7.アスクレピオス
アス視点です。
子供の頃、私は弟と二人で暮らしていた。理由は両親が流行り病で亡くなったからだ。その時はすごい悲しかったけれど、とても寂しかったけれど、耐えられないほどではなかった。なぜならもう一人の家族である弟がいたから……彼が無事だったから……私はなんとか自分を保てていた。
もちろん子供二人で生きているはずがない。私たち姉弟は農作業を手伝いながら、村の人の善意で食事などを恵んでもらって生きていた。
その生活は快適なものではなかった。食事も質素なもので、渡される服も誰かのお古だったりで、弟と色々と不満を言い合いながらも楽しく生きていた。今思えば、流行り病のせいで、人口が減って村もギリギリだったのだろう。
弟は私より一つ下だったけれど、引っ込み思案な私と違い誰とでも仲良くなれる自慢の弟だった。私が両親を失っても、笑顔を忘れずに生きてこれたのは彼がいたからだろう。彼の明るさに救われていたからだろう。
だけどそんな日常も長くは続かなかった。村で、再度流行り病が蔓延したのだった。私は大丈夫だったけれど、弟が感染してしまった。薬はとても高額で、とてもではないが私たちが支払えるようなものではなかった。私は徐々に弱っていく弟を、泣きながら見守ることしかできなかった。
「やだ……おいてかないでよ……私を置いて行かないで……」
泣き叫ぶ私に弟は弱々しく微笑んででこう答えるのだった。きっとつらかっただろうにこう答えるのだった。
「お姉ちゃんいつも一緒にいてくれてありがとう。ちょっと寝るね」
そういって眠ると彼が目を覚ますことはなかった。私は流行り病によって両親と弟を失ったのだった。もうどうでもよかった……私もみんなと同じところに行きたかった。わたしだけ置いて行ってほしくなんて欲しくなかった。
それから私は何もする気がおきずに、ひたすらボーっとする生活が続いた。村人たちは心配してくれて声をかけてくれたけれど、そんなのどうでもよかったのだ。
ある日、村に一風変わった冒険者風の人がやってきた。その人はどうやら孤児院を開くらしく、子供を探しに来たらしい。確かにこの村は流行り病のおかげで人もお金も足りてなかったから、食い扶持を減らすにはちょうどよかったのだろう。誰か一人をその冒険者に預けることになったようだった。正直私にはどうでもいい事だったので聞き流していたら、その冒険者と目があった。彼は私に微笑むと、こう言った。
「彼女がいい……彼女を、私に預けていただきませんか?」
「でも……この子は……」
「いいんです、彼女は、この村の誰よりも大切なものを失う怖さを知っている。だから……きっと彼女は強くなれる」
どうでもいいけど、私はこの冒険者の元へ行くことになったようだ。どうでもよかったけど、弟の事を思い出してしまうこの村からは抜け出したかったので都合がよかった。そうして私は冒険者に引き取られた。
彼の孤児院には二人の少年がいた。スラム街で拾われたという、黒髪の目つきの悪い少年シオンと、王族の血を引きながらも、権力争いに負けて、追放された少年イアソン。年齢は私とイアソンが同い年で、シオンが一つ下だった。みんなここに来たのはだいたい同じくらいのタイミングらしく、誰が言うわけでもなく、冒険者の事を先生と呼ぶようになった。「ケイローン先生」と呼ぶと少し照れ臭そうにするのがちょっと印象的だった。
先生の孤児院での生活は悪いものではなかった。先生が訓練と言って私達に出す課題は中々楽しかったし、悲しみを忘れるために何かをするのは案外わるくなかった。
それに、私が弟を思い出して悲しんでいるときに先生は優しく話しかけてくれたし、イアソンが自分を追放した叔父を思い出して、恨み言を叫んでいると、先生は黙って聞いてくれていた。
だけどそんな時、決まってシオンは不機嫌そうな顔をするのだった。
私はいつの日か彼に聞いてみた。なんでそんな不機嫌そうな顔をするのかって? なんでそんなつまらなそうな顔をするのかって? 私の思い出も、イアソンの思い出も、悲しい思い出なのだからそんなに羨ましいものでもないと思ったのだ。
「だって、俺は家族とかわからないんだ。なのにみんな家族の話をするからなんか仲間外れみたいでいやだなぁって……」
拗ねた顔をする彼の言葉に私ははっとする。彼にはそもそも家族自体がいないのだ。家族というものがわからないのだ。だから疎外感を感じていたのだろう。そんなことを言う彼が意外でなんか守ってあげたいなって思ってしまった。
「じゃあ……私がお姉ちゃんになってあげようか……? 私がシオンの家族になる……」
