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それは嵐の前の静けさ

よろしくお願いします。R15は最後にちょろっとだけです。


「アイラちゃん……お父様が、亡くなったわ」

 泣き崩れる母を見て、私はその背中を覆う様に抱きしめた。


 父が不慮の事故で亡くなって、普段は底抜けに明るい母がふさぎ込んでしまった。何もかもが突然のことで、頭がついて行かない。しかし、悲しみに暮れていたいのに、それを周りが許してくれなかった。


 ロメカトルト国に領土を持つコートボアール家は王家より賜った土地を守る男爵家である。なんでも伝説のラルラ王の愛馬がその手で葬られた由緒正しい土地である為に、コートボアールという愛馬の名前を受け継ぎ、世襲制で墓の守りを任されていた。

 しかし、愛馬の墓があろうとも、観光地でもなければ、実り豊かな土地でもない。正直、貧相な土地で、それなりに広さはあるが、広い分、管理にお金がかかるばかりで、領地の経営はひっ迫していた。

 しかも、十数年前にその愛馬の墓を荒らされてからは更にケチがつくばかりで、当然墓の修繕費用もかかったし、その後に大雨が続いて道の補修にまたお金がかかった。


 父も努力はしていたが、簡単に金回りが良くなるわけもなく、いつも金策に奔走していた。救いがあるのはコートボアール家が大変仲のいい家族であることだ。正直、貧乏だったが、笑顔の絶えない家族であった。


「奥様、王都から書状が届いております」


 たった一人の使用人、ランベルトが王城から届いた哀悼書簡を持ってきた。何をする気力もない母の代わりに私はそれを受け取った。


「お母様、開けるわよ?」

「ええ」


 ざっと目を通して、私はギュッと目を瞑った。そこにはお悔やみの言葉だけではなく、今後のことまで記されていた。


「お母様、その、お父様のお悔やみと、爵位継承の手続きを半年以内にするようにと書かれています」

「イルムが亡くなったばかりだというのに、周りの人はそればっかりね」


「お兄様にお手紙は届いたのでしょうか」


 八つ離れた二十五歳の兄はお金を稼ぐために冒険者となっていた。普通、冒険者になって稼ぐのは貴族なら三男、四男と決まっている。家を継ぐ長男やスペアの次男は領地経営に精を出し、家を盛り上げるのだ。

 けれど、我がコートボアール家はどんなに頑張っても貧乏。領地は父に任せて、腕っぷしに自信があった兄が出稼ぎに出ることになった。

 幸い、兄には才能があったようで、今では冒険者ランクもAになって、立派に稼ぎ頭となってくれていた。

 本当に感謝してもしきれない。


 ただ、ランクが上がって依頼が複雑なものになるにつれ、時間もかかり、移動する範囲も広がる。報酬は増えたが、何カ月も便りがなかったり、帰って来れないということも、ざらにあった。


