68.
明かりのある部分を進むと同時に遠くに水晶が二つあるのが見える。どうやら本当に魔王の墓の地下につながっていたようだ。だけど、以前きた時とは違いギリギリという音がより大きく聞こえる気がする。いや、これはただの音ではない。
何かを喋ているような……
『ーーーー』
それは呪詛だった。封印されたことへの恨みなのか、誰への恨みなのかはわからない。俺はそのあまりもの負の感情をあてられてよろけた瞬間だった。すさまじい早さで何かがこちらへとやってきて俺の目の前に迫る。
「危ないわよ!!」
カサンドラの刀がその一撃をはじくと共にそれが焼けるような不愉快そうな匂いを発生させる。スライムの触手か……
ライムと同じ触手でありながら俺を癒すのではなく、殺しにきたということにどこか悲しみを覚えながらも、触手が伸びてきた方を見つめると、そこには巨大なスライムと見慣れたゴブリンがいた。
「ふふ、やはりいたようだね、プロメテウスにアトラスだ。ほらよーく見てみるんだ。彼らは今あの巨人イアペトスに贄を与えているよ。プロメテウスが利用して殺し合いをさせたゴブリンと冒険者達の死に、アトラスがダンジョンで暴れて殺した魔物達の死だ。あれを喰らって復活するのさ」
「あの黒いモヤを食べているって言うのね……」
モルモーンの言葉にカサンドラが苦い顔をしていった。彼らの体を覆う黒いモヤが水晶に封印されているイアペトスに吸収されていっている。時々水晶の中で呼吸をするように動いているのは気のせいではないだろう。
「あれが復活したらどうなるんだ? 見るからにやばそうなんだけど……」
「そうだねぇ、君の翻訳ギフトを使う前にお陀仏だろうさ。巨人にとって、人間は奴隷のような存在にすぎないからねぇ」
「のんきにしゃべっている場合ではないわ。来るわよ!!」
カサンドラの言葉と共に俺達はアスからもらった身体能力アップのポーションを飲み干す。どろりとした感触と共に、体が軽くなる感覚を感じる。効果はすごいが原材料は怖くて聞けなかった。
俺はせまってくるスライムの触手を回避しながら叫ぶ。
「モルモーンがあの魔族の水晶に触れればいいんだよね? 霧になっていくのは無理なのか?」
「ああ、そうだ。そうすれば彼女の封印は解けてハッピーエンドさ。そうすればあんなやつらは敵じゃないさ。あいにくだが、霧はプロメテウスに見られているからねぇ、もう通じないんだよ!!」
俺とモルモーンはアトラスの触手による攻撃を回避しながら水晶へと向かう。プロメテウスはというとカサンドラがスキルを使って近寄り、切り合っている。
「シオン、モルモーン!! こっちは私に任せなさい!!」
『所詮ゴブリンの身体か!! 見切っていても魔族のハーフの身体能力には追いつけないとは!! だが……』
カサンドラの猛攻に押されていたかに思えたプロメテウスだったが、操られているゴブリンの顔がニヤッと笑ったかと思うと、背中から触手のような手がはえてきて、床に落ちていた剣を構えた。
なんだあれ……まじできもいな。
「カサンドラ!! 気を付けるんだ。あのきもいのがもっている剣は呪いの武具だ。ひょっとしたら斬られたらなにか嫌な効果があるかもしれない。私がサポートに……」
「こっちは任せてって言ったでしょう!! こいつは私が抑えるから行きなさい!! シオン頼んだわよ」
『あはははは、魔族の混じり物ごときが!! 俺に勝てると思うなよ!!』
四本の腕で斬りかかってくるプロメテウス相手に彼女は未来を視て対応する。一見互角に見えるが、ずっとギフトを使用しているのは精神的な負荷がかなり大きいはずだ。
俺も頑張ってアトラスと戦わないと……勝つことはできなくても、モルモーンが水晶に近付くくらいの時間は作れるはずだ。
『こんなところに来るなんてやるじゃないか、お前ら。だが、最後の分裂体を得て、完全に暴食の身体を我が物にした私に勝てるかな?』
「まじか……暴食って元々こんなにおおきかったのか……」
「いや、全盛期はもっと大きかったよ。ずっと眠っていたから、多少はよわまってるんじゃないかなぁ」
近寄っていくにつれてそのスライムの大きさに驚愕の声を漏らすと、モルモーンがどこか得意げに言った。さすが魔王のパーティーである。化け物じみている。ライムがどこにいるかもわからない。
だけど、攻撃自体は単調である。これなら何とか回避をして水晶に近づくことくらいなら……しかし、俺の希望的観測はすぐさま消えた。
『お前らの作戦はわかっているぞ。こうすればどうしようもあるまい?』
そういうとアトラスはその巨体で水晶体であるモルモーンを包むのであった。




