50.
「ふぅん、よくできているじゃないか。ああ、あそこは本当は暴食じゃなくて、憤怒が倒したんだけどなぁ」
「ふふふ、今の劇で魔王のやつがかっこつけて、いつ死ぬかわからないから付き合えないとかいっているけど、本当は魔王の方が人間の娘にフラれたんだよ」
モルモーンと一緒に劇を見ていると、彼女は楽しそうに当時の裏話をしてくれる。いや、嬉しいんだけどさ。なんか魔王のイメージがどんどん所帯じみてくるんだけど!? カサンドラと見た時とは違う意味でなんか楽しいね。
てか……彼女はヘカテーの部下なんだよね。だけど、ずいぶんと魔王と気安い関係だったようだ。彼女は魔王の事をまるで親しい友人のように語る。
そんな彼女も劇が佳境になるにつれて静かになる。劇場の上ではスライムが立派な武器と防具を持ったオークと戦い刺し違えているところだった。
「暴食……彼はね……この場面で敵と一緒に崖に落ちたら死んだ。私がいればこんな事には……」
そう言った彼女はどこか懐かしそうに……でも、寂しそうに言った。暴食は魔王の味方のスライムで……なぜかモルモーンはライムの事を暴食って呼ぶんだよね。記憶を失っていたからスライムをとりあえず暴食と呼んでいたのかと思ったが違うようだ。
「そういえばなんでモルモーンはライムの事を何でまだ暴食って呼ぶんだ? 記憶は大体戻ったんだろう? もしかして、マジで暴食の一部だったりするのか? スライムって分裂するみたいだし……」
「はっはっはー、その可能性もあるかもねぇ……でも、私が彼を暴食と言っているのは言動かな。彼は昔から普通のスライムとは比べ物にならないくらい感情が豊かで……女好きだったからね。とても彼に似ているんだよ」
「でも、モルモーンと最初に会った時はパーティーメンバーじゃなかったから、ライムの言葉はわからないはずだよね?」
「ふふ、私とて、魔王と一緒にいたんだ。魔物達がどんなふうに思っているかはだいたいならわかるんだよ。魔王も魔物と心を通わすことができてね、彼のパーティーは魔物や魔族ばかりだったよ。知ってるかい? スライムに乗るのって結構気持ちいいんだよ」
そう言った後に、彼女は冒険者ギルドの方を見つめながら、どこか遠い目をする。暴食というのはかなり大きいスライムだったらしいから、彼女は本当にスライムに乗って冒険をしていたのかもしれない。
「シオンの仲間になろうって思ったのはね、ただ魔王の墓であっただけじゃないんだ。彼ら魔物がシオンには心を開いているのがわかったからこそ、私も信用したって言うのも実はあるんだぜ。後は吸血鬼である私の事を真剣に考えてくれたからかな。君は魔王に……ゼウスにちょっと似ているよ。彼も私が知る限り童貞だったしね」
「今は俺が童貞とか関係ないだろ!! ってか、童貞じゃないし!!」
「何を言っているんだい。明らかに両片思いのカサンドラに対する態度とか童貞そのものじゃないか。さっさとガンガン行けばいいのにねぇ……」
「くっそ、何も否定できない……」
俺は楽しそうに笑うモルモーンに対して悔しそうに呻くことしかできなかった。いや、まあ童貞なんですけどね……
そんな話をしながらも劇は進んでいく。どうやら敵が潜むダンジョンに潜ったようだ。
「ふふふ、からかいすぎたね。ほら、劇も終焉に近付いていった。今度は憤怒が敵と刺し違えたよ。あの時は私達も結構ギリギリだったんだ。それだけ巨人とその眷属は強敵だったからね……私たちが力を合わせても結局倒す事は出来なかったしね」
その言葉と共に今度はトロルが相手と刺し違える。モルモーンの言う通り接戦だったのだろう。魔王の仲間たちはどんどんと減っていき今や魔王と金髪の少女だけだ。
そして、あれが、モルモーンの主であるヘカテーなのだ。あの役者の人も綺麗だけど……言っちゃ悪いが本物の方が美人だよなぁ……
「なっ……ボソッと変な事をいうんじゃない。恥ずかしいじゃないか。ヘカテー様と私は顔は一緒なんだからね」
「え? 声にでていた今の? 何て言うか……あーその……顔だけはいいなっていう事だよ」
「シオン……私に対してやたらと厳しくないかい?」
顔を真っ赤にしていたモルモーンだったが俺の一言で一気に冷たくなった。いや、だって本当の事だから仕方ないじゃん。性格はなんというかあれだしね……
そんな事を話している間に、ダンジョンの奥にいたであろう魔物を魔王と金髪の少女が倒したようだ。
「こうなればよかったんだけどねぇ……それにしても魔王の味方はもっといたんだけどだいぶ少ないなぁ……」
