50.アスの言葉
「シオン……腕を見せて……早く……」
「いや、でも今は薬を解析しなきゃ……」
「うるさい、いいから言うこと聞いて!!」
『僕は馬に蹴られるまえに去るね』
みんなの元に戻った俺は薬をアスに渡そうとしたが、すごい剣幕で迫られて左腕を治療をしてもらうことになった。アスのまるで自分が傷ついたかのような顔に俺は罪悪感に襲われる。でもさ、アスもカサンドラも俺の事を心配しすぎなんだよ。そりゃあ、嬉しいけどさ……
「ばか……こんな無茶をして……シオンに何かあったら私は……医神よ!!」
「その心配させてごめん……」
アスの法術によって俺の左腕が一瞬で治療されていく。すさまじい治療能力だと思う。俺が同じ法術を使ってもこんな風にはならなかっただろう。俺は左手を試しに動かすと、違和感も痛みも一切なかった。
「シオンは時々無茶をするよね……君が死んだり傷ついたら悲しむ人がいることも忘れないでね……私はゴルゴーン達よりもシオンの方が大切なんだ……もしも、シオンが死んでたら私は……」
「ごめん、カサンドラにも言われたよ……でもさ、みんなそういってくれるけどさ、俺にそこまでの価値は……」
「あるよ、シオンは自分の価値を低く見すぎ……私は君の言葉があったから、ゴルゴーンを助けようと思ったんだよ。少なくともシオンの言葉には私を動かすだけの価値はある。わかる?」
俺の弱気な言葉はアスの言葉によって打ち消された。彼女は真剣な目で俺を見る。まるで物分かりの悪い弟を見るような目で見つめる。
「それにさ、シオンを評価しているのは私だけじゃない。シオンと相棒になったカサンドラだって、君を認めている。いつも君を心配しているアンジェリーナさんだって、君を認めている。余計な事しか言わないイアソンだって、君を認めていたんだよ。「俺のライバルになる可能性があるのはシオンだけだ」ってね。だから君が自分に価値がないと思うのはみんなの評価を馬鹿にしていることなんだよ」
「イアソンの事は初耳なんだけど!?」
「当たり前……あのひねくれものが本人を目の前に褒めるわけがない……酔わせて吐かせた……ごめん、一気にしゃべりすぎて疲れた……」
そういって彼女は深呼吸をして、息を整える。しゃべるのが苦手な彼女が一生懸命俺に説明をしてくれたのは嘘はないだろう。それに、先ほどのカサンドラの言葉も突き刺さる。俺は……俺には信用してくれる人がいて、俺が傷ついたら悲しんでくれる人がこんなにいるのだ。少しは自信を持ってもいいのかな? 弱い俺だけど自信を持っていいのかな。
俺が自問していると柔らかい感触と甘い匂いに顔が覆われた。え? アスに抱きしめられた。俺は童貞の様にどうしていいかわからなくなり、体が固まってしまった。いや、童貞なんだけどね。
「シオンはがんばっているし……強くなった……だから自信を持っていいんだよ……ずっと君をみてきた私が言うんだ。間違いはないさ……」
「アス……ありがとう」
彼女の言葉に俺は心が軽くなるのを感じた。ああ、俺を認めてくれる人はこんなにいるんだ。俺の努力は間違いではなかったんだな。それだけで俺は……
でも、この状態は色々落ちつかない。いや、嬉しいけど恥ずかしいというか……だから話題を変えることにした。
「アス、俺はもう大丈夫だ。それよりも、時間がない。これを見てくれるかな?」
「むー……もっと甘えていてくれていいのに……これが『狂化薬』……結構成分が複雑だね……」
俺が離れて残念そうな顔をしたアスだったが薬を見せると興味深そうに観察を始めた。アスの邪魔にならないようにと、部屋をでようと立ち上がろうとすると腕を掴まれた。ここにいろと言う事だろう。まあ、実際俺にできることはあまりない。カサンドラやシュバインはゴルゴーン達をけん制してくれている。むしろ薬が完成したらすぐばらまけるようにここにいた方がいいのかもしれない。
「シオンが帰ってきたと聞いたけど……ごめんなさい、お邪魔してしまったかしら……」
そう言って部屋にやってきたのはフィズだ。彼女は俺とアスを見ると一瞬固まってすぐに出ていこうとした。待って、なんか誤解してない? 俺は慌てて彼女を引き留める。
「ちょっとまって!! なんで出ていくの? なんか用事あったんじゃないの?」
「ええ、でも交尾の邪魔をするほど私は無粋じゃないわ」
「言葉選びー!! 交尾って言葉が無粋だよ。そもそも俺とアスはただの幼馴染だよ。そんなことしないよ」
俺の言葉になぜかフィズは嬉しそうに言った。
「ああ、そうなの、ただの幼馴染なのね、よかったわ」
「そう……私とシオンは幼馴染……ただここであっただけのあなたとは違う……」
「ふふ、何年も一緒にいて子種を奪う事すらできないのね」
なぜかアスとフィズが笑い合いながらにらみ合っているんだけど……二人ってあんまり接点なかったよね。なんで仲悪いの? 俺は空気が重くなったのを感じて話題を変える。
「そういえばフィズは何をしにきたの? 状況に変化があったのか?」
「それはその……あなたが私達ゴルゴーンのために戦って負傷したって聞いたからちょっと心配になったのよ。でもその様子なら大丈夫そうね。安心したわ」
俺の言葉に一瞬言葉を濁しながらも答えてくれた。ゴルゴーンも優しいんだね。それとも彼女の言葉で俺が動いたから少し責任を感じていたのかもしれない。気にしなくていいのにね。俺がやりたかったからやったんだし。
「ありがとう、ライムとアスのおかげでもう大丈夫だよ、状況はどんな感じかな?」
「あなたの仲間たちが片っ端からゴルゴーン達を麻痺させているけど芳しくないわね……メデューサとペルセウスも様子を見に行ってくるって言って出て行ってしまったし……やはり決定打が必要ね」
そういうとフィズはアスを見る、俺もつられてみるが彼女は真剣な目で薬をみながらぶつぶつと呟いている。今は彼女が解析してくれるのを信じて待つだけだ。そして俺は知っている。彼女なら必ずやってくれるということを。
「大丈夫かしら? ステンノ様の薬はかなり強力なんだけど……」
「ああ、大丈夫だよ、アスができるって言ったんだ。何よりも信用できる言葉だよ」
「任せて……シオンが信じてくれるなら私はなんでもできるよ……」
俺が答えるとアスは口に笑みを浮かべて答えた。その表情はとても誇らしげで……彼女が俺の言葉にで喜んでくれたのがわかった。彼女の言う通り、俺には少なくともアスを喜んでもらえるだけの価値はあるみたいだ。
そうして俺達はアスが薬を完成させるのをまつのであった。
アスが正ヒロインみたいだぁぁぁぁ!! 他の異性が絡まなければまともなんですよね……
ちょっと感想いただいて描写不足を感じたので、シオンの心情を重点的に書いてみました。
こういう感想をいただけるのは大変助かりますね。ありがとうございます。