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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第一章 メイドさんは突然に
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第六話 一人はみんなのために、みんなは一人のために


 春空が眩しい5月中頃の休日、栗栖トウヤは朝から机に縛り付けられていた。


 なんで俺が……と思うこともあったが、勉強しないとイザベラに嫌われるような気がして真面目にやってしまうのだ。けれど休みの日くらいはサボらせてくれよ、と思っていた。


「おおい、イザベラ。終わったぞ」


 最近、栗栖はイザベラのことを呼び捨てにするようになっていた。これはイザベラがそうしてくれと言ったのだ。――私はメイドです、もっと気安くお呼びください。


「あら、ご主人様。早いのですね」


「こんなの簡単だよ」


 やってきた彼女に、イザベラ手製の少テストのプリントを渡す。英語の問題が書かれたプリントだ。まさに今、学校で習っている場所から出題された。


「ふん、ふむ。いつも思うのですが日本人はブロック体の文字が得意ですね」


「というか日本人で筆記体なんて書ける人少ないと思うよ」


「そうですか、まあこちらの方が読みやすくて良いのですがね。あ、ご主人様。ここ、スペルが抜けておりますよ。それ以外は概ね。しかし文法に疑問がありまね。ネイティブならば問題なく通じる範囲ですが日本の英語教育ではそうはいかないのでしょう?」


「そういうのはきちんと守ってないと減点なんだ」


「良い事です。昨今のアメリカでは文法の乱れをむしろお洒落として許容する文化が生まれていますが、フランス語ではそんなことは断じて許しませんよ。文章は厳密に、そして美しく。そうですよね?」


 どうもこのメイドさん、フランス語には一家言あるらしい。というか、フランス人は全員、母国語こそが世界最高の言葉であると信じているらしい。


「とはいえ、フランス人はスペルにうるさいのですが、本人たちもスペルミスが多いのです。こういうの、日本語で自分のことは棚に上げるというんですよね? 合っていますか?」


「正解」


 それはどうなんだ、フランス人?


 まあ、栗栖からすればフランスに行くことなんて一生ないだろうから別に何も気にしないのだが。そもそも栗栖のイメージで言えばフランスとはパリとエッフェル塔のイメージだ。


 たとえばフランス出身の有名人を挙げろと言われてもかろうじてジャンヌ・ダルクが思い浮かぶくらいだ。


「そういえばご主人様、今度学校でマラソン大会があるそうですね」


 プリントをファイリングしながら、イザベラは唐突にそう切り出した。


「なぜそれを!」


「メイドの情報収集力を舐めないでください。ま、正直に言うと近所の奥様から聞いたのですが」


 そうなのである、栗栖の通う学校では5月の第四金曜日に全校生徒が参加するマラソン大会があるのだ。これは梅雨前の時期におこなわれる伝統行事で、校外に出て男子は約15キロの道を走ることになるのだ。女子は7キロで男子の半分程度。栗栖も去年参加したが、あの時ほど女子が羨ましいと思ったことはなかった。


 学校の外にまで走りに行くことになるから、当然役所などに許可をとることになる。当日は沿道に教師が立ち、誘導や簡単な交通整理のようなこともする。そのためここらへんに住んでいる人間ならばマラソン大会のことはよく知っているのだ。


「イザベラ、いつの間に近所の奥様連中と仲良くなったのさ」


「毎日スーパーなんかで顔を突き合わせてますからね。それに井戸端会議も貴重な情報源ですよ。昔はフランスにもそういう文化があったのですがね。たいていは洗濯場で行われてましたが。もっとも今では家庭用洗濯機が普及していますから、井戸端会議も道でやっておりますが」


 なんにせよ、世の奥様たちの会話は万国共通で家事と密接につながっているのだ。


「それで、なんで今その話をするんだ?」


「ご主人様、運動の方はどれくらいできますか?」


「できるように見えるか?」


「つまり見たまんま、と。これは鍛えがいがありますね」


「鍛える?」


 広げていたノートをバタンと閉じられる。


「今日の勉強はここまでにしましょう」


「良いのか?」


「そのかわり、今から走り込みをしてもらいます」


「な、なんで?」


 まずい予感がする。イザベラの目は本気だ。本気で走らせようとしている目だ。このままでは今からフルマラソンをさせられそうだ。


「ご主人様、私は最高のメイドを目指しております」


「らしいね」


 慎重に言葉を選ぶ。


「そしてわが祖国フランスを代表する作家、アレクサンドロス・デュマはその著書『三銃士』の中でこう書きました。『un pour tous, tous pour un』と」


 栗栖はちょっと考える。それはどこかで聞いたことのある言葉だった。


「それって、ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンじゃない?」


「それは英語です!」


 突然、激高された。


「ご、ごめん」


 思わず謝る。


「良いですか、原文はフランス語。もといラテン語です。そこのところはお忘れなく。日本では何と訳すのでしたか。一人はみんなのために、みんなは一人のために。そうですね?」


「そうです」


「しかし私は貴方様だけのメイドです。つまりは『un pour un』。一人は一人のために。そしてご主人様も私のために尽くすべきなのです! 私は貴方のために、貴方は私のために!」


「な、なんかそれ乱暴じゃない?」


 そもそもメイドってそういうものだろうか。


「乱暴なものですか。ご主人様、二人で頑張りましょう。そうですね、上位5番以内に入りましょう、それが目標です」


「無茶だって」


「なにが無茶なものですか。諦めてしまえば人間はなにもできませんよ。諦めれば人間、風邪を引いても虫歯になっても死ぬというものです」


 しかしマラソン大会まであと二週間しかないのだ。


「大丈夫です、ご主人様。私がついています!」


 その言葉に、イザベラは絶対の自信を持っているようだった。


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