悪役令嬢は101回目に生まれ変わります
この小説は完結しておりません。
プロローグとして書いたもので今後続きを連載版にて書かせていただきます。
私は今まさしく、100回目の人生の幕を降ろそうとしていた。もうこんな人生にはこりごり。何度やっても、結局は殺される運命なのね。
叫ぶ民衆。喜ぶ王太子と、その隣のサツキ。大勢の観客に囲まれて、私は再び人生の幕を降す。どうか、これで地獄から解放せれますように。
ガコンとギロチンの留め金が外れる音が聞こえ、私は再び暗闇に叩き落とされる、はずだった。
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「うっ………。」
ゆっくり目を開けると、そこは、いつも通りのフカフカなベッド。代わり映えしない景色に私は吐き気を催した。
もういや。またここなの。
私の名前はシャルミラ・ド・アルマーン。この国の貴族で、由緒正しき家系に生まれた。優雅な朝日に包まれ迎える朝は、本来であれば幸福なことだったのだろう。しかし、私にはこの景色が地獄にしか見えなかった。
私は1回目の人生で、ある人に恋をした。綺麗なブロンドの髪をたなびかせ颯爽と白馬を乗りこなすこの国の王子様に。
私の家には力があった。私が懸想をした事を親に伝えると、あっという間に婚約の話まで進んだ。夢のようだった。こんな素敵なことが私の人生で起こるなんて予想だにしていなかった。
しかし、その幸せな夢はすぐさまある女性の登場によって壊される。彼女の名前はサツキ。ファーストネームしか彼女は知らず、記憶も朧げで明らかに様子がおかしかった。
街で倒れているところを私が助けると、そのまま私の屋敷で住み込みで働くようになる。とてもとても良い子だった。明るく優しく健気で屈託がなく、私にない部分をたくさん持っているようでとても、眩しく見えた。
私と王子はとてもとても順調に見えた。なぜなら、毎日のように私の屋敷に通ってくれていたし、屋敷に来ることがとても楽しそうだったのだ。
でも、彼の目当ては私ではなかった。すぐにそれはわかった。私は王子が好きだったから、王子が誰に恋をしているなど、すぐにわかった。
それもそうだろう。私のことを美人とは言ってくれる人は多いが、人を癒すような顔をしていない。どちらかというとキツい顔つきだし、サツキようにフワフワで柔らかい髪も、小柄な体も私には無い。
素敵な彼女が近くにいれば、それはそれは、私より彼女に目が行くのは当然だろう。当然…。だけれど。
それでも、婚約者は私で、どうしてもそれをサツキに譲りたくはなかった。私もどうしても彼が好きだった。王子様がどうしてもすきだったのだ。
きっとそれがいけなかった。
身に覚えのない虐めをでっち上げられ、私はいつの間にか国1番の悪女に成り果てていたのだ。
家族には最後の最後に見限られ、信頼していた侍女は離れていき、私の周りには誰も居なかった。たった一人。孤独で、やってもいない罪で私は断頭台の上に立っていた。
もう、なんでもよかった。王子様と一緒になれないなんて、もうなんでもよかった。サツキの口角が密かに上がっていることも知っていた。わかっていたけれど、私は静かに目を閉じて、死を受け入れた。
はずだった。
目が覚めると、私はいつもと変わらない優しい両親と侍女に囲まれた温かい朝を迎えていた。
おかしい。夢にしては出来すぎている。そんな疑問を他所に、幸せな日々はそのまますぎる。悪い夢だったのだと言い聞かせ、馬鹿なことに、私は再び王子様に恋をした。
本当に本当にバカだろう。そう言われても仕方がない。恋というものは人をダメにする。それほどまでに彼との出会いは私にとって衝撃で、運命的だったのだ。
日に日に過ごすうちに、夢の事も忘れていった。王子との日々は幸せで嬉しくて、私は何もかも頭から抜けていた。夢のことなど、何も覚えていなかった。
しかし、それは結局夢ではなかった。どこかで既視感に襲われる。サツキに出会った時も、どれもこれも、あの日見た不思議な夢と一緒。
結局私は2回目の人生でも、悪女として、断罪を受けた。
私は何度も何度も死を繰り返した。はじめは信じなかったが、何十回ともなれば、さすがにおかしいと私でも気づく。何度死という罰を受ければ私は本当に死ねるのだろう。なぜまた再び、虚構である幸せな朝に蘇る。
ありとあらゆる方法で死を免れる選択を選ぼうとした。王子と出会わないように、サツキと出会わないように、出会っても恋はしない、近づかない、関わらないように。
しかし、それでもなお、私はなぜが悪女として処刑される事を繰り返した。
何回目かの朝、私は起きた瞬間に、自死を選んだ。どうせ死ぬ。どうせ何をしても同じ日と時間に私は処刑される。ならば、もう自分の手で終わらせようと、死を選んだ。
が、結果は変わらなかった。そこで死を選んだとしても、また再び暖かい朝が来てしまうのだ。
私が何をしたというのか。一体どんな罪を犯したというのか。誰かこの悪夢から目覚めさせてくれ。
身の丈に合わない、幸せを望んだことがいけなかったの?こんな何の取り柄もない女が王太子様に恋をしたのがいけなかったの?
