38.シオンとアス3
ペガサスに落とされた俺は痛みに耐えながらもなんとか立ち上がる。アスもステンノも予想外の乱入に固まっている。そりゃあそうだよ、空からいきなり、人が降ってきたら驚くよ。俺だって振り落とされるなんて思わなかったもんな。
「なんであなたが……牢獄に捕えておいたはずなのに……まあいいわ、やっておしまいなさい。Bランクの冒険者が一人増えただけで状況は変わらないわ」
突然の俺の乱入に混乱していたステンノとアスだったが、先に正気に戻ったのはステンノだった。彼女の言葉と共に何かが割れる音がして、トロル達が襲い掛かってくる。さっきの音がトロルを操る合図の音なのだろうか? 俺はアスを守るようにして、トロル達との間に立ちふさがる。これってトロルドの仲間だよね。なるべく傷をつけたくはないので剣にステンノの工房で手に入れた麻痺毒を塗っておく。
「シオン……駄目だよ……君じゃ……トロルの相手は……」
「アス、大丈夫だよ。俺だって、いつまでも弱いままじゃないんだ。風よ」
俺の持つ杖から発生した魔術によって生まれた風が一匹のトロルを吹っ飛ばしたのを確認して、俺はアスを安心させるように微笑んだ。まあ、拾った杖のおかげなんだけどね。
そして俺は二匹のトロルと斬り合う。幸い薬で判断力が落ちているためか通常よりは動きが鈍いようだ。しかし、格好つけて登場したはいいものの二対一はきついがなんとかなりそうだ。いや、殺していいならなもっと楽なんだけど、トロルドとの約束があるからそれは絶対にできない。
「シオン強くなったね……援護する……医神よ!! そしてあなたの相手は私」
アスの法術によって俺の身体能力が飛躍的に上がるのを感じる。背後ではアスが、ステンノと戦っているのだろう。二人で戦っていると、アルゴノーツにいた時を思い出す。昔も彼女は俺をよくサポートしてくれていたものだ。
五、六回ほど切り刻むと毒が回ったのかトロル達はどんどん動きが鈍くなっていきやがて倒れた。急いで背後を振り向くとアスとステンノが対峙していた。石化が効かないアスにステンノも攻めあぐねていたようだ。もしかしたら、俺がトロル達に負けると思って時間を稼いでいたのかもしれない。一人ならともかく、アスと二人なら負けるものかよ。
「ステンノ、君の負けだ。できれば降伏して欲しいんだけど……」
「しょせんトロルね……時間稼ぎもできないなんて……」
俺の提案に追い詰められているはずのステンノは、余裕のある顔でトロルを見ながら吐き捨てる。俺はその態度に違和感を覚える。絶対切り札あるじゃん。嫌な予感がするし、倒してしまおう。ステンノに斬りかかろうとした瞬間に、彼女の蛇と化している長い髪に隠されていた短剣がアスを襲う。
「アス!! させない、パリィ!!」
「シオン!?」
俺はかろうじで、蛇の口から飛ばされた短剣を剣ではじく。あの髪の蛇そんな使い方もできるかよ!? 大体五本くらいか、身体能力が上がっていなかったらはじけなかっただろう。俺はアスの無事を確認しようと背後を見ようとして膝をついた。
「へぇー意外とやるわね……でも終わりよ。毒が回ったでしょう? 仲良く殺しあいなさい」
ステンノの声が途切れ途切れに聞こえ、意識が遠くなる……なんだこれ? あの何かが割れる音は毒の瓶を割った音だったのだろうか。視界がぼやけてきた。まずい……意識を保たなきゃ……アスを守れなくなる。
だってさ、アスは子供の頃からいつも俺を守ってくれたんだ。パーティーメンバーの成長について来れなくなった時だって、『私が……守ってあげるから……大丈夫』って言ってくれてさ、嬉しかったよ。でもさ、違うんだよ。アス、俺は守ってもらいたかったんじゃないんだ。アスやイアソン……ついでにメディアとも対等にいたかったんだよ。だから必死にくらいついていたのだ。だから、努力をしていたのだ。幸運にも追放されて、今のメンバーと組むことになり、俺は少しは強くなった。だから、アスと再会してずっと思っていたのだ。
「俺はアスに一人前になったって安心してもらうんだ。負けるかよ!」
「-----!!」
背後から変な声が聞こえる。振り向くと黒い影がいた。ギフトがあるはずなのに声が聞こえない。ギフトがあるのに黒い影の言葉は通じない。正気を保て……胸の中から湧き出る破壊衝動に飲まれそうになるが、俺は歯を食いしばって耐える。だって、俺の背後にいたのはアスのはずで……黒い影を殺せと何かがささやいてくる。まずい……このままじゃ……そう思ったと同時に、何かが口の中に入り込んで、飲まされた。なんだかわからないけれど、懐かしく優しい味がした。
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