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女性避けには可愛い妹

 それからハージ兄が探してきてくれた宿に向かった。

 町一番大きな宿のようで、宿の入り口はとてもにぎわっていた。


「では、宿の手続きを終えてきますのでここで待っていてください」

「よろしく頼む」

「お願いします」


 ハージ兄がカウンターに行くのを見送っていると、チラチラとこちらを窺う人がいる。

 その目線を追うと私の頭の上のコラン様だ。

 そりゃあ、こんな美男子、滅多にお目にかかれないだろう。

 鉢植えが置いてある壁際は目立つ場所ではないのに、コラン様が立っているだけでなんだか注目を浴びている。


「アイラ、私の足に座るか?」

 様々な視線に落ち着かない気分でいるとコラン様が私に気を使ってそんなことを言う。

「えっ。そ、それはご遠慮します。立っている方が楽ですから」


 今、椅子のある場所に移動して膝に乗せられたりなんかしたら、これ以上目立つに決まっている。

「無理しなくていいんだぞ」

「本当に、大丈夫ですから」

 心配そうな顔に笑って応えるとコラン様が少し口を尖らせた。


「……アイラはすぐに我慢してしまうとハージが言っていたからな」

「そんなことはありませんよ。末っ子ですからね。みんなに可愛がられて甘えてきました」

「コートボアール家に行くまでにもアイラの話は聞いたぞ」

「な、なにを聞かされたんですか? ハージお兄様は私のことを大げさに言うので、半分くらいで聞いてくださいね」

 私もブラコンだと自分で思うことがあるが、ハージお兄様も結構なシスコンなのだ。外で私を褒めまくっているので恥ずかしい。


「半分もなにも、ハージと父親の仲を取り持ってくれていたと聞いた」

「コートボアール家は仲良しなので、取り持った記憶はないのですが……」

「ハージが父親と喧嘩して納屋に閉じ込められると、夜中にこっそり自分の食事を取り分けたアイラがやってきて、すき間から差し出してくれたと言っていたぞ」

「あはは。そういえばそうですね。小さい頃、ハージお兄様はよくお父様を怒らせていましたから」

「お腹がすいたと泣けば、アイラが何か食べ物を持ってきてくれて、寂しいと言えばドアの前でずっといてくれたと聞いた。ドアの前で寝てしまったアイラを見つけて、父親が仕方なくいつもハージを納屋から出してくれたとも言っていた」

「ふふ。二人とも優しいのですが、言い出したら引っ込みつかなくて、頑固なんですよ……あ……ご、ごめんなさい」

 父のことを思うとポロリと涙がこぼれてしまった。

 もう、ハージ兄と父が衝突することはないのだ。


「す、すまない。父を亡くしたばかりだったのに」

「いえ。私の方こそ、涙なんて……。私の涙腺がこんなに緩いとは驚きです」

 私の涙でうろたえてしまったコラン様が親指で私の涙をぬぐってくれた。


「アイラは素直なところがいい」

「単純馬鹿って言われますけどね」

「誰だ、そんなことを言うやつは」

「隣の領地の幼馴染みですよ。いつも私に意地悪するんです。こないだなんて屋敷に来るなり、「嫁にもらってやる」なんて変なことを言い出して。絶対、裏になにかあったに違いないです」


「アイラを嫁に?」

 コラン様の声が低くなる。怒ってくれているのか、優しい。

「お父様が亡くなって、心もとないだろうって、ほんと、あれだけ意地悪してきたのに、なにを言っているんだか」

「そんな奴に意地悪されていたのか?」

「はい……でも、小さい頃からハージお兄様がいつもやっつけてくれていました」

「ハージはアイラが大切なんだな」

 小さいころのことを思い浮かべると、自然と頬が緩む。

 ハージ兄は、いつだって私を助けてくれた。


「ちょっと行き過ぎることもありますが、私のヒーローです。家計のために危険を顧みず冒険者になって、ずっと仕送りしてくれました。そのおかげで、私は途中でやめることなく学校に通うことができました」