もう、望まない。何も、望まない。
私は100回目の処刑を迎える時、いつもは閉じていた瞳を大きく開けて、野次馬どもを睨んだ。
何故だったのかはわからない。この時初めて私は自分の死を受け入れようとしなかったからなのかもしれない。いつもは、受け入れ静かに閉じる目を今回は閉じることが出来なかった。
だって可笑しい。可笑しいよ。こんなの。
何故私ばかりこんな目に合わないといけないの。虐めてなんかない。誰も貶めていない。なのになぜ皆は私の死をこんなにも喜んでいるの。
サツキ………っ。私の事を優しくて美しくて好きだと笑った彼女は全て嘘だった。復讐に燃え、貴方をどうにかしようとした時もあったけど、彼女には手が届かない。彼女を貶めても、王太子様の心は手に入らない。
嘲笑う民衆、湧く歓声。無念だった。100回もの蘇りをしたのに、私は結局なんの力のないまま、また死ぬのね。いつもいつも自分が結局悪いのだと思って受け入れてきたけど、もう出来ない。そんな選択、もう出来ない。
この不条理に私は強く争うように、ギロチンの外れる留め金の音も聞こえず大きく眼を見開いた。世界を恨むように。憎むように。
しかし、その群衆の中で、ただ一人、必死に手を伸ばす人がいた。いつもは目を閉じてしまい気づいていなかった。白い軍服を見に纏い、私に手を伸ばしながら必死で叫ぶあの人。
「シャルッ…………!!!」
耳に響く、どこかで聞いたことのある優しい声。顔は遠すぎて見えないのに、うるさい群衆の中彼の声だけが私の耳に届いた。あの人は一体、一体誰なのか。そこで私の思考はプツリと途切れた。
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「おはようございます。シャルミラ様。とても気持ちの良い朝ですね。……って!顔色がっ!」
乱れる息を私は整えていた。今回の死はいつもと確実に違かった。彼は……彼は一体誰なの…?
「……っ。だい、じょうぶよ。」
「ですがっ。」
変わらない侍女の反応。この子もどうせいずれ私から離れていく。誰も私を信用などしてくれなかった。
「大丈夫…それより。お父様を呼んでくれるかしら?」
私は重い身体を起こし、ゆっくりとベッドから降りた。いつもならば、今日王子様との運命的な出会いをする日。知っているわ。この後、貴方はこう言うのよね。
「お父様ですね。かしこまりました。シャルミラ様。よろしければ今日は街に出かけませんか?とても素敵な茶葉があるそうで、人気なチャイが飲めるお店、大人気なんですよ?」
ここで私は彼と出会う。だから、とりあえずは、この選択肢は絶対にノー。
「いいえ。やめておくわ。少し体調が良くないから。お父様の所へ行くわ。」
私は侍女に支えてもらいながら、ゆっくりとお父様の部屋に向かった。
100回も同じ人生を繰り返したけれど、自らお父様の部屋に蘇った初日から行くのは初めてね。
何をやっても結局は死んで、そしてここに戻ってくるのだから。もう、なんでもいい。なんでもいいからやってみよう。
なぜ彼は処刑される私にあんな絶望的な顔をして手を伸ばしていたのか。
目をつぶって気づかなかったけれど、もしかして彼は何度も……。
「失礼します。」
私がノックをして入るとそこにはお父様がデスクに座っていた。
「珍しいな。シャルミア。どうしたんだい?怖い夢でも見たかい?」
「やめてください。私はすでにもう16になります。あと2年で立派に成人です。」
「ははは。時の流れは早いよな。シャルミア、僕が君を初めて見たときはこんっなに小さくてねぇ……。」
……このままではお父様は、私の長い長い歴史を語ることになる。いけない。
「お父様。私はお願いがあってここにきました。」
「おお!そうだったのか!なんだい?言ってごらん?」
お父様は私の望みをなんでも叶えてくれた。王太子へ婚約だってお願いなどしていないのに、すぐに私へ持ってきた。
そんなお父様も、私の事を最後の最後信じてはくれなかったのだけれどね。私はその思考を捨てる様にスウッと息を吸って、はっきりとお父様に言った。
「私を、騎士団に入れてくださいませんか?」
「は???」
