44.シオンの決断
ゴルゴーン達と距離をとった俺達は、シュバインとトロルドに周囲の見張りを任せて、お互いの状況を話し合って整理することにした。
「アスの薬で石化しなくなった僕たちは、みんなを追い詰めて膠着状態を作れたんだけど、窮地に立たされたみんなはステンノ姉様の指示で、薬を飲んだんだ。そうしたら、いきなり暴れたんだ。しかも、正気を失ったように……」
「あれは非常時に使えってステンノ様が食糧庫に保管していた薬よ。強くなれるは聞いていたけど、あんな副作用があったなんて……」
「そういえば工房にいくつか試作品薬があったよね。多分その中の一つだろう。アスならどんな効果かわかるんじゃないか?」
「今……みてる……待って……」
捕えたゴルゴーンに状態異常回復の法術をかけながらアスが呻く。睨むように気を失っているゴルゴーンを凝視しているのは彼女の『ギフト』で毒の成分をみているのだろう。
「薬の効果は……精神を高揚状態にして正気を失う代わりに……一時的に体のリミッターを外せる。でも、それが終わった後は……運が良くて骨折……ひどい場合は命を落とすと思う。成分はマタンゴの毒に色々混ざってる……これは……こんなものは薬じゃないよ……毒だ……代償が大きすぎる……」
「ステンノ姉さまは何を考えてるんだ!! みんなはあんなにステンノ姉さまを慕ってくれているのに……なんだってみんなの信頼を踏みにじるんだよ!!」
「メデューサ……」
「我が歌姫よ……」
悔しそうに叫ぶ彼女をペルセウスとフィズがなだめる。それにしても恐ろしい薬だ。このままじゃ俺達を倒す前に。ゴルゴーン達は全滅するかもしれない。ステンノは何を考えているんだ?
「なあアス、その毒はアスの法術や、薬じゃ治せないのか?」
「今やってるけどかなり複雑……こうして寝てる状態なら大丈夫だけど、戦闘中は無理かな……せめて薬の成分が完全に解れば治療できるかも……でも、それには原液がいる……」
彼女の言葉に俺達は押し黙る。つまりはあの食糧庫か、ステンノの工房につっこんで薬をとらなければいけないという事だ……今頃里全体は地獄のような戦場と化しているだろう。しかも、原液がまだあるかわからないのだ……
「なんとかみんなを助けないと……でも、どうすれば……」
「私に名案があるわ。メデューサ、ちょっといいかしら?」
「ん、いいけど……どうしたの、フィズ。いきなり抱き着いて」
そういうとフィズはメデューサに抱き着いて「さよなら」と呟いた後に、目をあわせ、魔眼の力でメデューサを石化させた。予想外の行動に俺達は混乱するが、一番早く動いたのはペルセウスだった。彼は石化したメデューサをかばうようにして、ハルペーを構える。
「我が歌姫よ!? 大丈夫か!!」
「メデューサごめんね……あなたは私を恨むかもしれないけど、きっとこの方が幸せだから……」
「フィズ一体何を考えているんだ?」
フィズは、何の抵抗もせずにペルセウスがメデューサをかばうように抱きしめ、自分の胸元から奪うのを見ていた。その顔は笑顔だったけれど、どこか儚げで、何かを決意しているようだった。そして、彼女は俺の問いにゆっくりと答える。
「私達、ゴルゴーンはこの里での生き方しか知らないの。プライドだって高いし、発情したら問答無用でオスを襲うやつだっている。他の種族と生きるなんてできないの。だから、この里が滅んだら生きていけないのよ。でもメデューサは違う。彼女は人と生きることができるもの。皆さんもありがとうございます。これから先は私達ゴルゴーンの問題です。アスさん、安全な場所についたら、メデューサを治療してもらえますか? ペルセウスさん、この子の事をお願いします。この子は素直じゃないけどいい子なんです」
「わかった、メデューサは私が幸せにすると誓おう」
「メデューサは私が責任をもって癒す……シオン行こう……」
決意に満ちた彼女の言葉に俺達は押し黙るしかなかった。フィズの言う通り、ゴルゴーンはこれで終わりだろう。トロルドの部下たちも、砦跡にいたので全部だったはずだ。エウリュアレだって、元々アンドロメダさん達とはいい関係を築けていた。だから彼女も人間の村で生きていけるかもしれない。だからここで引いても問題はない。
でもさ、それじゃあ、目を覚ましたメデューサはどう思うかな? エウリュアレさんはどう思うかな? フィズのようにゴルゴーン達も笑うんだ。俺達、人間と同様に喜んだり悲しんだりするんだよ。なのにこのままでいいのかな? よくないよね。俺には血のつながった家族はいない。でも、俺にとっての家族はアスやケイローン先生、ついでにイアソンだ。そのみんなが悲惨に死んでたら、そのあとも笑えるかな?
