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ステップグラウンド  作者: ジーコージ
第一章 大地を踏み締めて
3/3

扉は開かれた






 陽が丁度頭上まで重なった十二時。クレスとアルセリアの二人はザワザワと騒めく夏緑樹林の中をひたすら突き進んでいた。


「もうそろそろだから、頑張るんだ……」

「は、はい……」


アルセリアの顔には早くも疲れの色が見え始めている。


「辛かったら言うんだよ、ちょっと休憩するから」

「いえ……私は大丈夫です!」


 そう気丈に言う彼女にクレスは微笑み掛けながら、空を見上げた。吸い込まれる様な群青、それが森の緑の中で一際目立っている。その上に流れる白い雲を眺めていると、不意に甘いミルクティーが飲めたくなってきた。馬鹿馬鹿しい、このご時世にそんな物ある筈無いのに。


「まぁ、それならいいや。でも無理だけはするなよ」

「分かりました……!」


 森の中の道を暫く歩いていると、不意に開けた場所に出た。山道を抜け、漸く平地に辿り着いたらしい。これで道中で魔物の群れや盗賊などの奇襲を受ける可能性がかなり下がっただろう、クレスは僅かに緊張を解いた。

 この山地帯を抜ければこの先暫くは平地、農耕地帯が続く。この周辺の地域は昔からレタスの名産地として有名で、此処で作られた野菜は全国に輸入されていた。それも今は昔の話で、豊穣な野菜畑だった場所は名前も知らぬ雑草に占有権を奪われている。


「かなり開けたな……まったく、こういう場所なら車で移動した方が楽なんだけどね」

「あったら良いですね、車」

「勿論」


 舗装が剥げてひび割れた道路を歩いていくと、小高い丘の向こうに鈍い金属の輝きが見え出した。それは金網、住民達の安寧と命を瀬戸際で守るバリケードの反射光だった。


「見つけた……!」


 丘の頂上へ駆け上り、そこから町を見下ろした。どうやら其処は幅広い道路を中心に栄える小さな集落だったらしく、道の両脇に寂れたガソリンスタンドや窓ガラスが割れた飲食店などが一定の間隔を開けて建っている。

 一見何の変哲も無い町並みだ、その周りをグルリと囲む壁が無ければ。

 半径三百メートル程度の土地と周囲を断絶する何層もの有刺鉄線と金網の壁。物々しい雰囲気を帯びるそれは町の人々の命を守り抜く苦し紛れの防衛策なのだ。


「意外と大きいな、人口は多分三十人くらいって所かな?」

「そうみたいですね……」


 あの規模ならきっと食料や弾薬の備蓄、そして今クレス達が最も望んでいる自動車もある筈だ。タダという訳にはいかないが、恐らく危険な雑用を何度かすれば譲ってくれる筈。それで足が手に入るのなら安い物だ。


「あの、何か様子が変じゃないですか?」

「え?」

「あれ見て下さい……」


 アルセリアが不意に腕を上げて町のある一点を指差した。だが此処からでは遠過ぎて町の細かい様子までは判別しにくい。目を凝らしてみるがピントが合わず何も見えない。


「見えないな……アルセリア、双眼鏡貸してくれる?」


 クレスは隣のアルセリアに双眼鏡を貸す様に頼んだ。以前訪れた陸軍基地廃墟から拝借した軍用双眼鏡で、高性能なだけではなく防水性や耐久性にも富んだ優れ物だった。彼女は背中に背負ったリュックからそれを取り出すと、クレスの手の平に置いた。


「さてさて、何が起こっ……」


 スコープを覗き込んだ瞬間、網膜に飛び込んで来たのは赤だった。まるでパレット一面を塗り潰したかの様な鮮やかなドス黒い赤、それを視認するだけで本能的な恐怖と高揚に襲われる鮮烈な赤、その色彩にクレスは見覚えがあった。

 血、ヒトの血液だ。それが建物の壁の至る所に付着している。


「……ッ!」

「何か、あったんですか……?」

「あぁ……今血痕が見えた、それもかなりの量だ」

「えっ、それって……」

「何かヤバイ事になってるらしい……」


クレスはアルセリアに軍用双眼鏡を返すと、バックパックを背負い直して駆け出した。


「もう少し近付いてみよう。そうした方がよく見える」

「わ、分かりました」


警戒心を俄かに高めて更に近付いていくと、その惨状が露わになっていった。

 外界と人間の命を隔てる筈のゲートがまるで粘土の様にグシャグシャにひしゃげ、地面に寝転がっている。凹み具合から見て凄まじい力を一瞬の内に掛けられたのだろう、何とも無残な形に変形させられていた。


