第七話 居座るソフィア
「と、言うわけでわたし、しばらくここにいまーす」
帰宅してそうそう、ソフィアが爆弾発言をした。
「ダメです」と、イザベラ。「迷惑です」
「でももう許可はとってありまーす。ね、そうですよねお父さん!」
どうやらソフィアは栗栖の父親を味方につけたようだ。
「まあ、好きなだけ泊まっていけばいいよ」
「つうか親父、いつ帰ってきたんだよ」
「さっき、ほいこれお土産。沖縄名物ちんすこう」
「後でお茶請けにでもしましょうか、紅茶と合うそうですし」
「わたし、ここに居てもいいでーす。知ってまーす、この家で一番えらいのお前じゃなくてお父さんねー。だからわたし、臆面もなくいられまーす。これ日本語あってます?」
「ま、お前は臆面もないな。厚顔無恥ともいう」
「難しい日本語わかりませーん! とにかく天下御免でここにいまーす!」
「はあ……本当に良いのですか旦那様?」
「いいよいいよ、だってその方が面白そうだしね」
栗栖の父親は実の息子に対してウインクを投げる。あきらかに楽しんでいる。
「ではしょうがありませんね。ご主人様、申し訳ありませんがしばらくの間、ソフィアも一緒に仕事をさせていただきます」
「それは構わないけど」
「わたしはかまいまーす! お姉さま、私は休暇、オフでーす! つまりは、NEET」
惚れ惚れするような発音でソフィアはニートと言った。
「働かざる者食うべからずですよ。それともソフィア、貴女は私を怒らせたいのですか?」
「はい、わたしが悪くありましたでーす! お姉さま、まず何から始めましょうか!」
「では夜ご飯の準備を一緒にやりましょう。それではご主人様、旦那様。少々お待ちください」
イザベラとソフィアはキッチンへと行く。お姉さまとお料理なんて初めてでーす、とソフィアの楽しそうな声が聞こえる。声だけでも分かる、とにかく嬉しそうだ。
二人がいなくなると、栗栖はどっと疲れてソファに腰をおろした。
「増えたね」と、父親。
「親父が安請け合いするからだろ」
「でもトウヤくんも昨日泊めてあげたんでしょ? なら一晩泊めるも二晩泊めるのも一緒だって」
「まあ、そうか」
「なんだか賑やかだね。こんなの、久しぶりだ……」
たぶん、父親は母さんのことを思い出しているのだろう。栗栖は何も言わなかった、言いたくなかったのだ。
「ねえ、トウヤくん……」
と、父親が深刻そうに言う。
「やだなあ、人間歳をとるとそんな話ばっかりで。なんだよ、母さんとの思い出か? もし馴れ初めなんて話してのろけるつもりならやめてくれよ」
「別に誰もトウコの話しなんてしないよ。僕がトウヤくんに聞きたいのは――」
実に真剣な顔をのまま、父親は続ける。思わず栗栖は生唾を飲み込んだ。
「――どっちが好み?」
「あんた、それ息子に聞く質問か?」
「そりゃあ聞くさ。一見クールなメイドのイザベラちゃんは笑うとチャーミングと見たね。あれはクーデレの素質があるよ。かたやツンツンしているロリメイドのソフィアちゃん。一緒に居るとこっちまで元気になるよね。ああいう子と話しているのは楽しいよね」
「大丈夫かよ、あんた」
「父親にあんたとは大層な言い方じゃないか。それで、どっちが好みなんだい?」
「少なくともソフィアは俺のことを嫌ってるだろ」
「そうかい? そうは見えないけど」
「イザベラだってなに考えてるのか分からないし」
「そりゃあ他人の考えてることが全部分かるわけないでしょ。大切なのはトウヤくんの気持ち」
「じゃあ逆に聞くけど、親父はどっちだよ?」
「僕は母さん一筋さ。出会ってからずっと、これからもね」
その答えは卑怯ではないだろうか、と思わないでもない。
何度も聞いてくる父親を無視するために、栗栖はスマホをいじりだした。周回周回、と呟く。しばらくすると父親はからかうように「照れるなよ~」と肩を叩いてきた。腹がたったので席も立った。
「夜ご飯、出来たら呼んで」
「反抗期?」
「はいはい、そーですよ」
さっさと部屋に退散した。それからイザベラが呼びに来るまで、栗栖はずっとソシャゲをやっていた。フレンドのところを見れば山崎もログインしているようだった。勉強しろよ、とラインを送ってやる。
お前もな!
と、返ってきた。当然だった。