それに、俺はメデューサがかっこいいと思ったんだ。メデューサの裏切られても罵られても、里のみんなを……ステンノの事を信じていた彼女がかっこいいと思ったんだ。ステンノは本当に悪者だったけれど……
だって、それは俺にはできなかったことだから……イアソンとメディアに追放された時に、もっと俺は考えるべきだったんだよ。アスも追放に賛成しているって言われた時に、俺はもっとアスを信じるべきだったんだよ。もちろん、カサンドラやライム、シュバインと新しいパーティーを組んだことを後悔はしていない。でもさ、俺が幼馴染達をもっと信じていたら……未来は変わっていたかもしれない。アルゴーノーツでカサンドラやライム、シュバイン達と一緒に冒険していた可能性だってあったかもしれない。だから俺と違って最後まで信じ続けたメデューサが悲しむような未来はみたくない。それに何よりさ……
「アスはさ、なんで冒険者になったんだっけ?」
「私は……万能薬を作るため……もう、病で人が死なないようにしたかったから……私のような思いをする人が増えないでほしかったから……そのためにギフトにも目覚めたんだと思ってるよ……だから、冒険者になったんだ…」
そう、アスは世界から病をなくすために冒険者になった。死んだ弟のような人がもう、現れないように……残された人が悲しい思いをしないように。
そのためにアスは一人で材料を探したりだってしているんだ。寂しがりやなくせに……一人旅で危険な目にだってあってるはずたのにだ……だったら、俺は何のために冒険者になったんだ。俺のギフトはなんのためにあるんだ。
「フィズ、もう一回聞くよ。このまま里が滅んでもいいのか?」
「ええ……仕方のない事よ。これは私達が引き起こした問題ですもの、自業自得よ」
フィズはそう言った。悔しそうな顔をしてそう言った。何かをこらえながらそう言った。
「俺はさ、英雄になるために冒険者になったんだ。そして英雄は困っているやつを救うためにいるんだよ。フィズ、もう一回聞くよ。里が滅んでもいいのか?」
「シオン!! だめだよ、あなたは確かに少しは強くなったかもしれない。でも、狂化したゴルゴーンは強力だ。一歩間違えたら死んじゃうんだよ」
「シオン……あなたは優しいわね、でも、あなたたち人間が、ゴルゴーンのためにそこまでする義理はないでしょう? だから早くにげなさい」
「フィズそれは違うよ……」
彼女の言うように彼女はゴルゴーンだ。人ではない。そして窮地に陥っているのもゴルゴーン達だ。普通の人は……英雄は人を第一に考え見捨てるだろう。俺と同じように英雄を目指していたイアソンだったら見捨てるだろう。でも、俺はもう知っているんだ。彼女達ゴルゴーンにも……魔物達にだって感情があるってことを……俺のギフト『万物の翻訳者』がそれを教えてくれたのだ。
「俺は……ゴルゴーンに聞いてるんじゃないんだ。俺はフィズに聞いてるんだよ!! 種族なんて関係ない。そんな話はいましてない。君が本当は、どう思っているかを聞いているんだ!!」
俺はもう、『アルゴーノーツ』のシオンではない『群団』のシオンだ。人間たちの英雄を目指す『アルゴーノーツ』ではなく、種族も関係なく群れて、団結し英雄を目指す『群団』のリーダーシオンだ。
「シオン……本気なの……彼女達を救うつもりなの……?」
「私は……私たちはゴルゴーンよ? それでも助けるの? 何で助けるの? 私たちはあなた達の言う魔物よ! 人間だって食べたものもいるわ! それなのに助かるの?」
「ああ、そうだ。俺は君たちを助けたい。いや、メデューサの想いを……フィズを助けたいんだ。他のゴルゴーンは知らないけど、フィズだって人間の俺を助けてくれたじゃん」
俺は悩んでいた。ずっと悩んでいた。ギフトに目覚めた時からずっと悩んでいたのだ。なんで俺は戦闘系のギフトではないのだろう? 何で俺は『万物の翻訳者』なのだろうと?
