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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第一章 メイドさんは突然に
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第九話 マラソン大会


 とうとうマラソン大会当日がやってきた。


 午前中は通常通りの授業だ。しかし午後からマラソン大会である。大半の生徒にとってこのマラソン大会という行事は面倒なものだ。いざ始まってみれば友人と喋りながら歩くことができて楽しいのだが、始まるまでは文句ばかりが口を出る。


 しかしクラスの中に一人、一切の文句を言わない者がいた。おわかりだろう、栗栖トウヤである。


 ここ最近で一番精悍な表情をしている。そして黙々とイザベラが作った昼ごはんを食べている。腹にたまり、消化も早い、運動前にはうってつけの昼食だ。さすがは完璧を自負するメイド。こういうところまでつつがない。勝負事の前だからカツを――なんて愚策は当然おかさない。


「おい、栗栖」


「おう、山崎か」


 山崎は栗栖の表情が、どこか怒気すらはらむほどに真剣なことに気がついた。栗栖の目はまるで刃物のように光っている。本気の目だった。


「どうしたんだよ、お前。なんでそんなにマジなの?」


「まあ、強いて言うならそうだな。愛のため……かな」


「お前、最近ちょっとおかしいんじゃねえのか?」


「お前は前からおかしいけどな。それより偵察は?」


「おう、バッチリだぜ」


 山崎が栗栖の前の席に座る。そこは女子の席で、遠くから「ちょっと山崎、私の席に座らないでよ!」と文句の声がとぶ。それに対して山崎も「うるせえブス! こっちだって座りたくてお前の席に座ってんじゃねえよ!」と憎まれ口を返す。


 女子が憤慨しているが、山崎は我関せずという顔だ。


 やれやれ、と栗栖はため息をついた。


「お前、そんなだと嫌われるぞ」


「良いんだよ。あいつら俺のストライクゾーンから外れてるんだからさ。そもそも次元が違うよな、次元が。一次元減らしてから来いって」


「たぶんあっちもお前のところになんて来たくねえぞ」


「辛辣だな。つうかさっきも聞いたけど、なんでそんなマジなんだよ? ちょっと怖いぞ」


「いや、なんていうかさ。約束したっていうか? いや、おかしいな。約束というよりも一方的に言いつけられた? とにかくさ、ちゃんとやらなくちゃ嫌われる気がするんだよ」


 それはもはや強迫観念だった。


 イザベラは栗栖に対して、自分と同じくらいの完璧さを求めているのかも知れない。もちろん栗栖もそれに答えてやりたいという気持ちがある。だから本気でやるのだ。だが、それはとても辛いことだ。


 けれどやるしかない、なぜならそれが愛だからだ。


 惚れちまったなあ、と今さら栗栖は思った。


「まあ、なに言ってるのかよく分かんねえけど。おおかたあれだろ? 上位に入ったら親に小遣いでももらうんだろ。ったくよー、小学生かよ」


「そうそう、そんなところ」


 面倒だからもうそういうことにしておいた。


「それでま、調べて来たけど。案の定、マジで走るやつなんていねえぜ。少なくともうちのクラスは全員適当に流すらしい。他のクラスは全員にちゃんと聞いたわけじゃないけど、二組の大上や、三組の山口なんかは部活のやつらと走るらしい」


「そうかい」


 大上はサッカー部でも足の速さと運動量で知られる男で、山口は俊足が自慢の野球部の男だ。他にも陸上部の根岸など、警戒するべきやつもいるが、こいつは同じクラスなので本気で走るつもりはないのだろう。


 どうやら二年に敵は少ないようだ。


「でもよお、いきなり走って大丈夫なのか? こういうのって急激に運動したら体を壊すんじゃないのかよ」


「大丈夫だ、このために準備もしてきた」


「お前、ガチのマジだな」


「おう、今年は金メダル狙ってるからな」


 別に入賞してもメダルはもらえない。賞状くらいならもらえるが。


「ま、なんだ。適当に後ろから応援してるよ」


 放送が鳴った。生徒は全員、校庭に集まれというものだ。


「よし、行くか」


「いや、だから気合入りすぎなんだって」


「今、十連ガチャ引く前くらい緊張してる」


「それすげえな」


 というわけで校庭まで移動する生徒たち。昼休憩が始まった時点でほとんどの生徒たちは体操服に着替えている。栗栖たちもそうだ。だが一部ののんきな生徒は今さら「ちょっとー、まだ着替えてないよぉ」とか、「やばいやばい、短パンどこ行った?」とか言いながら慌てている。


