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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第一章 メイドさんは突然に
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第八話 走る


 そして食事が終わるとイザベラはレジ袋を小さく畳んでポケットにしまった。あそこにゴミ箱があるよ、と言うとイザベラはカルチャーショックを受けた。どうやら外国ではテロなどを警戒して公園にゴミ箱は設置しないようだ。


 恐る恐る、という様子でレジ袋をゴミ箱に捨てるイザベラ。しかし捨ててから、


「これはエコではありませんね」と、もらした。


「でもみんな捨ててるよ」


 見れば燃えるゴミのところにペットボトルだって入っている。


「分別したいです。が、今はオフなのでやめておきましょう」


 メイドとして仕事をしている途中だったらゴミの分別を始めたのだろうか? ゴミを漁るイザベラというと、想像もできないし正直見たくもなかった。


「さて、ご主人様。作戦会議といきましょうか」


「作戦会議?」


 レジャーシートに改めて腰を下ろす。良かった、またすぐに走りだすのではなく、少し休憩をしてからのようだ。しかしイザベラは先程とは違い、正座をしている。


「はい、作戦です。段取り八分、と日本人はビジネスの場でよく言うのでしょう? 先に作戦をたてておくことは大切なことですよ」


「確かにまあ、無策で挑むよりは策があったほうが良いのは当然だな」


「というわけで、作戦会議です。マラソン大会、5位に入賞するための」


「はいはい」


 実を言うと栗栖は自分が5位以内に入れるとは到底思っていなかった。そりゃあ練習をしたぶんだけ前よりは体力がついているだろう。けれど帰宅部の自分が運動部という強豪ひしめく中、付け焼き刃で上位に入れるわけがないのだ。


 敵は毎日のように走り、それを二年も三年も続けているのだ。たった二週間練習したくらいでは、とてもじゃないが勝てない。


 が、イザベラには策があるようだ。


「まずですね、マラソン大会と言っても全力で走る人は極わずかでしょう」


「と、いうと?」


「おそらく大多数の人間が談笑に終始するのではないでしょうか」


 確かに、と栗栖は頷く。


 覚えがあった。去年のマラソン大会、栗栖は友人の山崎とだべりながらゆるく走ったり、歩いたりして適当にやり過ごした。というのもマラソン大会は完走さえすればいいのだ。午後一時に始まって、夕方の三時半までに帰ってこればいい。


 二時間半で15キロ。それなりにやれば簡単に間に合う時間なのだ。ちなみに二時間半を過ぎると補修としてもう一度走らされるので、全員なんとしてでも二時間半以内には帰ってくる。


「その中で一体何人が真面目に走るでしょうか。それはよっぽどやる気のある生徒だけでしょう」


「だろうね」


 栗栖だってこうしてイザベラに言われたなかったら今年も適当にウォーキング程度で済ましていた。


「つまりそこが狙い目です。もちろん本気で走る生徒は健脚にそれなりの自信を持った人たちでしょう。しかし実力があるのに全力を出さない生徒もまた居るはずです。この条件で言えば、ご主人様が5位以内に入ることもあるいは可能ではないでしょうか」


「うーん、言われてみればできる気がしてきた」


「できますとも」


 その言葉に根拠はなにもない。考え方によっては栗栖より足の早い者が5人以上いればどのみち5位入賞はできないのだ。


「さて、では作戦ですが。まあこれは作戦というよりも基本的なものです。ご主人様、とにかく自分を持って走ってくださいませ。他の人のペースにのせられてはいけません。今日、一緒に走ってみて思ったのですがご主人様はどうも、他人のことを気にしすぎです」


 いや、それは一緒に走ったのがキミだったからだよ。そう思ったが、言わないでおいた。


「とにもかくにも自分が第一。自分のペースで走るのが大切なのです。例えば競技の世界にはスリップストリームという技術が存在します。ご存知ですか?」


「あの、後ろについて風の抵抗を少なくするやつ?」


「そうです。ああいった小細工はできれば使う程度のものと考えてください。とにかく自分のペースで走り、前に人がいれば風よけに使う。もし相手が失速すれば抜かしていき、ペースを上げれば自分は無理についていかなくても良い、そういう考えで走ってください」


「ふうん、簡単だな。とにかく思うままに走れば良いんだ」


「はい。正直それしかないでしょう。今さら一夜漬けのように技術を叩き込んでも、本番でうまくいくとは限りません。それならばこれまでの練習を信じて、自分の力で走るのみですよ」


「分かった、やってみる」


「あとそうですね、後一つ作戦があります」


「なに?」


「ドーピングです」


「はい?」


 栗栖は耳を疑った。


「どうせ学校のマラソン大会ですから。検査もないでしょう? やれば勝てますよ。みんなやってますよ」


「やってねえよ!」


 つうか学校のマラソン大会でドーピングなんて聞いたことねえよ。


「どうですか? 筋肉増強系から神経系まで色々調達できますが」


「イザベラ、さすがにドーピングはやめようぜ。それで勝っても微妙だろ」


 栗栖がそういうと、イザベラは嬉しそうな顔をした。


「そうですね。それが良いですよ」


 どうやら今のはイザベラなりの冗談だったようだ。栗栖にはよく分からなかったが。


 では、そろそろ帰りますか。イザベラはそういった。


 よしやるぞ、と栗栖はストレッチをする。だが、イザベラはそれを止めた。


「帰りは歩いていきましょう」


「え、走らなくてもいいの?」


「オーバーワークは体に悪いですよ。そのかわり夕方また走りましょう。陽が落ちてから、涼しくなってから」


「まじか」


 夕方また走るのか、とは思った。けれどイザベラが一緒なのだ。まあ別にいいかと栗栖は認めた。


「あら、犬ですわ」


 イザベラが散歩している犬に寄っていく。飼い主に断ってから、手慣れた手付きで犬を撫でだす。


 素敵だな、と栗栖は思った。この人の期待に答えるためならなんでもしよう、そう決意した。


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