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第5話 看病



 ――日曜日

 昨日とは違って、今日は快晴だ。

 私はいつものように窓を開き、朝の空気を楽しむ。



「……やっぱり、いないか」



 いない、というのはもちろん絵描きのことだ。

 絵が完成したから来てないのか、それとも……



「はぁ……」



 私は昨日のことを思い出し、肩を落としてため息を吐く。

 意外と大きかった……というのは考えないことにして、ちゃんと考えるべきなのは彼の正体(・・)についてだ。

 私に見られて顔を真っ赤にした彼は、着の身着のまま慌てて家を出て行ってしまった。

 だから、洗濯した服もそのままだし、帽子やサングラスも置きっぱなし。


 今日あの場所に来たら返そうと思っていたのだけど、アテが外れてしまった。

 この分だと、今日中にアチラからコンタクトはない可能性もある。

 私としてはそれだと困るのだが、どうしたものか……



「いや、どうしたも何も、私から連絡するしかないよね……」



 またしても、誰もいない部屋で一人ツッコミをしてしまった。

 いい加減直さないと、職場でもやりかねない。注意しないと。


 私はスマホを取り出しアドレス帳を開く。

 そこに絵描きの名前はない。しかし私は、彼に連絡することができる。


 数回のコールのあと、彼は電話に出た。



「もしもし、釣り人さんですか? それとも、絵描きさんですか?」


「……絵描きです」



 正体がバレたからなのか、彼は絵描きモードで対応することに決めたらしい。



「……あの、今さらですが、どうして変装なんかを?」


「それは……ゴホッ、ゴホッ……」


「っ!? もしかして、風邪ひいちゃったんですか!?」


「……みたいです」



 昨日あれだけ濡れたのだ。

 風邪をひいたとしても不思議ではない。

 もしかして、あの場所に現れなかったのも、それが原因とか?



「大丈夫なんですか?」


「……とりあえず、動けません」



 大丈夫ではなかった。

 そんな状態では、食事もままならないだろう。



「絵描きさん、家の場所を教えてください」


「……え?」


「え? じゃありません! お見舞いに行きますから!」





 ◇





 私は絵描きから自宅の場所を聞き出し、すぐに部屋を出た。


 途中、スーパーで食材などを買ったし、絵描きが昨日置いていった衣服なども持っているので結構な大荷物である。

 運動不足の私には中々の重労働だったが、幸い絵描きの住むアパートは近所だったため、なんとか辿り着くことができた。


 表札を確認し、インターホンを押すが、反応はない。

 動けないと言っていたので、当然か。

 ドアノブをひねると、鍵はかかっていなかった。

 不用心だと思ったが、この場合は幸いと言ってもいいだろう。



「絵描きさーん?」



 返事はない。

 いや、あったのかもしれないが、彼の声量だと玄関まで届かないのかもしれない。

 私は靴を脱ぎ、「お邪魔しまーす」と言ってから中に入らせてもらう。

 私も安アパートに住んでいるが、このアパートは私の家以上部屋数が少なく、家賃も低そうである(失礼)。

 そのため、彼の寝床には迷わず辿り着いた。



「絵描きさん、大丈夫……じゃなさそうですね」



 私が声をかけても、意識が朦朧(もうろう)としているのか反応が鈍い。

 おでこに手を当てると物凄く熱かったので、まずは氷枕を用意することにした。



「氷枕はありますか?」



 尋ねても返事がなかったので、失礼して冷凍庫を確認する。

 しかし、案の定氷枕はないようであった。

 一人暮らしの男が、そんな気の利いたものを持っているとは思えなかったので、これは予想通りである。

 とりあえず氷はあるようなので、氷水を用意し、衣装ケースからタオルと思われるものを拝借する。



(とりあえず、これで良い、よね?)



 氷水で冷やしたタオルで軽く顔を拭き、そのまま畳んでおでこに乗せる。

 あとは布団を整えたり、その程度しかすることができなかった。


 私の人生で、人を看病した経験などほとんどない。

 だからこういうとき、何をすればいいのか、まるでわからなかった。



(こんなときは、スマホで検索よね)



 今時は便利なもので、わからなければ検索すれば大抵のことは解決できる。

「看病のしかた」で検索をかけると、いくつかのページがヒットした。



(え~っと、飲み物や食べ物の差し入れ……これは大丈夫かな)



 ここに来る途中、スーパーで飲み物は買ったし、おかゆの元も買っておいた。

 私も料理はあまりできないので、こういった料理の元がすぐ手に入る現代のスーパーの品揃えは本当に助かる。

 とりあえず買っておいた風邪薬と冷却シートも役にたつだろう。



(あとは洗濯と家事か……)



 絵描きの服を確認すると、流石に私のスウェットは着ていなかった。

 自分で着替えたということなので、とりあえず早急に着替えさせる必要はなさそうである。

 私のスウェットはどうなったかと視線を泳がせると、座布団の上にきちんと畳んで置いてあった。

 他の洗濯ものは乱雑に積まれていたので、特別扱いをされているように感じ、なんだかこそばゆい。


 洗面所を確認するが、洗濯機の類はなかった。

 一人暮らしの男性だし、その辺のことはコインランドリーで済ませているのだろう。

 とりあえず、この洗濯物はあとでコインランドリーに持っていくとして、次に食器を確認する。

 しかし、これも予想通り、大したものはなかった。



(まあ、最近じゃ外で食べるか、レンチンもので済ますわよね……)



 私自身もそうなので、これは納得のできることだった。

 今時、自炊などしなくてもお手軽で栄養バランスの整った食事ができる。

 経済的にも、安上がりに済むことがほとんどだ。



(さて、そうなるとすることがなくなったワケで……)



 片付けをしようにも、余計なお世話になりそうなのが怖い。

 彼はどうやら趣味の絵描きというよりは、結構本格的な絵描きのようなので、色々な画材が置かれている。

 これは素人が手を出してはいけない気がするので、触れない方がいいだろう。

 釣り具も置いてあるが、これは完全に趣味のようだ。


 私はとりあえず、絵描きのおでこに乗せたタオルを取り換えることにする。



(……やっぱり、結構美形よね。なんで顔を隠してたのかしら)



 することもないので、とりあえず絵描きの顔をボーっと眺めている。

 彼の顔はそれなりに整っており、少なくとも帽子やサングラスで隠すほどのものではないと思われた。

 きっと何か他の事情があって、あんな変装をしていたのだろう。


 しかし、そんな彼が、ある時から何故か釣り人として私の前に現れた。

 その理由がわからない。でも、明らかに私を意識していたように……思う。自意識過剰かもしれないが。


 その辺の事情を聞いてみたかったのだが、残念ながら彼は話せるような状態じゃない。

 仕方ないので、彼が話せるようになるまで、看病しようと思う。



(……っと、ずっと見つめてたら、なんだか変な気分になってきちゃった)



 顔が少し熱くなっていることに気づき、慌ててその場から離れる。

 これは少し頭を冷やした方がいいだろう。

 私は洗濯ものをかき集め、コインランドリーへ向かう準備をする。

 鍵は玄関に置いてあったので、戸締りに関しては問題なし。

 あとはコインランドリーの場所だが、残念ながら私は知らなかった。

 なので、再びスマホ先生の力を借りることにする。

 住所とコインランドリーを入力すると、あっさり場所が特定できた。



「絵描きさん、洗濯に行ってきますね」



 私はそう言い残し、一旦彼の部屋を出た。





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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱスマホって便利( ˘ω˘ )
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