ポカンとした顔のお父様に、私は静かに、腰に忍ばせていた剣を出した。絶対に。あの白い軍服はこの国の騎士団だった。
剣術を習ったのは、何回目に蘇った時だろうか。剣術を習った経緯は、確か、単純に強くなりたかったからだったと思う。サツキにいいようにやられ、何も言えない、何もできない自分を変えたかった。
そして、何回目かの蘇りの時、ひょんなことから自分の護衛騎士と剣を交えることになったのだ。どうしてなのかは忘れてしまったけれど、その彼に教えられ必死で稽古をしたのを覚えている。
あれ、その時の護衛騎士の名前はなんと言っただろうか。彼はとても優秀で、礼儀正しくて……。とてもいい人だったけれど、何せ、何十年も前の様な物なのだ。蘇り続けた私は記憶が朧げ過ぎて顔すら思い出せない。
引き抜いた剣で、ヒュンヒュンと目の前で素振りを行うと、お父様は手からポロリとペンを落とした。
「ダメだそんなもの!他の願いならなんでも聞いてあげよう。例えば、王太子様との婚約とか!?」
「いやです。そんなもの。絶対に。死んでも。」
私は首に剣を持ってくる。
もう、どうでもよかった。どうでもよかった私はどんなこともできるようになっていた。
私にとって死は身近で、私の人生には切っては切り離せないものだったから。
「シャ……ル。おい!うそだろ!」
私の剣を当てている首筋からツーっと一筋の血が垂れる。真っ赤な血液が私のドレスを汚しているのを見た瞬間に、お父様は、すぐさま了承した。
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私は長身で、胸も大きい方ではない。潰せば騎士団の服も一応入る。ウィッグを被り化粧を落とすと、鏡には、思っていたよりもずっと男性の私がいた。
「結構、バレないんじゃないかしら。」
つり目気味な目も、薄い唇も、こんな時になって役に立つなんて。あれほど柔らかい顔に憧れていたのに。全く皮肉なものだ。
100回死んでも結局は戻ってきてしまった。もしかすれば、もうずっと普通の生活には戻れないのかもしれない。
だから、101回目は、彼を探し出してから死ぬことにしよう。彼は一体誰なのか。それを知ってから私は死にたい。断罪されるその日まで、今回の人生、私の好きなように生きよう。
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「おい。ウォン!遅れるな!」
私は騎士団長の大きな声にびくりと肩を震わせた。事情を知っているのはこの人だけ。ほかは皆私を男だと思っている。
私は背筋を伸ばし、大きく敬礼を取った。周囲もそうしている。
団長に叱責されたウォンという男はゆるゆるなネクタイをグッと締め、やや遅れて敬礼をした。
「今日から新しい団員が入る。シャル!前へ!」
「はっ!」
私は緊張を隠し、前で大きく息を吸った。
「今日から騎士団に配属されました、シャルと申します。どうぞよろしくお願い致します!」
大きく挨拶をすると、団長は更に大きな声で叫んだ。
「バディは、ウォン!お前だ!面倒みてやれ!」
「はぁ!?俺っすか!?なんで!」
明らかに不服そうに口を尖らせ、彼は私を見た。ツイっと顔を背け、団長にボソボソと呟く声が聞こえる。
「こんな薄っぺらな奴がバディなんて、絶対に嫌だね。今すぐ辞めさせた方がいいっすよ。」
私は思わず剣を抜いた。
キィーンという鈍い音が、ウォンという男の剣から聞こえる。一瞬ですぐに反応した。こいつ。
「誰が薄っぺらだって?」
私がグッと睨むと、ウォンは酷くびっくりした様子で、私を見つめていた。こんなヒョロが攻撃したことによほど驚いたのか。
「お前が遅刻していたのが悪い。お前とシャルはバディだ。異論は認めん!」
ウォンはチッと舌打ちをして、剣を収めた。私も同じく剣を収める。
……というかこの顔…どこかで。
私がジロジロと顔を見つめると、ウォンはあからさまに顔を逸らした。そして、片眉を上げて、ボソボソと私に不可解な質問をする。
「……お前、姉とか、妹とかいたりする?」
「いませんけど。……何故そんなことを?」
なんだ、この人は。騎士団とも思えない態度に私は少し腹が立った。こんな人が私のバディなのか?
