73.
「そこの少年……よくぞ、巨人への恐怖に打ち勝った。君は私の知っている人間達よりも見どころがあるようだ」
ヘカテーは何本もの槍に貫かれながらも、何でもないと言うようにこちらを向いて褒めたたえてくれる。だけど、俺には不思議と高揚感はなかった。モルモーンと同じ顔だけど、彼女のように意地の悪い笑みを浮かべるのではなく、彼女のようにシオン君と呼ぶのではなく、少年と呼んだことに別人なのだなという悲しみが俺の胸を覆う。
『ヘカテー……貴様も完全に蘇ったか』
「ふふ、さっきまでの余裕はどこにいったのかな? 何で、君の封印を私がしているのか思い出したようだねぇ」
そう言うと彼女の元にプロメテウスの体内を打ち破って出てきた触手たちが襲い掛かる。ヘカテーはそれを一瞥すると、指先をかんで血が流れている手を振るう。彼女の血に触れた触手はそれだけで塵のように消えていった。
これが魔族の力なのか? レベルが違う……
「眷属ごときが私に勝てると思ったのかな? まあ、私もあんまり遊んでいる時間はないしね」
その言葉と共に黒い霧を翼の様に生やして、ヘカテーがイアペトス達に迫る。イアペトスはアトラスでヘカテーを殴って応戦するが、彼女の身体は霧の様に霧散してダメージを与える事はなかった。
「さあ、再び一緒に眠ろうじゃないか? 美女のお誘いだ。断ったら男が廃るよ」
『くそがぁぁぁぁ、せめて万全ならば……貴様は復活したばかりなのになぜそんなに動けるのだ!!」
「ふふ、そうだねぇ、強いてあげれば仲間のためかな?」
『貴様の仲間はもういないだろうが!! 全員貴様を置いていったのだぞ」
焦った様子のイアペトスの言葉にヘカテーはニヤリと笑いながら答えた。彼女の視線が一瞬こちらに向いたのは気のせいだろうか?
そして、彼女は抱き着くようにしてイアペトスの巨体を覆いかぶさった。イアペトスが暴れるが彼がふれるたびにヘカテーの身体が霧となり捕えることはできない。
「ちがうよ、みんなは私に託したんだ。それに……仲間なら目の前にいるじゃないか。なあ、シオン君、カサンドラ」
「ヘカテー……? いや、モルモーンなのか?」
「何元々は同じ存在だからね、多少は影響を受けるという事さ、ありがとう。君のおかげで私はかつての行動に意味を見出せた。ゼウス、暴食、今なら君たちの行動の意味がわかるよ。大事な仲間のためだ。自分の命を犠牲にしてでも守りたいに決まっている!!」
その言葉と共に彼女は自分の胸元を切り裂くと、血しぶきが舞う。そして、その血しぶきが触れたとことが水晶と化していく。これが最初に出会ったヘカテーとイアペトスを覆っていた水晶の正体だったのか……
彼女の血の力を凝縮したものだったようだ。
『うおおおおおおおお、ふざけるなぁ。また私に眠れというのか……』
イアペトスは体を覆う水晶をふりほどくかのようにあばれている。いや、違う。必死に体を動かして、アトラスで水晶と化す血しぶきから抗っているのだ。
『ふははははは、やはり貴様も本調子ではないようだな。以前だったらもっと拘束力があったぞ』
「くっ………まずい……」
イアペトスの言葉にヘカテーが呻く。俺も援護をと思うが血しぶきのせいで近づけない上に魔術は通じない。どうすればいいのかと思っている瞬間だった。
いつの間にか、クレイが壁に突き刺さっているプロメテウスを抜いておりヘカテーとイアペトスの方うへと駆けだしてしていた。
あいつまだ、意識があったのかよ……
、それを見たイアペトスがにやりと笑った。そしてそのまま剣が突き刺さる。イアペトスに……
『馬鹿な……なぜ……』
『ゴブリンにはゴブリンの意地があるんだよ』
プロメテウスが自分を投擲した時に一瞬動きが止まった時に彼にはまだ意志があったようだ。そして、その一撃で体の動きが鈍ったのか、イアペトスは抵抗する力を失い徐々にその体が覆われていく。
『くそがぁぁぁ、覚えておけよ、人間ども!! 魔族も減り、おまえらだけで我らに勝てると……』
言葉途中で彼の身体全体が水晶と化した。そして、そこには水晶に覆われたヘカテーと、イアペトスがいた。
「これで勝ちなのかしら……」
「ああ、今回はイアペトスの眷属であるプロメテウスとアトラスも一緒に封印されているし、大丈夫だと思う」
「そうね……モルモーン……ありがとう」
カサンドラが悲しみをこらえるようにして、水晶に覆われたモルモーンに頭を当ててお礼を言った。今回の犠牲は大きかった。モルモーンもそうだし、俺の親友だって……
「ライム……」
『なぁに? せっかくだったら可愛い女の子によんでほしんだけどなぁ』
「え、なんでいんの?」
当たり前の様に声をかけて、肩に乘ってきたライムに俺は驚きの声をあげる。
『ひどいなぁ……彼女がね。助けてくれたんだよ。最初に登場と同時にやりに突かれて霧になったでしょ。そのタイミングで身を隠して僕をアトラスから切り離してくれたんだよ……「今度は助ける」って言ってね……』
「そうか……ありがとう、モルモーン……いやこの場合ヘカテーなのか?」
『まあ、どっちでもいいんじゃないかな? 彼女からしたら、仲間だったていう事の方が大事だろうからさ……』
「そうね……私達にとってはモルモーンですもの」
そして、俺達三人はモルモーンの前で感慨深く見つめる。一緒にいた時間は短かったけど、彼女は確かに俺達の仲間だったのだ。
「そうだね、モルモーン、君と過ごした日々は忘れない。いつか君の封印が解けた時のために神を殺す方法を見つけるよ」
そうして俺達は彼女にお礼を言った。水晶の中の彼女が微笑んだようなきがしたのは錯覚だっただろうか?




