31.カサンドラ
シオンと別れてモルモーンと一緒に宿に戻った私は自己嫌悪に苛まれて眠れないでいた。
「なーにをやっているのかしらね、私は……」
横で寝ているモルモーンを起こさないように、起き上がって、私は窓から景色を眺める。宿は高台にあるため街の景色が良く見える。街の灯っている明かりを見ながら初めて一緒に出掛けた時も、シオンとこんな風に夜景を見たなぁと少し懐かしく思う。
彼と偶然馬車で会い、ダンジョンで彼が私の予言を正しく聞くことが出来る事を知った私は彼を救世主だと思い仲間にしてくれと頼み込んだのよね……そうしたら彼は私の髪を綺麗だと言ってくれて……救世主じゃなくて相棒だと思ってくれと言ったのだ。あの時は本当に嬉しかった。初めて私のギフトを知りながら仲間にしてくれって言ってくれる人が現れたのだから……
「そう、私はシオンの相棒なのよ。大切な仲間なの……」
そう、彼とは親しい関係ではあるが仲間だ。だからモルモーンとシオンがなんかくっついていたりするからといって嫉妬をするのは筋違いなのである。
だけど、私は徐々に自分の中にある気持ちを戸惑いながらも自覚してしまっている。一緒に行動しているからこそわかるが、彼は自分ではわかっていないと思うけれど結構モテる。
アンジェリーナさんや、ポルクスちゃん、ゴルゴーンの里であったフィズはもちろん、アスもだ。彼はとても優しいし、結構気が利く上のだ。そりゃあモテるだろう。
そして、この優しいというのが曲者だ。彼は誰にでも優しいのだ。それこそ、人や魔物など関係なく……そんな風に行動できるのは彼のギフトというよりも生来の性格だろう。
私の様な厄介なギフトを持つ魔族の混血を相棒にするくらいなのだから……
「デート楽しかったなぁ……」
あれは本当にお酒に酔った勢いと、シオンの事を好いているであろうゴルゴーンに対抗してだった。ゴルゴーンの里で祝勝会を上げている最中にゴルゴーン達がフィズを囲って「デートに誘いなさいよ」とかなにやら話しているのを聞いて、私も負けてられないと思って、さりげなく誘ってみたのだった。
多分シオンはあのゴルゴーンの子に告白とかされたらちゃんと考えるんだろうなと思う。魔物だからとかじゃなくて、フィズ本人を見てどうするかを答えるのだろう。
その姿を想像したらいてもたってもいられなくなって行動に移したのだった。彼が私の誘いを覚えていなかったときはちょっとイラっとしたけれど……
恥ずかしい話だけれどもデート何て物語でしか知らなかったり、他人にこんな気持ちになるなんて思ってもいなかった私は、普段戦い方を教えてくれている女の冒険者に色々聞いたりしたものだ。
アドバイスの通りに精一杯のお洒落をして、ちょっとがんばって腕を組んでみたりしたけれど、彼は少しは私を意識してくれただろうか。彼の焦った顔を思い出してつい笑みがこぼれる。
これは私が一人の時には想像もしなかった経験だ。私がこんな風に誰かと一緒にデートをして楽しいなんて思える日が来るなんて想像もつかなかった。
「だけど……これ以上はダメよね……」
私は自分に言い聞かせる。彼と私はパーティーメンバーだ。特に私はシオンがいないと役に立たなくなる。だから、例えば付き合って別れたりしたら最悪だろう。もう、パーティーを組むことだって無理になる可能性だってある。だからこの気持ちは……
「いやぁ、それは違うんじゃないかなぁ……困難は乗り越えてこそじゃないかな? 冒険者っていうのはそういうものじゃないかな?」
「モルモーン!? え……まさか聞いてたの?」
「いやぁ……独り言を言う癖は何とかしたほうがいいと思うよ。寝たふりをつづけようかとおもったんだけどねぇ……」
いきなり割って入ってきた声に私は悲鳴を上げる。ずっと一人でいたからかつい、独り言を言う癖があるのだが、今回も私はうっかりと声に出ていたらしい……どこまで聞かれていただろうか……
