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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第一章 メイドさんは突然に
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第十三話 勝利者


 マラソン大会は終わり、栗栖はボロボロの体で帰宅した。


 もう体力が限界だったので勉強道具一式すら学校に置いてきた。手ぶらだった。


 はあ、と玄関の前でため息をつく。


 イザベラのことは学校でかなり話題になっていた。とくに女子の大部分は見たのだ。あれは一体どこの誰なのかと噂好きの女たちは口々に答えの出ない話をしていた。もっとも山崎なんかはこのおかげで馬鹿にされるのを回避したわけだが。


 さて、結果的には4位の大健闘だった。後日、全校生徒の前で表彰されることになり、そこで賞状ももらえる。だがどうにも気乗りしない。


 あの時はなにも考えていなかったが、他の生徒にイザベラが見られたのが何となく嫌だったのだ。


 それが歪んだ独占欲であろうとも、できることならばイザベラは自分だけのメイドで居てほしかった。


 ちなみにイザベラはあのあと帰ったようで、あとに来た男子たちはイザベラの美貌を目撃できなかったらしい。山崎などはそれで、「おい、どんな人だったんだよ!」と栗栖に詰め寄ったほどだ。


 別に説明するのも面倒で、


「きれいな人だったよ」


 とだけ答えておいた。


 イザベラに会って、笑えるだろうか。なんだか変に怒ってしまわないか、それが心配だった。


 深呼吸、そして家のドアを開けようとする。


 が、その前にあちらから開けられた。


「あ、トウヤくん。おかえり。なにしてるの?」


 父親だった。


「おう、親父。ただいま」


 そのまま立っているわけにもいかないので、栗栖は入れ替わりに家の中に入る。父親はどうやらコンビニにタバコを買いに行くようだった。


「なんかいるかい?」


「なんだよ、やけに優しいじゃねえか」


「まあ、ね」


 てきとうにお菓子でも買ってきてくれと頼んでおく。最近知ったのだが、どうやらイザベラは日本のおかしが大好きらしい。栗栖が食べていると物欲しそうに見るのだ。そして一つあげたらとても喜ぶ。それなら自分で買ってこればいいのに、どうやらそれは遠慮しているらしい。


「じゃ、いってくるよ」


 わざわざそんなことを言って、栗栖の父親は愛車であるミニバンに乗り込んだ。


 覚悟を決めて家に入る。


「ただいま」


 そうすると、奥からイザベラが出てきた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「うん、ただいま」と、もう一度言う。


「どうでしたか?」とイザベラは聞いてきた。


 イザベラは坂の下までしか見ていないから、その後どうなったのか知らないのだろう。


 栗栖は先程までの嫉妬などどこかへやっていた。満面の笑みで答える。


「ああ、抜かしたぞ! 4位だ、4位!」


「まあ、素晴らしいです!」


 イザベラは小さく拍手をする。


 栗栖は鼻高々だった。


「旦那様とはすれ違いましたか? いま出ていったところですが」


「うん、コンビニに行くんだろ?」


「はい、なので帰ってきたら夕食にしましょう。今日は腕によりをかけました、フルコースですよ」


「やった!」


 イザベラが頭を下げた。栗栖はなぜだか分からない。どうしたの? と聞く。


「いえ、ご主人様。ありがとうございます」


「なんだよいきなり」


「私は貴方を尊敬します。まさか本当にあんなに素晴らしい成績を残せるとは思いませんでした」


「なんだよ、実はイザベラも思ってなかったのか。……俺もだよ」


 だからキミのおかげさ、と栗栖はイザベラに言った。


「本当に、ありがとうございます」


 イザベラが栗栖の手を握った。


 栗栖は初めてイザベラと触れ合った。女の子の手とはこんなにも柔らかいものなのだろうか!


「私はまだメイドとしてやっていけます、貴方のおかげで。私はきっと『なにか』を手に入れることができます。そうですよね、ご主人様」


 イザベラはどうやら泣いているようだった。


 だけどそれは悲しい涙ではなく嬉し泣きだった。


「そんな、泣くなよ」


「すいません。見苦しいところをみせました。ではご主人様、こちらへどうぞ」


 イザベラのことを全て知っているわけではない。むしろ彼女については知らないことの方が多い。


 だが栗栖は一つだけ確実に言えることがあった。


 イザベラが好きだということだ。だから彼はこんなにも本気で頑張ったのだ。


 居間に入る。夕日が落ちてきている。部屋は茜色に染まっている。


 栗栖はソファに座った。そしてイザベラも珍しく隣に腰を下ろした。


「準備はもう終わっていますので」と、言い訳がましく言う。


「キミも一緒に食べたらどうだい?」


「そうですね」


 体の芯から疲れている。けれどそれは、心地の良い疲れだった。


 栗栖はいま、まさしく勝利者の満足感に包まれていた。


 イザベラ、俺、がんばったんだよ。そう呟く。イザベラが頷いた。その顔は、母親のように優しく微笑んでいるのだった。


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