お兄様はかっこいい
体が前のめりになったのをサッとコラン様の腕が支えてくれた。
「スリか……」
「えっ⁉」
コラン様のつぶやきに青くなった私は、自分のポーチの蓋が開いていることに気づいた。
お財布、すられちゃってる! どうしよう!
お母様からもらった大事なお金なのに!
泣きそうになっているとガシリとコラン様の腕が私を抱き上げた。
え。
体が宙に浮いている。
私は腕一本で抱きかかえられていた。
「少しの間、しがみついているんだ」
コラン様が走り出したので慌てて首の後ろに手を回してしがみついた。
は、速い!
ズザッと音がして、動きが止まったかと思うと、コランお兄様はそばにあった棒を足で蹴り上げ、片手で掴んで振り上げた。
ビュン、と風を切る音が響いた直後、前方を走っていたスリの男がギャッと悲鳴を上げて倒れた。
すぐさま追いついたコランお兄様は、そのまま倒れたスリの背中に足を置いた。
「さて、財布を返してもらおうか?」
「ぐううっ! あ、足をどけてくれ! 悪かったから! 財布は返すから!」
あっという間……さすが騎士団長。
それから往生際の悪い男が逃げようとして、バシリと棒で手を叩かれていた。
ようやく観念した男は財布を返して、騒ぎを聞きつけた自警団に連れられて行った。
すべてを解決したコラン様はずっと抱き上げていた私をゆっくりと地面に下ろした。
「アイラ、急に走って悪かった。怖かったか?」
コラン様が奪われた財布を私に渡してくれた。
「いえ、あ、あの……ありがとうございました! それで、その、すごくって……」
「すごくって?」
「ものすごく、かっこよかったです!」
「……そうか」
もう、なんていうの⁉
動きすべてに無駄がなくて、しかも私を抱えているというのに、簡単にスリを捕まえてしまったのだ。
かっこいい~っ! かっこいいの!
私の熱烈な視線にコラン様が顔を反らした。照れているらしい。耳が赤い。
あーっ! もう、今度は可愛い!
「治安があまりよくないようだな、アイラ、私のマントの中にはいりなさい」
「はい!」
コランお兄様についていきます!
そうしてマントの中に入った私はコラン様のシャツの裾をきゅっと掴んだ。
「なんでそんな風になっているんですか?」
「どうせくっついて歩くのだから、私のマントにアイラを入れてしまおうと思ったんだ」
いくつかの買い物を済ませて戻ってきたハージ兄がマントの中に包まる私を見てぎょっとしていた。
「コラン様、本気でアイラは大丈夫なんですね」
「先ほど、私がスリに遭ってしまったんです。で、コランお兄様が私を抱えたまま、スリを捕まえて、お財布を取り返してくださったんですよ!」
マントの間からひょこりと顔を出してハージ兄に興奮しながら説明する。
どんなに凛々しくて素敵だったのかも伝わればいいのに!
「そうだったのか」
「もうね、とってもかっこよかったんですよ! ハージお兄様が惚れ直すくらいに!」
「惚れ直すってなんだよ、まあ、コラン様なら造作もないことだったろう。アイラはもう少し注意深く歩かないとな」
「反省します!」
勢いよく言うとコラン様が声をあげて笑った。こんな風に笑ったのは初めてかも。
「あははははっ! アイラは可愛いな! ハージ、妹とはこんなに可愛いものなんだな」
「……はあ。まあ、可愛いのは可愛いですけど。……大体の買い物は終えたので昼食をすませましょう。この先によさそうな食堂がありました」
「わかった。ありがとう、ハージ」
「アイラ、お前の好きな卵料理があったぞ」
「嬉しい! お兄様、大好き!」
「んな、大げさな」
ん? 今、腰を掴む手にきゅっと力が入ったような……。
不思議に思って見上げるとじっと私を見ているコラン様と目が合った。
……よくわからないがヘラ、っと笑っておいた。