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第2話 気さくな釣り人




 帰宅後、朝と同じように窓を開け放つ。

 閉め切ってた部屋の中に新鮮な空気が取り込まれ、雰囲気が軽くなった気がする。

 そのまま目線を下に向けると、先程の釣り人がまだ釣りをしているようであった。

 日が暮れるまでは続けるとのことだったので、恐らくはあと1時間もしないうちに引き上げるだろう。



 釣り人、彼は中々に気さくな青年であった。

 こちらが聞いてもいないのに色々なことを話してくれたし、表情には終始笑顔が浮かんでいた。

 ただ、その割には妙に地味な印象を受けた気もする。恐らくは格好のせいだろう。

 顔立ちは比較的整っているが、切りそろえられていない髪の毛がどことなく野暮ったさを醸し出していたし、服装も色合いが地味だった。

 釣り人が派手な格好をするというのも変かもしれないので、そういうものなのかもしれないが……


 まあ、見た目や性格の話はこの際置いておこう。

 問題は、彼が暫くあそこで釣りを続ける、という話だ。

 話の流れで、「ここはよく釣れるんですか?」と尋ねたのだが、その返答が「いえ、余り。ですが暫くここで続けようかなと思います」だったのだ。

 暫く、というのがいつ頃かはわからないが、私にとっては悪いニュースである。

 釣れないなら、さっさと場所を変えればいいのに……


 彼は明るいし、一見無害そうに見えるのだが、それで安全と判断できるかは別問題である。

 少し神経質かもしれないが、若い男というだけでも警戒する要因としては十分だった。


 昔はここまで神経質ではなかったように思うんだけどなぁ……

 仕事を始めて、色々と裏のある人間を見てきたせいかもしれない。

 入社当初、非常に誠実そうに見えた先輩が、実は気性が荒かったり、いい加減だったりするのを目の当たりにした私は、少なからずショックを受けた。

 同期の中にはそういったことを見抜いていた人も多かったが、田舎でのほほんと暮らしていた私には、人の裏表を見抜くなんてのは無理な話だったのだ。

 だからあの青年が裏で何かを考えていたとしても、私にはそれを見抜く術はないのである。


 そんなワケで、私の日常にまたしても不審者問題が浮かび上がってきた。

 あの絵描きの件について、ようやく慣れてきたと思ったそばからコレである。

 私が一体、何をしたというのだろうか……


 まあ、今日はもう余り考え事をしたくない。

 のんびりと過ごす為に、買い物もせず真っ直ぐ帰って来たのだ。



(お風呂入って、少しお酒でも飲みながらドラマでも見よう……)



 私はそのまま窓を閉め、カーテンを閉じた。





 ◇





 その日から、朝は絵描きと、夕方は釣り人と挨拶する日が続いた。

 絵描きとは相変わらず一言二言挨拶を交わすのみであったが、初めの頃の緊張感は薄れ、今では自然と挨拶できるようになっている。


 釣り人の方については、少し会話が弾む程度には仲良くなっていた。

 最初は気さくな青年だと思っていたが、意外と不器用な面もあり、そのチグハグさを少し可愛い、などと思う程度には気を許してしまっている。



「釣れますか?」


「あ、こんばんわ! ん~、まあボチボチって所ですね」



 最近は、なんだかんだで私の方から声をかけることも増えている。

 相変わらず釣果はイマイチのようだが、青年が気にしている様子はない。



「気温が上がってきたせいか、ハヤみたいな小魚はそれなりに釣れるんですがねぇ……」



 そう言って見せてきた魚籠(びく)には、小さな魚が数匹泳いでいた。これがハヤという魚なのだろう。

 私も昔釣りをしたことがあったが、魚の名前などは特に気にしていなかったので、あまり詳しくはない。



「小さいですね……。食べれるんですか?」


「ん~、一応は。ハヤって言うのは、こういった小魚の総称で、厳密には魚自体の名前じゃないんですけど、このサイズだとどれも味は似たり寄ったりですね……。まあ、から揚げにして味を気にせず食べるのが無難です」



 成程。魚自体の名前じゃなかったのか。

 ということは、この中には一種類ではなく、何種類かの魚がいるのかな?


 しかし、彼の口ぶりからすると、味はあまり良くないようである。

 見た目はワカサギとかシシャモに近いし、てっきり美味しいと思ったのになぁ……



「じゃあ、これはどうするんですか? やっぱり食べるんですか?」


「いえ、逃がしますよ。餌がコレですし、(ワタ)を抜くのも手間ですから」



 コレと言って見せられたのは、ロゴの入った紙ケース。

 その中を見てみると、土……、いやよく見ると何かモゾモゾしている。



(ゲ……、ミミズか……)



 少し引いてしまう。

 しかし成程、これを食べた魚を、腸抜きもせずに食べるのは抵抗がある。



「おや? もう少し驚くと思ったのに。もしかして、結構平気だったりします?」


「いえ、私も昔釣りをしたことがあるので……って! もしかして私を驚かそうとしたんですか!?」


「え? いや、あははは……」



 目を逸らす青年。全く、小学生じゃないんだから……



「全く! 私だったから良かったですけど、普通の女の人なら叫んでますよ? そしたら貴方、多分通報されますからね?」



 17時過ぎとはいえ、私を含め帰宅途中の人はチラホラいるワケですよ。

 そんな人達が、もし若い男性を目の前にして叫ぶ女性を見たら当然通報……するよね?

 一瞬、周囲のことに無関心な現代人なら、それすらも無視するかも……と不安になったが、まあ流石に通報くらいはしてくれるだろう。



「そ、それは困ります!」


「でしょ? ならもうこんな悪戯はやめて下さいね?」


「はい……」



 少し沈んだ彼に内心でほくそ笑みながら、別れを告げて帰宅する。


 こんな軽口を聞けるほど心に余裕ができている自分を少し不思議に思いながら、私は夕食の準備を始めるのであった。





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― 新着の感想 ―
[一言] おおっとこれは珍しいタイプの恋愛小説ですね!? 何パターンか展開が考えられますが、果たして……!? 続きが楽しみです!
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