 そしてゲートの両脇に目を向ければ、地面に転がる若者の死体が二人分。彼等は小銃を腕に抱えたまま血溜まりの中で息絶えていた。恐る恐る近付いて観察してみると、腹部にまるで貫通した様な大きな傷が出来ていた。恐らくそれが致命傷となったのだろう。


「……チィッ」


クレスは舌を鳴らし、苦悶に歪んだ表情の若者達の瞼を下ろした。


「アルセリア、土葬頼めるかな?」

「はい、分かりました」


 アルセリアはクレスの前に立つと、右腕を突き出して指を複雑に動かし始めた。常人には到底真似出来ない様な不規則かつ精巧な操作を続けていると、不意に地面に大穴が空いて二人分の死体を奥底へ飲み込んでいった。


 この土葬には犠牲者の鎮魂、慰霊の他にももう一つある役割が隠されている。

 それは『犠牲者が魔物に変化する事を防ぐ』為だ。魔物の血液や唾液などの体液を介して体内へ侵入したウイルスはおよそ数時間の内に爆発的繁殖を起こし脳下垂体前様を肥大化、成長ホルモンを過剰分泌させ人間を理性も何も無い化け物に変えてしまう。

 もし仮にこの若者達がまだ生きており、脳までウイルスが達していた場合あと六時間程度で変化が始まるだろう。そうなれば彼等は立派な化け物の仲間に堕ちる。

 だが目覚めた所が地中で一切身動きが出来ないのであれば別の話である。例え理性を失ってしまっても動けないのであれば恐るるに足らず。急に襲われるリスクも減るのだ。


 足元を見ると、泥濘んだ地面に幾つもの足跡が残されている。哺乳類、鳥類、爬虫類、この世に存在する全ての生物のそれを組み合わせたかの様な歪な形状の足。

 考えられる事態はただ一つ。


「……アルセリア、注意するんだ。奴等が居る」


 間違い無い、この町は魔物に壊滅させられた。


 それ(・・)に確実な名前は無い。魔物、悪魔、化け物、害獣……人は様々な名前でそれを呼ぶ。呼び名こそ違えど、それに対する人々の感情は同じだ。憎悪、その一言に尽きる。この数年で多くの人間が殺され、奪われ、苦渋を舐めされられた。


 当然クレスもその一人だ。彼は日常を、愛する人を、仲間を、すべてを奪われた。今の彼に残っているのは、未練と深い殺意だけだ。


「そうみたいですね……壁張っておきましょうか?」

「いや、まだいい」


 クレスは真剣な表情を浮かべると、『星穿ち』にボックスマガジンを装填して臨戦態勢を整えた。魔物はいつ、何処から襲って来るか分からない神出鬼没な生物。油断は許されない。


「……中に入って生存者か車を探す。流石にこれ以上歩くのはキツイから今此処で回収しないと」

「あの、私も着いて行きます」

「え? 別に此処で待っててもいいのに……あー、じゃあ魔物が飛び掛かって来た時土を動かして壁を作ってくれると嬉しいな」

「分かりました……!」


 重いバックパックをその場に投げ捨てて身軽になると、二丁の銃を携え、アルセリアの手を引いてゲートの手前まで忍び足で近付いた。

 その周辺に魔物の姿は無く、生存者の姿も無い。それを確認すると、クレスは慎重な足運びでゲートの向こう側へ足を踏み入れた。その瞬間空気の色が変わったのを悟った。


「俺の側から離れない様に、絶対に」

「はい……!」


どうやら此処の制圧は一筋縄ではいかないようだ。

 町はかなり発展していたようで、多くの建物の脇にはまだ駆動出来る車が残されている。タイヤが動いた痕跡が無い事から、恐らく襲撃は何の前触れも無く実行され、あっという間に完遂してしまったのだろう。だからこそ反撃する暇も無く、一方的に蹂躙された。

 魔物の襲撃を喰らい、壊滅した町を訪れるのはこれが初めてではない。見慣れた光景なのだが、その度に漠然と感じる寂寥感は筆舌に尽くし難く、決して慣れる様な物ではない。


…………これは酷い。


 町の内部の様子は、凄惨の一言に尽きた。地面には夥しい血溜まりが広がり、建物の壁には至る所に弾痕らしき穴が見える。そして物陰には腹部に風穴が空いた遺体が幾つも転がっていた。彼等の表情は一様に苦悶に歪んでいる。

 思わず『星穿ち』を握る手が震えた。それは同じ人間が殺された怒りではなく、次に殺されるのは自分ではないかという恐怖による物だった。

 アルセリアは視線を落とし、哀しげな表情を浮かべて呟いた。


「……酷いですね」

「あぁ、そうみたいだ」


 その場に屈み込んで、血痕に指先を突っ込む。血はまだ新しく、表面だけが凝結して固まっていた。血が流れてからそう時間は経っていないだろう。まだ近くに魔物が居る筈だ。

 この町の人口が分からない為断言は出来ないが、足跡の数から察するにバリケード内に侵入した魔物の数は七、八。人口が三十人程度であると仮定すれば、その数は十五、十六に膨れ上がっている事だろう。


