54.ヘルメス
「ははっ!! 予想以上だねぇ、『英雄』ではなく『翻訳者』が来た時はどうなるかと思ったけれど、最高じゃないか。彼ならこの停滞した世界を切り開く英雄になれるかもしれないね」
森の中で、ゴルゴーンの里での一部始終をスキル『千里眼』でみていた僕は思わず歓喜に叫ぶ。宴会でペガサスとなにやら言い争っている黒髪の少年だが、予想以上の結果を残してくれた。
僕の推測では、最悪ゴルゴーンの里は崩壊して、ステンノ以外はゴルゴーンは壊滅。及第点でメデューサと一部のゴルゴーンを救出するが、ゴルゴーンの里は崩壊だと思ったのだが、結果はどうだ? ゴルゴーンの里はかろうじて残り、おまけに僕が造ったキマイラすらも打ち破ったのだ。白馬に乗って里を救うその姿はまるで英雄譚の主人公のようだった。
そもそも、今回はわざと『アルゴーノーツ』の一員であるアスクレピオスに、ゴルゴーンの血の情報を流し、イアソンをこの地におびき出し、彼の器を見極めるつもりだったのだ。優秀な『ギフト』を持つペルセウスと『英雄』であるイアソンの人脈をつなぐことと、彼が危機にどう対応するかをみて、僕の望む英雄かどうかを見極めるつもりだった。
「『翻訳者』か……完全にノーマークだったなぁ。フフ、これから忙しくなりそうだね」
だから、『アルゴーノーツ』が壊滅して、代わりにシオンと言う少年が来た時は絶望したものだ。だけど、結果はいい意味で裏切られた。それに、彼の仲間も面白い。あの男の忘れ形見の娘、よくわからないがやたら賢いスライム、『ギフト』持ちのオーク、しかもペガサスまで味方につけたのだ。
「嬉しそうですね、ヘルメス様」
「ああ、ステンノか? 怪我はもう大丈夫かい?」
「はい、おかげさまで……」
そういって腹部を撫でるステンノを僕は、少し申し訳ない思いでみつめる。彼女は残念ながら英雄にはなれなかったようだ。彼女の器を試すために彼女の里をキマイラに襲わせたのだけど……
もしも、彼女がキマイラを撃退した後に、姉妹にそのコンプレックスを吐き出し、協力をするか、完全にゴルゴーンの里と離別をして冒険者あたりにでもなるのならば、話は変わったのだけれど……キマイラこそ倒したものの、結局一番楽な道を選んでしまったようだ。自力で自分を活かす道をさがしていた彼女に私は確かに英雄の輝きをみたのだが、力を得て見えた世界で絶望してしまった。本当に申し訳ないことをしたと思う。
「それでこれからどうするんだい? 君が望むならば別のゴルゴーンの姿に変えよう。そうすれば野良のゴルゴーンとして里に住むことも可能だろう? それとも僕についてくるかい? 君の在り方を歪めてしまったのは僕だからね。責任は持つよ」
僕の言葉に彼女は、首を横に振った。少し寂しそうに笑うその姿は、今までの張りつめていた顔とは違い、表情こそ悲しみを背負っていたが、不思議とその瞳には強い意思があった。彼女の中で何かが変わったのだろう。
「私は森で一人住もうと思います。一人で薬を作って暮らそうかと……」
「そうかい、じゃあ、餞別だ。君が望むならば好きなギフトと交換してあげるよ。そのギフトは戦闘には向かないだろう? といっても僕が持っているギフトにも限りがあるけどね」
「あなたはなんでもお見通しなのですね……」
「フフ、何のことかな?」
彼女の言葉に僕は笑ってごまかす。彼女は森で生きると言った。おそらく、戦力が弱体化したゴルゴーンの里を陰ながら守るつもりなのだろう。これまでゴルゴーンの里にはキマイラがいたから、森の魔物たちも襲ってこなかったが、これからはわからないし、今、強力な魔物が来たらゴルゴーンの里は壊滅するかもしれない。『翻訳者』の少年がトロル達に何かを話していたので、トロル達は襲わないかもしれないが、森には他にも多種多様な魔物がいるからね。
「お言葉はありがたいですが、私はこの力を信じてみようと思います。なんだかんだこの『ギフト』が私にはあっている気がしますから」
「そうか、わかった。元気でね」
そうして彼女は森の奥へと去っていった。振り向くことなく歩いていく彼女は何かを振り切ったようだった。
「さて、僕もそろそろ動くとしようか。英雄になってもらうにはそれなりの舞台が必要だからね」
僕はこれからを楽しみに、彼らが拠点にしている街を目指して出発するのであった。
ヘルメスのイメージはやはりこんな感じなってしまいますね……