「アイラもハージが大切なんだな

「はい。ハージお兄様に受けた恩は、少しずつでも返したいと思っています」


 そのためには、まず、この目の前の美しい人が恋人になればいいと思う。

 他国の王子様だし、色々と試練はあるかもしれないけれど、その先にはきっと本物の愛があるに違いない。


「互いに思い合える家族がいるとは羨ましい。私は妾の子で父には式典でしか特に会うこともない。義兄たちも十ほど年が離れていて、もともと互いに干渉していない。母も父の補佐に忙しく、ついでに王太后の嫌がらせに嫌気をさす毎日だ」

「嫌がらせなんてあるのですか……」

「あの人は……暇なんだろう」

 嫌がらせをするという王太后の顔が浮かんだのか、コラン様が嫌そうな顔をしていた。

 王宮、コワッ。


「まあでも、コランお兄様にはこれからは私という妹がいますから」

「……そうか。そうだな」


 にこりと微笑むコラン様に、ぜひともハージ兄を伴侶に迎えて本物の家族になっていただきたいと思いながら笑い返した。



 ***



「部屋に移動しますか? 酒場になるとは聞いてなくて」


 ハージ兄が心配した顔でコラン様を気遣った。

 夕食を取りに宿の一階に降りると、食堂はなんだか騒がしい酒場になっていた。人がたくさんいるところはコラン様が変に目立ってしまう。


「フードをかぶれば良かったな」

 食堂にコラン様が踏み入れた途端、場の雰囲気が桃色に変わる。

 妖艶なお姉様たちが目をハートにして(個人の感想です)コラン様を眺めていた。


 昼間の遠巻きに見ているお嬢様方と違って、胸元を大きく強調したお姉様たちは積極的だった。

 いや、決してその谷間が羨ましいだなんて思っていない。


「お兄さんたち、私たちと一緒に飲まない?」


 そのなかの赤毛の美女が声をかけると、あからさまにコラン様の眉間にしわが寄った。まるで魔獣にでもであったようだ。

 すぐさま不機嫌を察知したハージ兄が間に入った。


「悪いけど妹が一緒なんだ。他をあたってくれ」

「へえ、妹ちゃんも一緒なんだ。私たちは一緒でもいいわよ?」

 コラン様を見ると、なんと鼻をつまんでいた。

 香水、ぷんぷんだものね。

 女性が苦手だって聞いていたけど、これほどまでにあからさまに嫌がるとは思わなかった。


「連れが香水の匂いが苦手なんだ。申し訳ないけど」

 コラン様の姿を見て、ハージ兄はシッシ、と美女を追い払った。

「え? ちょっと、追い払う気? しかもあんたも鼻をつまむなんて失礼じゃない! そんなに嫌な顔して、イケメンだからって失礼しちゃうわ!」

 美女は怒って去って行った。

 しかし香りが強烈なのは食事をする場所では迷惑かも。まだ残り香が。


「部屋に運ばせますか?」


 一人目は無事に撃退したが、まだまだ声をかけたそうな女性たちの視線がちらつく。

 コラン様はじっと私を見つめ、自分の太ももを軽く叩いた。

「アイラ、兄を助けると思って、ここへ座ってくれ」

「え?」

「さすがに膝に女の子を載せた男に声はかけないだろう」

「なるほど、それもそうですね。アイラ、そうして」

「へ⁉」

 二人の様子を窺ったが、本気のようだ。

 まだお尻も痛いし、そうしたほうが楽かもしれない。

 うう、またこんなことになるとは……。


 けれど、今にもこちらへ近づきそうなお姉さま方の熱い視線を感じ、無事に食事を終わらせるためだと覚悟を決めた。


 えいっ!

 コラン様の膝に乗ると、安定するように腰に手がまわってきた。

「ハハ、馬の上よりは密着しないで済むじゃないか」

 ハージ兄にも言われて、もう考えるのはあきらめた。

 私は大人しく膝の上で食事をとることにする。


 この体勢、どこの幼女だよ!

 とは、私の心の声である。


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