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メイドのイザベラさん ~ご主人様、ソシャゲの周回もできますよ~  作者: KOKUYØ
第一章 メイドさんは突然に
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第十話 覚悟を決めて


 ――パン。


 という、どこか間の抜けた音がして男子生徒は一斉に走りだした。


「じゃあな、山崎!」


 喋るのはこれで最後だ、と思いそう口にする。


「おう、頑張れよ」


 山崎は手を振った。


 栗栖はそのまま自分ペースで進んでいく。すぐにトップ集団に躍り出た。


 たいていの生徒は最初の二百メートルの直線くらいは走る。その後、下り坂でポロポロと櫛の歯が落ちるように脱落していく。下り坂を降りたあたりではその数は十分の一にも満たない。そして、下り坂を降りて平坦な道に入ったから、トップ勢の熾烈な戦いが始まるのだ。


 栗栖はここまでは問題なく食らいついていた。


 もっとも、いきなり下り坂からというのは体力的にやはり厳しいものがある。思ったよりも体力を消費していた。


 だが上手いことに前に一年坊主がいた。中々身長の高い生徒だ。それを風よけに使う。ペースは同じくらいだったのだ。


 栗栖が目の前の生徒を一年生だと断定したのは、なにも後ろ姿が見慣れなかったからではない。体操服に赤いラインが入っていたからだ。これが二年生だと青。三年生だと緑になるのだ。つまり色で学年が見分けられるのだ。


 使えるのならば風よけだって使うべきだ。イザベラはそう言っていた。だから遠慮なく使わせてもらう。


 だがしばらく走って気がついた。前の生徒のペースが徐々に、しかし確実に落ちてきている。一年生はこれが初めてのマラソン大会だ。どのような道があるのかも知れないのだろう。うまくペース配分ができなくても無理はない。


 逡巡はあったが、時間にすればすぐに決意した。


 ――抜かしていこう。


 緩やかなカーブ。栗栖はそこで大外から一年生を抜かしていく。その瞬間、一年生の顔は愕然としていた。どうやらいっぱいいっぱいの中、なんとか走っていたのだろう。


 だがそんなことは気にしていられない。どんどん前に出る。


 住宅地を抜け、町の中に入る。


 いったい自分は何位くらいなのだろう。わりと良い位置につけているはずだ。最初のトップ集団は20人くらいだっただろうか。それで自分は何人抜いた? 分からない。考えないことにする。


 山崎の家の前を通過する。山崎の両親がパン屋の中から外を覗いているのが見えた。けれど栗栖のことは分からないのだろう。自分の息子はまだこないのかという表情だった。


 だがそんなことも頭からほっぽり出す。とにかく走ることだけを考えた。


 やがて県道に到達した。ここにきて、3人ほどの生徒が歩いているのが見えた。運動部の三年生だ。名前は覚えていない。楽しそうに喋っている。たぶん最初だけ本気を出して少し疲れたからあるき出したのだろう。


「おー、頑張るねー」


 野次を飛ばされる。


 無視しようかと思ったが、相手は三年生だ。態度が悪いと思われても困る。


「記録目指してますんで!」


 おどけて片手を上げてみせる。三年生の三人組はゲラゲラと笑って見送ってくれた。


 こういう時、自分の矮小さを感じる。誰かにおもねることは決して悪いことではない。けれどこのせいで後々体力がなくなれば、栗栖は自分自身を許せないだろう。


 まだ走る。まだ走る。さすがに疲れて来たが足は止めない。


 県道に入ってしばらくして、女子の折り返し地点が来た。立っていた先生が栗栖に叫ぶ。


「いいペースだぞ! いま10位だ!」


 まだ10位か……と、栗栖は一瞬足を止めそうになった。ここから5位まで順位を上げるのは至難の業に思える。


 だがすんでのところで走り続ける。ここで止まればイザベラとの特訓はなんだったのか。


 どのつら下げて今日、家に帰ればいいんだ。


 それともヘラヘラ笑いながら、「ごめんやっぱりダメだった、頑張ったんだけど」とでも言うつもりか? それならきちんと勝って「どうだ5位に入ったぞ!」と言ってやりたい。


 それが男の意地というものだ。


 しかし実際問題として体力の消耗が予想よりも激しかった。練習でなら同じ距離でもここまでは疲れていなかったはずだ。おそらく本番ということで緊張し、知らず知らずのうちにペースが早くなっていたのだろう。


 まだ半分も来ていない。


 ペースを落とすか? 迷ったが、行けるところまで行こうと決めた。


 しかし一度疲れてしまうと目につくものが羨ましく見えてくる。通る車を羨み、乗せてくれないかと思う。電車の音が聞こえてきただけで、人間の利器とは凄いと思う。自転車で走っているお爺さんを見れば、変わってくれと思う。


 そして男子の中継地点が見えてきた。と、同時に1位の男子が引き換えしてきて栗栖とすれ違う。三年生の陸上部。やはり速い。


 順番に2人目、3人目と栗栖のことを抜き去っていく。次第に彼は頭に来た。負けたくないと、そう思い始めた。


 ゆっくりとペースをあげていく。足はもう勝手に動いているようなものだ。


 中継地点、手にマーキング。あと半分。死ぬ気で走ろう、そう思う。


 栗栖は覚悟を決めた――。


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