堕ちた英雄12
「ケイローン先生探しましたよ」
俺はゴブリンの巣の近くで探索をしていたケイローン先生に声をかける。彼は俺を見るといつもの底知れない笑みを浮かべていた。だけど、その瞳には何か嬉しそうな色が映っていた。
「奇遇ですね、ここにお酒はありませんよ」
「別に俺だっていつでもお酒を飲んでるわけじゃないですよ!! 先生教えてください。俺は間違っていたんでしょうか? 俺は英雄になりたかった。英雄になってその名声をもってして、叔父から王位を奪い返したかったんだ!! だから、俺は舐められないように必死にやってきたんだ。だけどその結果俺は……」
俺は必死だった。シオンは俺を強いと勘違いしていたのかもしれないが、そんなことはない。ああ、確かに、Bランクとしてはそこそこだっただろう。でも、それだけだ。現にあのカサンドラという女には勝てなかった。オークロードにも遅れを取った。その程度の実力だったのだ。だからこそ許せなかった。一生懸命頑張っている俺を見ながら、「『ギフト』持ちは違うなぁ」と言って努力をしない冒険者たちが、共に英雄を目指すと言ってあきらめようとしたシオンが許せなかった。でも、俺は煽ってやる気を出させるしか、方法を知らなかったのだ。優しくして舐められるのが怖かったのだ。付き合いが長いからそんな俺の事も理解してくれると甘えていたのだ。あとの顛末は語るまでもないだろう。臨時でパーティーをやとってそして落ちるところまで落ちたのだ。
「私はシオンやアスとあなた達に何があったかを知りません。だから間違っていたかはわかりません。確かにもっと、いい方法はあったかもしれません。でも、話を知る限りシオンが伸び悩んでいたのも事実です。でも、あなたについてきた人だっているのでしょう? だったら完全な間違いではないでしょう。ただ……自分を変えたいと思えたのならその経験もまた必要だったんじゃないですか? だって、人は間違えて、成長するんですから」
「そんな簡単に……」
そう呻いた俺を見るケイローン先生の目はどこかで見たことのある目で……ああ、俺は気づく。俺がフィフスやアレクを見つめる目そのものだ。そのことに気づいた俺は思わず聞いてしまう。
「先生も何か間違えたんですか……?」
「私の人生なんて間違いだらけですよ。イアソンあなたがさっきの質問をするべき相手は私でではないでしょう? あなたの一緒にいる彼女に聞いてみてください。あなたをずっとみてきた彼女に聞いてください。私よりもしっかり答えてくれますよ」
ああ、確かにそうだ。メディアはなんで俺といるのだろう? 俺の事を好きだからか? 確かに俺はモテる。だが、それはこの外見と、アルゴーノーツのリーダーだったからだ。堕ちた英雄である俺と彼女はなぜ一緒にいるのだろう。
「イアソン、魔物の巣の様子がおかしいです。近いうちに戦いが起きると思います。それまでに自分の気持ちを整理して、戦闘に専念してくださいね」
「わかりました…先生」
そうして俺はメディアの元に行くのだった。彼女がなぜ俺についてくるかを聞くために。
俺はケイローン先生と別れた後に彼女と共に泊っている宿へと向かった。
「探したぞ、メディア……」
「どうしたんですか、イアソン様? 私はいつでもあなたが呼べばすぐに伺いますよ」
彼女がいたのはやはり、俺と一緒に寝泊まりをしている宿屋の一室だった。確かにメディアは酒場など人が騒がしいところはあまり好きではない。酒場にいるのも俺に付き添っている時だけである。彼女は何か紫色の薬を調合していた。その姿はなんとも怪しげで、悪い魔女のようだった。
「それはなんだ? お前は何を作っている?」
「ああ、これは媚薬ですよ……既成事実を作ってしまえば何だかんだ責任感が強いから……ふふ」
そう言って不気味な笑みを浮かべるメディア。ちょって待ってぇぇぇ。媚薬って何だよ。まさか俺に飲ませるつもりじゃないだろうな。ちなみに俺とメディアはそういう関係ではない。だってパーティー内でそういうのあったら絶対めんどくさいだろう?
