6.デート
デートの下見も終わりちゃんとした服装に着替えた俺は待ち合わせの噴水前に来ていた。俺は深呼吸をしながら水魔術で作った鏡で自分の姿を見る。目つきの悪さは置いておくとして、今日の恰好は中々よいのではないだろうか? 上質の生地で作られた服は我ながら整って見える。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
そこには赤い髪の天使がいた。白いワンピースに身を包み腕の部分がレースがあしらわれており、上品な印象を与え、彼女の炎のような赤い髪がよりそれを際立させていた。そして髪にはルビーの髪飾りで整えられている。俺があげたやつだ!! 彼女の美しさと俺のプレゼントを使ってくれているという嬉しさで、言葉が継げなくなっていると彼女は、不満そうに唇を尖らせた。
「なんでぼーっとしてるのよ。なんか言ってほしいんだけど。これでもデートだからっておしゃれしたのよ」
「あの……その……とても似合ってます」
「なんで、そんな敬語なのよ。ほら行きましょ」
カサンドラはそう言って俺の手を取った。普段はない行動に俺が固まっていると彼女は不思議そうな顔をしてこう言った。
「カサンドラなんか積極的じゃない?」
「え、だってデートってこうやって腕を組むものなんでしょう? 私が読んでいた本ではそうだったわよ」
きょとんとした顔で聞き返してくるカサンドラを見て思う。ああ、そうか、彼女もデートというのに不慣れだから、距離感がおかしいのか……正直俺もわからない。でも、彼女と腕を組むと必然的に柔らかいものがあたりそうになるわけで……このままでいいかなと思う。てかさ、女の子ってなんでこんないい匂いがするんだろうね。俺はにやにやを隠しながら進むのであった。
「この街は俺達が守る!!」
舞台に立っている演者の言葉と共に歓声があたりを支配する。そして、黒髪の整った顔の演者の背後を巨大なトロルと、スライム、金髪の美少女が付き従うように立っている。これは魔物を使った演劇であり、この街の名物である。『魔王』がこの街を救った時の出来事を、演劇にして上映しているのだ。ある日この街に巨人が攻めてきて、滅亡の危機に陥ったがそれを魔王が救ったという英雄譚である。そして街を救った魔王は次の窮地に陥っている街を救いに行くのだ。ちなみに彼の仲間はトロルが憤怒スライムが暴食、金髪の少女が冥姫という。本当はもっと仲間がいたのだが、そこまで伝統があるとはいえ、人気のある演劇ではないからか、どんどん仲間が減っていった。まあ、大人の事情という奴だろう。そして芸が細かい事に最初は楽勝だったのにどんどん苦戦していくのだ。
でも、俺はこの演劇が好きだった。魔物と手を取り合って戦う『魔王』の姿を俺は自分と重ねていたのかもしれない。そういえばアンジェリーナさんも俺と似ていると言ってくれていたな。俺のギフトはあくまで『万物の翻訳者』という翻訳スキルにすぎないけれど、ライムやシュバインとパーティーを組むことができたように俺も彼の様に英雄になれるかもしれないと夢を見る事ができるからだ。もっとも『魔王』は本体も無茶苦茶強いんだけどね。
「これが俺の好きな劇なんだけど、カサンドラはどうかな?」
「そうね、とてもすてきだと思う。魔物や人、魔族が手をとりあうことができれば私も変な目で見られないとするでしょうしね」
俺の言葉にカサンドラがぽつりとつぶやいた、やらかしたーーー!! これ絶対地雷踏んだじゃん。そんなつもりじゃなかったんだよ。ただ俺は自分の好きなものを知ってもらおうと思って……
「なんてね、シオンの事だから別にそんな事考えていないでただ好きなものをみせようと思っただけでしょ? でも、初めて見たけどこの劇私も好きよ。こういう風にみんなで手を取り合えるといいわね」
俺が慌てていると彼女はからかうように笑った。そして少し真面目な顔でつぶやく。多分、彼女は俺が思っている以上の辛い思いをしてきたのかもしれない。だけど、前に進んでいるのだ。俺はそれを素直に尊敬する。そしてすごいなと思う。
「それに……私はシオンならそんな世界にしてくれるとちょっとだけ思っているのよ。だから期待しているわよ、相棒」
「カサンドラ……」
少し気にしてしまった俺を元気づけるように彼女は笑って言った。だけど、その目には期待も込められていて……だから俺はその言葉にこたえる事にする。
「そうだね、その時はカサンドラ、俺の隣にいてくれるかな」
「当たり前でしょう。っていうかなんかむず痒いわね、でもデートっぽくてちょっといいかも」
などと言っていると劇が終盤を迎える。巨人が魔王によって倒されていく。そして演者は最後にこういうのだった。
「これはあくまで一時的なものにすぎない。次にこの巨人を倒せる英雄よ、我が意志をついでくれ」
そうして劇は終わる。ちなみに魔物たちの声も聞こえるんだけどお腹空いたとかめんどくさいとかなんで大した意味はなかった。