「ふぅん、君はシオン君に恋をしているんだねぇ、パーティー内の恋愛か、素敵じゃないか」
全部聞かれてた……私は羞恥で顔が真っ赤になるのを自覚する。まずい、何とかごまかさないと……私は慌てて答える。
「別に好きってわけじゃないわ。まあ……その……ちょっといいなと思ってはいるけど……パーティー内で恋愛とか色々あったら面倒でしょう」
私は自分に言い聞かせるようにモルモーンに答える。恋愛関係で揉めてパーティーが崩壊とかは良くある話だ。まあ、自分がそういったことを考えるなんて昔だったら思いもしなかったけれど……
とにかく、これでモルモーンも深くはつっこんでこないだろう。そう思った私の予想は外れる。
「自分の気持ちに気づいたんだったら行動をしてみたほうがいいよ、人生何がおきるかわからないんだ。いきなり記憶喪失になるかもしれないし、それこそ、目が覚めたら仲間が誰もいなくなってることだってあるんだからさ」
「あなた……何かを思い出したの?」
「思い出してはないさ……ただ、君が羨ましいんだよ、そういう風に思える相手がいる君がね……私も暴食に対して懐かしい感情を覚えたけれど、彼は私を覚えていないようだしね……」
「モルモーン……」
そう言うと彼女は立ち上がって私の横に来ると、今まで見せたことがない物憂げな表情で外を眺める。初めて会った時の飄々とした表情と、吸血鬼だから大丈夫だと思っていたが、そんなはずはないのだ。
「この街は魔王と縁があるみたいだけど、何も思い出せないんだよね。暴食のことだって、懐かしい、愛おしいってだけなんだよ。何かを一緒にしたって記憶が思い出せないんだ。もしかしたら記憶何て戻らないのかもしれない。でもって思うんだ。だからこそ今を楽しもうってね……あそこで一人でいて思ったんだよ、誰かと会ったら絶対について行こう。そして、外を楽しもうってね」
目が覚めて、記憶を失っているうえに一人でずっとあんな中にいたのだ。辛いに決まっている。ようやく会えたシオンを必死に引き留めようとしていた事から少し考えればわかる事だったのに……
「あなたも寂しかったのね……一人はつらいわよね……」
「ふぅん、どうだろうねぇ、想像に任せるよ。まあ大して親しくない私が言うのもなんだけど、悔いのないようにした方がいいとは思うよ。君は失敗した時の事を考えているようだが、仮に失敗しても成功してもシオン君はそれで君を邪険に扱うような人間なのかな?」
「そうね……ありがとう、シオンはそんなやつじゃないわ。彼は……本当に優しいのよ」
「少しエッチな所はあるけどねぇ……まあ、悪い奴じゃないと思うよ、もちろん、不審者極まりない私を街に行こうって誘ってくれた君もね。だからこれは私なりのお礼だよ、がんばりたまえ」
そう言うと彼女はいつものように飄々とした表情で笑った。そうだ、シオンはアンジェリーナさんの胸を見たり、ちょっとエッチな所もあるけれど優しいいいやつなのだ。
だったら……私は自分のこの気持ちに真剣に向き合ってみようと思う。そして、その前に一つやるべきことがある。
「よかったらもう少し、あなたの事を話してくれないかしら?」
「記憶喪失だから答えられないことばかりだけどそれでよければ……君の事も色々と話を聞いておきたいかな。仲間にしてくれるんだろ?」
そういって少し照れくさそうに笑う彼女とは仲良くなれる。そんな気がした。
だいぶラブコメっぽくなってしまった。
第一巻が発売中です。興味があったら手に取っていただけたら幸いです。
続刊などはやはり発売最初の1週間が肝となるらしいのでぜひとも宣伝させて頂きたく思います。
作品名で検索するとアマゾンなどのページが出てきますのでよろしくお願いいたします。
また、一巻にはカサンドラがシオンと会う前の話が5万字ほど書き下ろされているので興味があったら手に取ってくださると嬉しいです。