ライムは言ってくれた。俺と話すのは楽しいと。俺と一緒にいて楽しいと。彼は少し照れた口調で言ってくれた。
カサンドラは言ってくれた。俺のおかげで『ギフト』を役に立てることができると。俺の事を相棒だと。嬉しそうに言ってくれたのだ。
シュバインは言ってくれた。俺のおかげで新しい世界が見えたと。さらに強い相手と戦えるのだと、楽しそうにいってくれたのだ。
俺は人の英雄にはなれない。イアソンより弱い俺では届かない。だから、俺は……俺のギフトでしかできない方法で……俺のギフトでしかなれない英雄になるのだ。
人も魔物も救う英雄。それは『万物の翻訳者』である俺しか目指せない英雄だ。比喩でなく、魔物や動物の言葉がわかる俺が目指す英雄だ。
「本当に、私たちを助けてくれるの……?」
「君が助けてって言ってくれたらね。それが俺の目指す英雄だから」
「シオン!?」
「ごめん、アス……でも俺は思い出したんだ。俺はどんな英雄になりたかったかって……昔、どんな英雄を目指したのかってさ」
俺はアスをまっすぐと見つめて、言葉を伝える。アルゴーノーツで、どんどんみんなに置いていかれて、見失っていた想いだ。子供の頃、俺たちは夢を語りあった。アスは万能薬を作り、病から人を救い英雄になる。イアソンは魔物を倒し英雄として成り上がり、やがて王として愚民達を導く。そして俺は……人も魔物も関係なく救い、みんなの英雄になりたかった。子供の頃の稚拙な夢だ。アルゴーノーツで、冒険者をして、現実を知り諦めた夢だ。
でも、今は違う。俺は仲間を得た。異種属の仲間を得て、可能性を知った。そして何より、俺はもう自分の夢を裏切りたくないのだ。俺の夢みた英雄はここで、フィズ達を切り捨てたりはしないのだ。
「シオン……ずるいよ……そんな顔されたら、何にも言えない……」
「ありがとう、アス」
「君は昔から……普段はヘタレなのに……譲らない時があったよね……」
そう言うとアスはため息をついて、仕方ないなぁと呟いて俺に笑顔を浮かべた。
「それで、フィズはどうして欲しい? 目の前には魔物だからって気にしない英雄志望がいるんだけど……」
「あなた本当に変わってるわね……でも、嫌いじゃないわ」
フィズは俺の言葉に苦笑した後に言った。涙を目に溜めて、まるで英雄譚の登場人物のように、俺に言った。
「私たちを助けて……みんなを助けて……」
「わかった! 任せて。多分食糧庫よりも、ステンノの工房の方が薬はある可能性は高いよね。そっちをみてみるよ」
「私は……ここでケガ人を……治療している……あと一人で行っちゃだめだよ」
「もちろん、ここは任せたよ。アス」
俺の言葉にみんなはうなずく。そして、俺は立ち上がって考える。狂化したゴルゴーン達が徘徊しているのだ。アスの言う通り、俺だけでは死ぬだろう。カッコつけておいて、あれだが、これが現実である。だから仲間がいる。
「俺と一緒に侵入するやつは誰がいいだろう。シュバインが戻ってくるのを待つか、ペルセウスはメデューサが心配だろうし……」
「その役割は私がやるわ、だってあなたの相棒ですもの」
そう言ったのはカサンドラだった。どうやら追いついてきたらしい。満面の笑みを浮かべて即答した彼女を見て心強く思う。
「よくここがわかったね」
「ええ、あのペガサスが教えてくれたのよ」
話を聞くと馬刺しはどうやら周囲を旋回して、周りの様子を偵察してくれているらしい。そして、ペガサスに導かれてここに来たようだ。
『僕もいるよ。ここの守りはシュバインがいるから安心して』
その言葉と共にカサンドラの肩からライムが顔を出した。これで役者はそろった。
最初1500字くらいだったのに、むっちゃ長くなってしまった。
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