 今回も竜の鱗を取る依頼を受けていて、竜の住む氷の山に向かってしまって連絡がつかなかった。父の葬儀に間に合わなかったと知ったら、兄も深く悲しむだろう。


「男爵家を継いだら、お兄様も冒険者でいられなくなるでしょうね」


 最近ではもう冒険者でいるほうが楽しそうな兄だ。窮屈で貧乏な領地経営をさせるのは心苦しい。


「そうね。ハージにはお嫁さんも探さないと」


「……お父様を偲ぶ時間さえ、与えてもらえないようですね」


 それから私と母は、兄のお見合い相手を探し始めた。しかし、こんな貧乏貴族に嫁ぎたい年頃の女性はいない。

 しかも一カ月たっても、兄とは連絡がつかない。

 そもそも、兄だって相手は選びたいだろうし、もしかしたら意中の女性がいるかもしれない。

 いや、こんな貧乏な家、兄に惚れて結婚してくれる女性の方が嫁いできてくれる可能性が高い。

 きっと兄の優しさや、あの立派な筋肉を好きになってくれる女性がどこかにいるはずだ。


 なんとか、連絡がつかないものか。私と母が悩んでいると、隣領地のメイサンがやってきた。


「おい! アイラ! 俺がお前を嫁に貰いに来てやったぞ!」


 隣領地のグローブ家は貿易で一山当てて、お金持ちであった。

 隣なのにズルいと何度も思ったのは内緒である。

 メイサンは私より一つ上でいわゆる幼馴染だが、私はいつも偉そうな彼に虐められていた記憶しかない。


「え、嫁ですって? なにかの冗談でしょうか?」

「なにが、冗談だ。恋人のピンチを救いにやってきてやったんだろうが。父親が亡くなって、将来が不安で震えているお前を安心させてやろうと、今日は婚約しに来てやったんだ」


 なにを血迷ったのか、メイサンはちゃんとした婚約の証書まで持ってきていた。いや、その前に恋人ってなった覚えもない。

 微塵も。


「アイラちゃん、メイサン君と恋人だったの?」

「お母様、メイサンには昔から虐められてばかりです。どうして恋人だなんて大嘘……」

「なっ……そ、それは」

「メイサンには昔からでっかい芋虫を手にのせられたり、テストの答案を教室で晒されて馬鹿だ馬鹿だと罵られたり、嫌がらせばかり受けています」

「う、うぐっ」

 私が過去の悪行をさらすと、メイサンが息を詰まらせた。

 そのまま私はメイサンに宣言する。


「ですから、この求婚にも裏があるはずです。万が一、本気だとしても、私は受ける気はございません!」

「そ、そんなっ」

「裏があるって怖いわねぇ。メイサン君、うちは支度金も出せないからアイラちゃんと結婚してもいいことないわよ?」

 私が宣言すると母は呆れたように援護してくれた。


「メイサンと結婚なんてとんでもない。それとも、支度金もいらないと言うほど、私のことが、よおおおおっつぽど、好きなのですか?」

「し、淑女がそんなことを聞くなんて、はしたないだろ! お、お、おま、お前のことなんか好きなもんか!」

 私が問い詰めるとメイサンはいつものようにそんなことを言い出す。

 ほら、好きでもないってのになにを言いに来たのだか。

 ため息をついて私は屋敷の出口を指さしてあげた。


「私の事なんて、あざけ笑いに来ただけなのでしょう? ほら、お帰りはあちらですよ」

「き、今日のところは帰る! お、覚えていろよ!」

 ……捨て台詞を吐いてメイサンは家を出て行った。本当になにしに来たのだろう。


「メイサン君は昔から変わらないわねぇ……あれじゃあ、アイラちゃんをお嫁になんてあげられないわ」

「……当たり前です。とりあえず、お兄様が戻って、お嫁さんも決まったら、私は王都に出稼ぎに出ます。お兄様が外で稼いでくれたお陰で学園も無事に卒業させていただきましたし、先生に今後の事は相談していましたので、家庭教師の働き口を紹介してもらうことになってますから」

「ごめんね。私がしっかりしないといけないのに。あなたにもハージにも苦労をかけてしまう」

 肩を落とす背中に手をやると、母は複雑そうに微笑んだ。


「私は大丈夫です。お母様こそ、お父様が亡くなって、悲しむ時間もあげられなくてごめんなさい」

「それは、アイラちゃんもじゃない……」


 神様は意地悪だ。

 母や私から大好きな父を突然奪ってしまうのだから。


 なにがラルラ王の伝説だ。父が金策に隣町に出かけなければ、建物の崩落事故にあうこともなかっただろう。


「これから……どうなってしまうのかしらね」

 弱音を吐く母の肩をそのまま抱きしめる。

 本当は私も不安でしかない。


 途方に暮れた私と母のところへ兄が帰ってきたのはそれから十日後だった。


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