72.
『ふははははは、ようやくだ。ようやくだ!! 我が主の復活だ』
目の前で黒い槍に貫かれて、ヘカテーが霧のように消えていくのを見て思考が止まっていた俺は、壁に突き刺さっているプロメテウスの勝利の叫び声で、正気に戻る。
慌てて振り返ると人に似た異形の存在である巨人が水晶から卵の殻から出てくる雛のようにはい出てくるところだった。ジロリと巨大な頭にある瞳で俺とカサンドラをちらっと一瞥してくる。
それだけだった……本当にそれだけだったのだ。なのに体が震え、恐怖に心が支配される。本能があれに逆らってはいけないと言っている。
「シオン……」
隣を見るとカサンドラも同様なのだろう。顔を真っ青にして、体を震わせている。なんとか体を動かした彼女は俺の手に救いを求めるように、握りしめてきた。
なんだよ、こいつは……俺は彼女の手を握り返しながら必死に自分に喝を入れようとする。その時巨人が再び手をかざす。
『槍よ』
その一言で常闇を凝縮したような真っ黒い槍が現れてアトラスを貫いた。スライムの体が徐々に力を無くし崩れていきやがて巨大な水たまりとなった。俺達が苦戦したスライムの身体はたった一撃で死に至ったのだ。
「ライム!!」
モルモーンですら倒すことができなかった巨大なスライムがたった一撃でころされたのだ。あれはなんだ。というか……こいつはライムを……殺したのか?
俺の叫び声など聞こえていないかのようにスライムの死骸からアトラスを拾い上げて、壁に刺さったプロメテウスを抜き取った。
そう、まるで俺なんていないかのように……まるでライムなんてどうでもいいかのように……
「ふざけるなよ……」
あんなのが街にきたらどうなる? 今の戦力じゃダメだ。おそらく歯が立たない。ヘカテーは倒されて、ライムまでやられて……俺は恐怖に震えているだけでいいのか?
『はははは、震えているのか? 人間よ』
巨人は……イアペトスはあざけるように笑って、ライムだった水たまりを俺に見えるように踏み潰す。こいつわざわざ……俺の中で怒りの感情が沸き上がる。
「シオン、あいつは何をしているの?」
いつものカサンドラが体を震わせながら俺に体を寄せてくる。甘い香りと共に俺は少し冷静になる。ああ、そうか、彼女にはこいつの言葉が通じていないのだ。だからう余計怖いのだろう。
恐怖という感情は未知の存在だからこそ増すのだ。カサンドラにとってはイアペトスがいきなりライムだったものを踏んだ理由がわからないから恐ろしいのだ。だけど、俺は違う。俺にはわかる。こいつはただ俺達を馬鹿にするためだけにやったのだ。
「カサンドラ……大丈夫だ……こいつはただの強いだけのクズ野郎だよ」
「え?」
『ほう、貴様は私の言葉がわかるのか……面白いな。だったら、お前の四肢をもいで人間どもに翻訳してもらおうかな。私もまだ本調子ではない。貴様ら人間を殺し力を蓄えたいのでな』
俺の言葉にカサンドラが驚いた声を上げてイアペトスが興味深そうに俺を見てその手を伸ばす。確かにイアペトスは怖い。だけど先ほどまでの恐怖とは違った。
これは強者への恐怖だ。先ほどまで抱いていた未知の化け物への恐怖ではない。それなら……常に弱い俺はもう慣れっこだ!!
「俺式炎脚!!」
「シオン何を!?」
カサンドラの手を握りながら、俺は自分の足に火の魔術を放ってその反動でイアペトスの手から逃れる。カサンドラと違い火耐性がないので激痛を感じるがすぐさまアスからもらったポーションを飲んで、傷を癒す。
「カサンドラ……俺の言う事を聞いてくれ、あいつは未知の化け物なんかじゃない……ただの弱い者いじめが好きなだけのクズ野郎だよ。そして言葉も通じる……ならばやりようはあるはずだ」
俺は手を放して右手に剣を左手に杖を構える。彼女はしりもちをつきながらきょとんとした顔をしている。まるで最初に出会ったときみたいだ。あの時は俺がシュバインの攻撃から守ってもらって……こんな風にきょとんとした顔をしていたんだよね。
『はははは、貴様ごときが私を倒すつもりか? 魔族でもないのに? 人間風情が?』
「俺じゃ無理だろうね、全ての入り口を破壊してこいつを閉じ込める!! だからカサンドラは逃げてくれ!!」
「ふざけないでよ、私たちは相棒でしょう? 私だって付き合うわよ」
「でも、カサンドラ……」
俺が心配そうに彼女を見つめると頬を自分でパチンと叩いて立ち上がった。
「私とあなたは相棒でしょう? あなたにだけかっこつけさせないわ。それに……あなたのいうようにあいつは未知の化け物なんかじゃなくて、ただの性格の悪いクソ野郎なんでしょう。なら怖がっていても調子に乗らせるだけですもの」
そう言うと彼女は俺の隣にたった。いまだ震えているけれど、彼女の瞳はちゃんとイアペトスを睨みつけている。
『威勢がいいな、人間、私の槍は一撃で生き物を殺す!! かすっただけで終わりだぞ』
「甘いわね!! いくら早くてもどこに来るかわかっていれば受け流すことくらいはできるのよ」
イアペトスの一言と共に漆黒の槍が飛んでくる。それをカサンドラが受け流す。流石だ。俺はその間に入り口をすべて破壊しようと魔術を唱えようとした瞬間だった。
『ならこれはどうかな?』
数十本の槍が宙に現れて一斉に飛んできたのだ。こんなんどうしろっていうんだ? だけでその槍が俺達を貫くことは無かった。
「ふふふ、生き物を死に至らしめる槍。武器と死を司るきみらしいねぇ、だけどさ、既に死んでいるアンデットには通じるのかなぁ?」
そう言って俺の目の前に立ったのはモルモーン……じゃなくてヘカテーだった。
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