堕ちた英雄 4
俺の言葉にその場にいたガキ二人とシスターが絶句した。まさか、俺が了承すると思ったのだろうか? 金にもならないし、時間の無駄だというのに? 実は愚かしい発想だ。
「お願いします、あなたたちだってずっとここにいるわけではないでしょう? だったらこの子たちに戦う方法を教えてあげてはくれないでしょうか?」
「それで俺になんのメリットがある? 大体こんなガキ共に中途半端に教えてなんになるというのだ?」
ガキ共の援護をするかのように言ったシスターにも俺は忠告をしてやった。大体これまで村で遊んでいただけのガキに半端に剣を教えたところで、なんにもならないのだ。むしろ中途半端に自信をつけて、危険な事をする可能性がある。ただえさえこいつらは力もないのにゴブリン達のところに突っ込むくらい無謀な馬鹿達なのだ。火に油をそそぐようなことだとわからないのだろうか?
「どうしてもだめだというんですか? 少ないながらもお礼はするつもりです」
「お礼ねぇー、お前が酌でもしてくれるって言うのか?」
「イアソン様……酌なら私がしますよ?」
「「ひぇ……」」
ガキ共とシスターが俺の背後を見てひきつった声をあげた。嫌な予感がして後ろを向くとメディアが感情の無い目で俺を見ていた。こいつがこの目をしているときは本当にやばい。シオンとダブルデートにいったのがばれた時は、三日間無言でずっとついてきて監視されたものだ。大体、別に付き合っているわけではないのに、なんでこんな顔をされないといけないのだろうか?
「じょ、冗談に決まっているだろう、メディア。と、とにかくだ……俺は酒を飲むのに忙しいんだ。そういう面倒なことは他を当たるんだな」
「わかりました。行きますよ、アレク、フィフス。ゴブリンを倒してくれた時は見直しましたが、やはり冒険者達なんて……」
不満そうな顔で酒場を出ていくシスターとガキ共だった。勝手に期待して、勝手に失望するなよ。俺は以前活動していた街での出来事を思い出す。それまで『アスゴーノーツ』のリーダーである俺達を賞賛し、シオンを馬鹿にしていた奴らが、手のひらを返してシオン達を賞賛しやがった。俺達だって頑張ったのにだ……別に結果を出したシオン達に馬鹿にされるのはまだ許せる……いや、許せないな、普通にむかつくぞ。だが、何もできなかったやつらに馬鹿にされるのはもっとむかつくのだ。
とはいえだ、もう一度あのガキ共が教えを乞うて来たら少しくらいはアドバイスをしてやってもいいかもしれない。もちろん、戦い方ではなく生き残るための術だが……俺がコップの酒を一気にあおりテーブルに置くとすぐさま酒が注がれる。
「ごくろう、メディア」
「いえ、イアソン様にお酌をするのは私の仕事ですから、それであの子達はどうするんですか?」
「どうするっているのはどういう意味だ?」
「私の時を思い出しますね、そうやって一度は突き放して。彼らの本気度を試しているんでしょう? でも、私の事も構ってくれないとダメですからね」
メディアが、ローブの奥で嬉しそうに笑みを浮かべているのがわかる。俺はそのこっちの気持ちを見抜いてますよみたいな表情に気分が悪くなる。俺は一気に酔いがさめていったのを自覚した。人を買いかぶられては困る、俺はそんないい人間ではないし、そもそも、そんな風に優しく接したら舐められるだろ? 冒険者や英雄は舐められた終わりなんだよ。
翌朝村を歩いていると昨日のクソガキが剣を振っていた。とはいっても重心はずれているし、姿勢も適当だ。あれではむしろ変な癖がついてしまい逆効果だろう。
「なぁ、アレクこんなことやっても無駄だって」
「それでも、あの人も言っていたじゃないか。いつまでもいれるかわからないってさ。そうなったら俺達でシスターを守らないと……だからやれることはやらないといけないんだ」
アレクという剣を振っているガキに、退屈そうに座っているガキが声をかけている。もしかしてあれは昨日の俺の剣技の真似だろうか。不格好さが目立ち不快きわまりないな。
「おい、クソガキそんなことやっても無駄だぞ。だったら走って体力をつけろ。逃げるにしても、戦うにしても体力がないと話にならないだろう」
「え……ありがとうございます!!」
俺の言葉に一瞬驚いた顔をしていたが、満面の笑みになってとアレクは剣を置いて走って行ってしまった。まさか、あいつは俺が本当に色々教えるとか勘違いしていないだろうな? まあいい、ついでに、俺は冷めた目でこちらを見ている、もうひとりのガキに声をかけてやる。
「お前はやらないのか?」
「俺は冒険者になりたいわけじゃないから……それに師匠もいないのに、やってもあんまり意味ないでしょ。アレクは正義感だけはあるけど馬鹿なんですよ」
そういって、彼はずいぶんと遠くなっている背中をみながら鼻で笑った。へぇ、こっちのガキの方が現実をわかっているなと思う。
「まったくだな。お前はよくわかってるじゃないか」
「でも、俺はそんなあいつが好きなんですよ。だからあいつにだけは色々教えてあげてくれませんか? 雑用でもなんでもやるんで」
そういうとガキは頭を下げた。意外と熱い男だったようだ。俺がどう答えようか考えていると背後から懐かしい声が聞こえた。
「いいでしょう、先ほどの少年だけではなく、君の事もそこのイアソンが面倒をみますよ」
「げ……なんであなたが……?」
後ろから来た声に嫌な予感がした俺は振り向いて、その姿をみて言葉を失った。