 そんなこともあって、全校生徒が集合したのは放送から十分も後だった。


 マラソン大会は必然的に、校長先生のありがたいお説教からスタートするのだった。そして開会の宣言。


 生徒たちはクラスごと、各二列で並んでいる。栗栖の隣にいる山崎が笑いかける。人懐っこい笑い方だ。


「なあなあ、一組の花巻と大葉、いい関係らしいぜ」


「それいま言わなきゃいけないことか?」


 栗栖はとにかく集中したかった。


「どうせ始まったらお前全力で走るんだろ? そしたら俺お前と話できないじゃん。だから今のうちにバカな話しておくんだよ」


 なんだか山崎には悪い気がした。


 たしかに栗栖が先に行ってしまうせいで山崎はいつもなら一緒の栗栖ではなく、マラソン大会中は他のグループに混ざらなければいけないのだ。まあ、なんだかんだクラスでも好かれている山崎のことだし、それでも問題ないのだろうが。それでも少しだけ悪い気がする。


「すまんな、終わったらジュースでもおごってやるよ」


「お、いいのか? サンキュー」


 情報も調べてくれたしな、と栗栖は頷く。


 とにかく同学年に敵がいないというだけでも心が少し軽くなる。一年坊主はついこの前まで中学生だったようなやつらだ、よっぽどでなければ敵ではない……と、思う。問題は三年生たちだ。なにせ最後のマラソン大会。思い出づくりにと全力で走るやつらもいるかもしれない。


 校長の長い長い開会の話が終わった。


 次に体育教師から注意事項が言い渡される。それは校外に出るから一般の人に迷惑をかけるなから始まり、5月とはいえ熱中症に注意しろで終わった。


「あーあ、というか俺、親が見てるんだよなぁ」


 山崎が嫌そうに言う。


 マラソン大会のコースは『山崎パン店』の前を通る。もちろん近所の人は今日、この高校でマラソン大会をやるのを知っているので、道には物好きなジジババ共が見物に立つこともあるのだ。時々、山崎のように親が見ていることもある。


 これは高校生になればかなり恥ずかしいことだ。


「お前の親父とおふくろ、店にいるもんな」


「そうなんだよ。だから今日、俺のこと見てるんだよ」


「ご愁傷様。でもみんなお前の両親だって分からねえよ」


「いや、分かるだろ。『山崎パン店』だぜ?」


 まあ、それなりに仲の良いクラスメイトなんかなら分かるだろうな。それにこういうのは結構うわさになるものだ。きっとマラソンが終わったら山崎はクラスメイトからからかわれるだろう。とくに女子からだ。いつもの憎まれ口の仕返しとばかりに。まあ、こいつにはいい薬だと栗栖は思った。


「いつもの報いだよ、あまんじてうけな」


「嫌だなあ」


 いやだいやだと言っても時間は流れるもの。とうとうマラソンが始まる時刻が近づいてきた。


 まず男子生徒が一斉にスタートする。それから十分後に女子がスタートする。これはあまりに一斉にスタートすれば学校の前で渋滞になり危ないということでそのための配慮だ。


 ちなみに栗栖の通う高校は小高い丘の上にある。そのせいで正門までの道のりは長い坂になっているのだ。だからこのマラソンは下り坂から始まり登り坂で終わるという中々過酷なものだった。


 マラソンの行程はこうだ。


 まずはスタート地点から二百メートルほどの直線。そして約一キロの下り坂。そこから住宅地を抜けて町に入っていき、中心地のシャッター商店街を避けるようにして山の方へ。

 JRの路線と並走しながら山間の県道へと出る。そして幾度となくアップダウンを繰り返し、約七キロ先にある八幡神社で折り返し。そのまま来た道を戻り、15キロの道のりだ。


 こうしてみれば中々体力を奪われる道である。後半は山の景色が奇麗なのが救いか。


 もちろん女子はこの半分なので、神社まではいかずに県道に入って少ししたところで引き返す。去年の栗栖はよっぽど女子用のチェックポイントで引き換えしてやろうかと思ったが、そうはいかない。折り返し地点で腕にマーカーで印を描かれるのだ。それはゴールで確認される。


 不正すると自宅謹慎になるというもっぱらのうわさだ。


 これから走る長い道のりのことを考えながら、栗栖はスターと地点につく。


 団子になった生徒たち。


 できるだけ前に行こうと思うが、やめる。イザベラの言葉を思い出したのだ。


 ――自分のペースで走るのが大切なのです。


 そうだ、とにかく自分のペースだ。


 緊張している。しかしそれはイザベラと二人っきりの時ほどではない。彼女と視線を合わせるほうがよっぽど緊張だ。そういう意味では、こんなもの屁でもない。


 ふと、笑ってしまった。


「どうしたんだよ、栗栖。気持ち悪いな」


「いや、ちょっとな」


 こんなときまでイザベラのことを考えてしまう自分がおかしかっただけだ。


 体育教師が空砲を構えている。


 栗栖は気合を入れる。そして――。


 パン。


 という、どこか間の抜けた音がして男子生徒は一斉に走りだした。


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