「あ、イアソン様、ただの世間話ですが、甘いものと辛いものどちらがお好きですか?」
俺に飲ませるきだぁぁぁぁぁ。いや、わかっていたが、やっぱりこの女やばいな……。というかこれは匂いがやばすぎて、味付けの問題ではないと思うのだが……だが、俺はこの女に聞きたいことがあるのだ。
「なあ、メディア……お前はなんで俺と一緒に来たんだ? 俺はもう英雄にはなれないかもしれないんだぞ……今のお前だったら、引く手数多だろう? 俺に恋をしているからか? だったらやめておけ。そんなものは一時の気の迷いにすぎない。いつかお前は他の人を好きに……」
「なりませんよ。あなたはまたそうやって人を試す……だから私は答えましょう。あなたを裏切りはしません」
メディアが俺の言葉をかつてないほど強く否定する。そして、まるで俺の考えをお見通しばかりにほほ笑んだ。俺はその表情をみて恥ずかしいような嬉しいような不思議な気持ちに襲われる。
「私は知ってますよ。イアソン様が本当は優しい人だという事を……私は覚えています。あなたが私に声をかけてくれた時の事を……いきなり、ギフトに目覚めて、強力になってしまった魔術の制御ができなくて、パーティーを突いた方され、ギルドの隅で泣いていた私に声をかけてくれたのはあなた達『アルゴーノーツ』だけでした。」
「なら俺だけじゃなくてもいいだろう。シオンやアスでもよかったんじゃないか?」
「ダメですよ。私はめんどくさい女なんです。シオンの様に優しい言葉をかけられたら私は甘えて堕落したでしょう。アスの様に言葉足らずで見守るだけでは立ち直れなかったでしょう。イアソン様の様に人を馬鹿にするくせに、私を見捨てないあなただからこそ、私はこうなれたのです。正直、私も最初はこの人なんなんだろう、死んでくれないかなって思ってました。でも、あなたはめんどくそうにしながらも、ずっと私をみていたじゃないですか、挫折するたびにひどい言葉をかけてきて……それなのに、なんだかんだ心配そうに私を見守っていてくれて……お腹が空いたときには皮肉を言いながらも私にパンとスープをくれたあなたがいたから私はがんばれたんです」
彼女の言葉に俺はご飯を奢ってやったことを思い出す。そう、本当に些細な出来事だった。制御できない魔術ほど危険なものはない。メディアはパーティーを組むのを断られていた。そして、冒険者はクエストをこなさないと金は稼げないのだ。だから彼女は常に苦しそうだった。
だけど俺は知っていた。彼女は魔術を制御するために必死に努力をしていた。例えば先輩の冒険者に聞いたり、ひたすら制御の訓練をしたりだ。だから気まぐれに飯をおごってやったのだ。だって、一生懸命努力している奴が虐げられるのはおかしいだろう? でも、そんなことはすっかり忘れていた。なのに彼女の中では大事な思い出だったらしい。
「お前も相当めんどくさい女だな……」
「ええ、そしてイアソン様もめんどくさいですよ、でも、そんな性根がひねくれていて口は悪いけど優しいあなただがいるから私は頑張れたんです。そんなあなただから私は好きになったんです」
そういう彼女の笑顔はこれまで見た中で何よりも美しくて、その瞳は妖しい狂気に満ちていた。だけど、その瞳はずっと俺を見ていてくれたのだ。シオン達と冒険していた時も……シオンを追放して、オークロードに負けた時も……そして、現実から逃げていた時も……
「俺はひねくれているぞ」
「知っています。そんなところも好きです」
「俺は他人をそうそう人を信じないし、疑い深いぞ」
「知っていますよ、信じさせがいがありますね」
「俺は他の女に気をやるかもしれないぞ」
「そうなったら世界中の女を殺すから大丈夫です。そうすれば、イアソン様は私をみるでしょう?」
最後は冗談だったが、とんでもない返事が返ってきた。女を口説くときはぜったいばれないようにしよう。
「なあ、俺は英雄になれると思うか?」
「あなたは私の英雄ですよ、イアソン様。そして、いつか世界を救う英雄になると信じています。なんであなたは本物を求めているのに、他人の本物を否定するのですか?」
「だが俺は……」
「そうですね、シオンの英雄ではなかったかもしれませんが、でも、少なくとも私の英雄ではありますよ。そして、この村の子供達にとってもあなたは英雄でしょうね。そして、私たちがこれから倒すであろうゴブリン達からしたらただの殺戮者です。絶対なる英雄なんていないんですよ」
俺は彼女の言葉にうなづいた。確かに俺は絶対的な英雄にはなれないのだろう。だけど……もっと多くの誰かの英雄にはなれるのか……父だって、平和な時はみんなに慕われていた。結局立場の違いなのだ。だったら俺は自分を信頼してくれてくれるものの英雄にさえなればいいのではないだろうか。
「ふん、そうだな……だったらいつまでも未来の英雄がこんなとこにいたらおかしいよなぁ。さっさとこの村に巣くう魔物を倒して、街へ戻るぞ!!」
「そうですね、街に戻ったらまずはパーティーを組みましょう。アタランテはわかりませんがテセウスはあなたを慕ってましたからね。きっと仲間になるでしょう。知ってますか? あの男はあなたに声をかけられるのを待ってソロだったんですよ。一緒にイアソン様賛歌を考えてましたからね」
ちょっと待って。勝手に歌をつくってんのかよ……絶対聞きたくないんだが。
「そうだな、まずは新生アルゴノーツの結成だ。まずは仲間を集めるぞ。もっと強い仲間だ。アスは……どうだろうな……」
「あんな女いなくても大丈夫ですよ。あの女はイアソン様を尊敬してませんからね」
「まあ、幼馴染だからな……なんだかんだついてきてくれそうな気はするんだが……それに、あいつの力は有用だし」
結局シオンを追放したのが正しかったのかなんてわからない。でも、あのままが正しかったとは俺は思わないのだ。あのまま放置していればあいつはどんどん卑屈になっていただろう。もっといい方法があったのかもしれないが、俺にはわからない。俺にはあいつは救えなかった。ただそれだけの話である。
シオンのまっすぐな心に救われる人間もいるだろう。アスの飽くなき探求心によって救われる命があるのだろう。でも、それと同様に俺の歪んだ言葉で救われた人間もいるのだ。ならば俺は俺のやり方で英雄になるのだ。優しいだけの英雄はシオンにでも任せておけばいい。
「行くぞ、メディア。ケイローン先生と今後を話し合う」
「はい、私の英雄」
そして俺達はようやく前へと進むのであった。
 




