山越え1
「さあ、ここからは魔獣が出るからな。アイラ、気をつけて歩けよ」
ハージ兄の言葉に気を引き締め、慎重に歩を進める。
山に入って三十分ほどすると、ミシェルから降りて歩くことになった。
賢いミシェルと兄の馬は、私たちと並行してゆったりと歩く。
次第に木々が生い茂り、山道は薄暗くなっていく。
体力のある二人についていくだけでも、私には必死の思いだ。
さすが冒険者と騎士団長……。
気を使ってもらっているというのに、息を切らしているのは私だけ。
「ちょっと止まってくれ」
私が荒い息をつきながら歩いていると、コラン様がハージ兄に声をかけた。
「コラン様、どうかしましたか?」
「アイラだけミシェルに乗せよう。さすがにこの山道は素人にはきついようだ。おぶってやってもいいが、魔獣が出ると危ないしな」
「え⁉ あ、あの、私、まだ歩きます」
こんなにペースを落としてもらっているのに、ついていけない私が悪い。
このままだと夜までに山小屋にたどり着けなくなり、野宿になってしまう。
「でも、アイラ一人では馬には乗れませんよ。もうすこしゆっくり歩きましょうか」
「ご、ごめんなさい」
「とにかく、一度休憩をいれよう。アイラ、水分をとりなさい」
「はい」
コラン様に水筒を渡され、木陰へ移動する。
水を飲み終え、一息ついていると、コラン様がふと私を見つめ……。
ポニーテールにしていた私の後ろ髪を、ひょいと手で軽く跳ねさせた。
「アイラ、グループで行動するにはちゃんとみんなの力量を図って行動しないといけない。ここは山で、魔獣が出る。一人が無理をして、なにかあった時、グループ全体で犠牲を払うことになることだってあるんだ」
「……ご、ごめんなさい。もう少し、頑張れるかなって……」
「気持ちはわかった。もう少しこまめに休憩をとるから、ペースが早かったらすぐに言うんだ」
「はい」
迷惑をかけてしまったと少し落ち込んでいるとコラン様に頭を撫でられた。顔を上げるとハージ兄もこちらをのぞき込んでいた。
「アイラ、口を開けろ」
「?」
言われるがまま、口を開けるとまたポイっと飴玉を放り込まれた。
「元気、出せ」
「ふあい」
今度はハージ兄にも頭を撫でられる。
大好きないちごの飴を買っておいてくれるなんて出来た兄である。
現金なもので一粒の飴で元気が出た私は立ち上がって、まだ歩けるとコラン様にアピールした。
「宿でもハージが与えていたが、アイラは飴玉が好きなのか?」
「アイラはいちご味に目がないんですよ」
そう言ってハージ兄はコラン様にも飴玉を渡した。
口にいれたコラン様がもぐもぐしているのが超絶可愛い。
……だがしかし、そこは、直接、口に放り込まないと!
うっかり唇とか、指でかすめてくれないとぉおお!
物足りなさを感じて悶々としながら歩く。
それからは私のペースに合わせて更にゆっくりと進んでくれた。
休憩時に今度はコラン様がハージ兄から受け取った飴玉を私の口に放り込んだ。
何を思ったのか、その指が私の唇をふにっと触れて、ドキドキさせられた……。
でも、だから、そうじゃない!
私じゃ意味がない!
結局、私のせいで予定していた山小屋には辿り着けず、野宿することになった。
こうなると、夜通し火を焚いて魔獣に警戒しなければならない。
本当に申し訳ない限りだ……。
いつものように夕食後に呪いを代わるのだと思っていたが、今日はこのまま続行するということになった。
「どうしてですか?」
「どうしてって、アイラ一人で火の番なんてできないし、魔獣が出たら応戦できないだろ。とりあえず、先にコラン様と休め」
確かに、私が自由になったところで役に立つとは思えない。
足を引っ張ってばかりで、本当に申し訳ない……。
「ごめんなさい。ハージお兄様……」
「アイラがいてくれるだけで、ずいぶん助かっている。気にするな。それに、夜中に交代してもらうから、そのつもりで心して寝てくれ」
「はい!」
正直、へとへとだったので眠るのは簡単なことだろう。
そう、その時は軽く考えていた。
「あのぅ……お二人は、いつもこうやって眠っているんですか?」
後ろからすっぽりとコラン様に抱きかかえられ、口から心臓が飛び出そうだった。
夜に呪いを代わったことがないので、二人がどんな風に寝ているのか知らない。
けれど、今、この体勢は……。
隣でぴったりくっつくとか、ちょっと離れる前に抱き着くとか、そんなレベルをはるかに超えている。
焚火の向こうにはハージ兄が見える。
私は、ただ二人の兄のイチャイチャが見たかっただけで。
……こんなのは望んでいない。
「ハージとは並んで寝るだけだが、アイラは小さいし、こうした方が守りながら剣を取れるからな。力を抜けばいい。大丈夫だ。魔獣が出ても私が守ってやる。……ああ、腕に頭を置いてもいいぞ」
ちょ、腕枕とか! 無理!
本気で言ってる? ……本気だ。
気づけば、すでに腕が私の頭の下に。
どうしたことだ。
女性が苦手だったのではないか?
いや、気づいてた。気づいてたよ。
私に対して小さい子扱いなのも、ミシェルと同じような対応なのも。
今日だって昼間に、何度もポニーテールをちょっかいかけられた。
コラン様がいつもミシェルのしっぽを通りすがりにつついているのを……知ってるんだからね!
……ああ、今、絶対頭の匂いをかがれている。
草の匂いだ。
乙女の頭が、草の匂いである。
以前、「ミシェルと同じ匂いだ」と言ってたことも……忘れてない!
もぞもぞしている私の背中を、コラン様がポンポンと軽く叩き始めた。
うーん、早く寝ろということだろう。
確かに、ハージ兄と交代しないといけないし……。
でも……そんな、簡単に……。
むにゃ……。
……。