赤身がかった瞳に黒髪、口元に光るホクロ。さらさらと揺れる髪に、私は顔を逸らした。やはり何処かで見たことがある気がする。ずっとずっと昔にどこかで。
「おい!さっさとならべ!」
団長の声に、私は背筋を伸ばし、大勢の列に紛れた。そうだった、私の目的は彼を探すこと。こんな奴に気を取られている場合ではない。
私はチラリと男をもう一度見たが、私と目があった途端に顔を隠しどこかへ行ってしまった。
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「可愛い顔してるなぁ〜。本当によくここの団入れたね。途中からだと相当厳しいって聞くよ。ここの試験。」
朝礼が終わった直後、軽薄そうな男が私の肩にのしかかった。いきなり肩を組まれて、私はとても動揺した。男というものはこんなにも早く打ち解けるものなのだろうか。少なくとも私は出会ってすぐに肩を組んだことなど今までなかった。
「えっ。ちょっと待って、すっげぇ、細いんだけど!?」
大きく叫ぶ男に私は大袈裟に身を引いてしまう。睨む私を男は驚いたように見つめた。
「わわ!ごめんごめん!怒らせるつもりじゃなかったんだ!俺、キースって言うんだけど、ウォンの友達でさ。ウォンのバディになるなら仲良くなれるといいなぁって思っただけなんだよ。」
申し訳なさそうに差し出す手を私は眉を潜め見つめた。どうするべきなのか。私はなるべくここでは影を薄くして生きていこうと決めていた。令嬢としての仕事もあり、騎士団としていられるのも時間が限られるからだ。
ここの編入試験をお父様が斡旋してくれたときに約束したこと。『どちらの姿でもしっかりと責任を持ってやり遂げる』その約束は絶対に守りたい。
どの人生でもお父様やお母様には迷惑をかけた。世間に石を投げられるような悪女を悲しみながらも愛してくれた。最後は信じてくれなかったけれど、最後の最後まで私を愛してくれたのはあの人達だけだ。
「僕は、誰かと馴れ合う気はない。」
ボソリとそう告げて、私はキースの厚意を断った。悲しそうな目をするキースに罪悪感を覚えたけれど、私は目的があったから。だから。
「おい!!」
大きな声に振り返ると、そこには顎を大きく上げ私を見下すように立っているウォンの姿があった。
「お前、舐めてるのか?」
冷たく私を見つめた後、静かに彼は自分の手袋を私に投げつけた。
「ここに入りたいなら、俺に勝ってからだ。チビはお呼びじゃねーんだよ。」
「おい!ウォン!お前に勝てるのなんてここの団でも俺くらいしかいねーよ!バカ!」
「何言ってんだ!オメーにも負けるわけないだろーが!」
ざわつく周囲に、私は頭を抱えた。目立たないようにって、そうしようって思ってたのに。チラリと騎士団長を見ると、彼は明らかに見て見ぬフリをしていた。
それもそうか。わがままな令嬢のお遊びだと思っているだろうしね。ここで虐められて、泣いて辞めるのを待っているのか。なるほど。だからこそ短気そうで実力もある彼を私のバディにしたと。
舐められてばかりの人生だった。言いたいことも言えず、何をされても歯向かうことができなかった。何度も何度も自分を押し殺し、殺して殺して殺して生きてきた。
シャルミラはそういう人間だった。
でも、シャルなら?
静かに手袋を拾うと、周囲のざわめきが一気に歓声に変わる。
私の、いや。僕の名前はシャル。
こういうのはどうだろう。身長のことを馬鹿にされるとキレてしまう、言いたいことははっきりと言える強くて勇敢な性格で。
そして、特技は剣技。
やり遂げられるだろうか、演じ切れるだろうか。今度こそ自分の人生、やりたいことをできるだろうか。
私の名を必死で呼んだ彼を見つけることができるだろうか。
「ウォンだったか。いいだろう。受けてやる。」
湧く歓声。ニヤリと口角を上げるウォン。
私は静かに剣を抜いた。
乙女ゲームのヒロインは悪役王子との結婚を望む、を書く前に密かに書いていた悪役令嬢物です。続きを書きたいのだけれど、書き上げられるか自信がないのでとりあえず短編として出してみました。
全然今回では完結してなくてごめんなさい。なんなら、プロローグやんけ、という……。
今書いている方もそろそろ最終章に突入しそうなので、次はこっちを書こうか、それとも全く別のものを書こうか迷い中です。
初めて書いたものになるので、至らない点も多いかと思いますが読んでいただきありがとうございました。