「ああ、昔はもっといたらしいけど、その……劇の人気があんまりなくて役者が雇えないらしいんだ」
「うわぁ……それは聞きたくなかったなぁ……でも、まあ、結構面白かったよ。ふふふ、だけど、私たちの冒険が劇になっているなんて不思議な気分だねぇ」
そう言うと彼女は嬉しそうに劇の終わりを眺めていた。そして、魔王の役者がこの前の言葉を言う。
「これはあくまで一時的なものにすぎない。次にこの巨人を倒せる英雄よ、我が意志をついでくれ」
「え? 今のは……?」
びっくりした顔のモルモーンに俺は答える。
「ああ、劇の最後の一言みたいだ。いきなりでびっくりするよね。まあ、次の劇も見てよって事だと思うんだけど……」
「ねえ、シオン、この劇を書いた人物の事はわかるかい?」
「ああ、あそこの看板に書いてあるね。当時の吟遊詩人オルペウスが残した台本を元に書いているらしいよ」
「オルペウスか……懐かしい名前だねぇ……あの鼻たれ小僧が、こんなものを残したのか。魔王のいう通りだ……人の可能性とやらは案外馬鹿にできないみたいだ、ちょっと懐かしいな」
そう言うと彼女は懐かしい名前を噛み締めるように目を細めた。きっと記憶の中で様々なかつての仲間とのやりとりを思い出しているのだろう。
だけどその仲間はもういないのだ。だったら俺にできる事は何かあるだろうか……あたりを見回すとお目当てのものがあった。
「喉が渇いたでしょ。これでも飲みなよ」
「ん? どうしたんだい。まあ、もらうけど」
俺が彼女に買ってきた飲み物を渡すと、怪訝な顔をしながらも受け取った。だけど、その顔に寂しさが残っているようなきがして……だから俺はちょっと恥ずかしくなりながらも彼女に自分の考えを伝える。
「そのさ……モルモーンのかつての仲間はもういないかもしれないけど、俺達はモルモーンの仲間だからさ。元気を出してくれ」
「え……はっはっはー、そうか、これは慰めてくれているつもりだったのかい? それにしても吸血鬼にトマトジュースとはナンセンスだね。血液と色が似ているだけじゃないか……」
モルモーンはひとしきり大笑いした後に、目を抑える。笑いすぎて涙がでたようだ。いや、確かにトマトジュースはどうかと思ったけどさ、似ているから好きかなって思ったんだよ。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないか……くっそ、もう二度とおごらないからな」
「ごめんごめん、でも、ありがとう。お礼と言ってはなんだが、私が君を英雄にしてあげようじゃないか。私達なら……呪いの武具を持ったゴブリンだって敵じゃないさ」
そういうとモルモーンは珍しく俺をまっすぐと見つめた。どうやら笑って少しは元気になってくれたらしい。
「じゃあ、そろそろ解散といこうか、これ以上遅くに帰るとカサンドラに変な誤解をされてしまうからねぇ」
「別に俺とカサンドラはそんな関係じゃ……」
「じゃあ、私と誤解じゃない事でもしてみるかい?」
そう言うと彼女は俺の腕を取ってその豊かな胸に押しつけやがった。柔らか!! なにこれぇぇぇ。俺が何と返そうかと悩んでいるといつもの意地の悪い顔をしてぱっと離れた。
「ありがとう、シオン……」
「なにがかな?」
「ふふふ、なんでもないさ。冗談だよ。じゃあ、明日は頑張ろうじゃないか」
そうして俺は彼女を宿まで送って別れた。そして、モルモーンの胸の感触を思い出してすこしにやにやしながら、自分の宿に帰ると部屋の扉の前に立っている人影がいた。
「イアソン……」
「元気そうだな……」
「今はメディアはいないんだね」
「ああ、あいつがいるとややこしくなるからな」
そういったきり俺達の間を沈黙が支配する。その沈黙を破ったのは、隣の部屋からの言葉だった。
「シオン、大丈夫? 不審者だね……宿の人を呼ぼう……」
「ふざけんな!! お前と俺はパーティーメンバーだろうが!!
アスの言葉でかつてのようなやりとりが始まる。俺は懐かしい気持ちに包まれながら提案をする。
「とりあえず近所迷惑だから俺の部屋で話そう」
そうして、俺達は部屋にはいるのだった。
この作品『追放された俺が外れギフト『翻訳』で最強パーティー無双!~魔物や魔族と話せる能力を駆使して成り上がる~』の二巻が11/10日に発売いたします。
ゴルゴーンの里でのお話になっております。書き下ろしでシオンとアスの過去編もありますのでよんでくださると嬉しいです。
二巻の表紙は活動報告にアップしているので見ていただけると嬉しいです。
いよいよ明日発売です。胃が痛い