄せる。
「おやすみ、アイラ」
あくびをしたら私はウツラウツラとしていた。
その日は珍しく、横になりながらお互い向き合う形で眠った。
血を抜いたせいか疲れがどっと来て、意識も朦朧としていた。
コラン様に抱きしめられて心地よくて、私は目の前にあった彼のシャツを握った。
額にキスをされたのは……現実だったのか、夢だったのか。
「おやすみなさい」と返すこともなく、私は眠りに落ちていった。