「何言ってんのさ、アスはアスでしょ」
そういうと彼は恥ずかしそうに言って走り去ってしまった。だけど彼が笑みをこぼしていたのを見て私の胸はなぜか熱くなったのだった。それから私とシオンは一緒にいることが多くなった。
イアソンに連れられて冒険者ごっこをするときも、先生が外出して暇な時も、一緒にいることが多くなった。
そんなある日、シオンが病気で寝込んでしまった。それをみて私はいてもたってもいられなくなってしまった。今考えれば、それはただの風邪だったのだろう。でも私には両親と弟の様に弱っていくシオンが死んでしまうようにしか見えなかったのだ。
先生はタイミングが悪く外出中だった。私はシオンにつきっきりで看病をしながら手を握って嗚咽を漏らす。
「やだ……おいてかないでよ……私を置いて行かないで……」
泣き叫ぶ私にシオンは弱々しく微笑んででこう答えるのだった。きっとつらかっただろうにこう答えるのだった。
「その……アス姉、いつも一緒にいてくれてありがとう」
彼の言葉が……彼の表情が……かつての弟と重なった。私はこのままシオンが死んでしまうのかという恐怖に襲われる。その時だった。私の脳裏に不思議な感覚が生まれた。一瞬意識が飛んだあと世界が変わった。私はシオンを見つめると、不思議なことに彼の症状が分かった。私は寝ていたイアソンを蹴飛ばして、薬草を取りに行かせた。そして、その薬草を煎じて飲ませると苦しそうな顔をしていたシオンはすぐに体調が良くなったのだった。
「アス、看病してくれてありがとう。おかげで良くなったよ!!」
「いいんだ……私たちは家族だから……また、アス姉って呼んでくれてもいい……」
「いや、あれは……でも……これが家族なんだね」
「うん、私たちは家族だよ」
そういって私が彼の頭を撫でると、彼は幸せそうな顔をするのだった。でも一つだけ私には疑問が生まれた。この力は何なのだろうか。帰ってきた先生に聞くと、どうやら私は『ギフト』というものに目覚めたらしい。
そうして思う。私のこの力があれば流行り病を無くせるのではないだろうか? 私の両親や弟の様に病で亡くなる人を無くせるのではないだろうか? もしも、シオン達が病にかかっても死なないようにできるのではないか?
そうして、私の戦いは始まった。イアソンやシオンは将来冒険者になって英雄になるらしい、彼らが力で英雄になるのならば、私は薬で英雄になるのだ。
私は色々なものを試した。薬草やキノコなど様々な植物を調べていた。それ以外では何かが足りないと思っていた私は、ある日、先生が狩ってきた魔物を見て驚いた。びっくりしたことに魔物の中には肉や体液などが、人に良い効果をもたらすものもいるという事がわかった。
シオンが元気がない時に魔物の肉をあげようとしたら「こんなもの食べれないよ」って泣かれたので必死に料理を練習したものだ。
そう、私は人を助けるために……大事な人を救うために、万能薬を作ると決めたのだ。きっとこの力は……この贈り物は神様がくれた大事なものなのだから。
そして私はシオン達と冒険者になって、いろんなところに行っていろんな素材を探している。今回ゴルゴーンの血の事を知ったのも偶然だった。何でも、魔物の毒に侵されていたところをゴルゴーンによって救われた人がいたとの事だ。その人はお礼にゴルゴーンにお金を持っていかれたらしいが、命が救われたと感謝をしていた。そして私はゴルゴーンの血を求めてシオン達にクエストを依頼したのだった。
シオンと久々に二人で話したからだろうか、私は馬車に揺られながら昔を思い出していた。今回のクエストが万能薬の完成に一歩近づいたらいいなと思いながら……ああ、そろそろカサンドラさんに謝らないと……私は勇気を振り絞って声をかけることにした。
アスのお話でした。あとシオン達の先生の名前はケイローンです。そのうちちゃんと出てきますので……
皆さんのおかげでジャンル別月間ランキング8位になることができました。本当にありがとうございます。本当に驚きです。
あと関係ないんですが、昔書いた小説で、この小説の元になった設定の短編があるので、お暇だったら読んでくださると嬉しいです。
『呪いによって『悪役令嬢』と呼ばれる彼女を、俺のスキル『翻訳』によって正ヒロインにしてみせる』
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主人公の名前はイアソンですがこっちのイアソンとは関係ないです。
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