 流石にその数の魔物を一度に相手するのは厳しいが、個体撃破が出来るのなら比較的楽な筈だ。一体ずつ誘き寄せて倒していけば、きっと安全に殲滅出来る。


「もう少し探索しようか、周りに注意するように」

「は、はい……!」


 一瞬アルセリアにも銃を渡そうかと思ったが、彼女には『特異点』という強力な武器がある。それを使えば自衛など容易いだろう。

 周囲を警戒しながら建物の壁際を慎重に歩く。

 そして手頃な建物に目星を付けると、クレスはアルセリアの手を引いてその窓枠を飛び越えて室内に侵入した。


 家の中は閑散としていた。必要最低限の家具しか無く、床にはグシャグシャに凹んだ空き缶が幾つも転がっているだけ。偶然足元に転がっていたイワシのオイル漬けと思わしき缶詰を拾い上げて中を確認してみると、そのブリキ製の容器が僅かに濡れている事に気付いた。やはり先程まで此処には正気を保っている人間が住んでいたらしい。

 もしやと思い耳を澄ませるが、魔物の足音や声は聞こえない。


「……少なくとも、この家の中に奴等は居ないね。二階まで上がって様子を見てみよう」

「分かりました……」


 『星穿ち』を構えて足音を殺しながら二階へ伸びる階段を一歩一歩踏み締めていく。恐らくこの上に魔物は居ない筈だが、その確証は無い。いつだって期待を裏切ってくるのが魔物という存在なのだから。


 二階へ辿り着き、魔物が居ない事を確認するとクレスは手を動かしてアルセリアに近くへ来る様に指示した。

 二階もまた下の階と同じ様に目立った家具も無く、強いて言うなら壁に掛けられたライフルや数本の土木用斧が黄ばんだ壁の中で一際鈍い輝きを放っていた。特に斧の方は手入れが行き届いているらしく、刃にはクレス達の顔が鏡の様に映っている。

 クレスはライフルを手に取り、軽く構えてみた。


「……このライフル、弾さえありゃまだ使えそうだな。弾は……無いか」


 部屋を軽く見回してみたがライフルに対応した銃弾らしき物が無い事に落胆した。銃火器という物は相応しい弾が伴って、初めて殺傷力を得る兵器と化す。弾が無ければ、銃はただ重いだけの鉄筒に過ぎないのだ。

 ライフルの鑑定に集中し、それの詳しい名称や生産国などの出自を思い出そうと顎に手を置いて考え込んでいたその時、


「おい、アンタ達。余所者か」


背後から明らかにアルセリアの物とは違う、低い声が聞こえてきた。訛りの少ない、流暢な英語だった。


 最早考える暇など微塵たりとも見せずに、クレスは振り返って『星穿ち』を構えた。引き金に掛けられた指には力が入り、今直ぐにでも発砲出来る状態にある。

 その銃口の先に立っていたのは、緑のダウンジャケットを着た壮年の男性だった。ボロボロの野球帽の下では蒼い瞳が静かに輝いており、長く伸びた無精髭の白の中で一際目立っていた。

 その人が正気を保った人間である事が分かると、クレスは銃口を下ろした。


「はい、そうです……勝手にお邪魔してすみません」

「別に良いさ。此処に住んでるのはもう私だけだからな、今更邪魔もクソも無い」


 男性がクレスとアルセリアの間を縫う様に通り過ぎた時、その背中に担がれた銃に目を奪われた。50径口対物ライフル、本来超長距離狙撃用として使用されるべき正真正銘の重火器が何の変哲も無い男の背に乗っている事に驚いたのだった。

 男性は窓枠に手を掛けて窓の外を眺めながら言った。


「アンタ達もこの町が壊滅した事を知っているんだろ?」

「はい……一体、いつやられたんですか?」

「今朝だ」

 

 男性は胸ポケットから錆び付いたシガレットケースを取り出すと、その中から一本のタバコを取り出してライターで火を付けた。


「見張りが交代する直前の朝六時頃、外に隣接する見張り塔から当番の若い奴が中に入る為にゲートを開けた瞬間、一斉にクソッタレ共が雪崩れ込んできた。応戦するにも時間が無く、大半は刺し殺されるか、クソッタレ共に仲間入りしちまった」


滅多に嗅ぐ事の出来なくなった、タバコ特有の鼻に付く臭いを撒き散らしながら彼は笑った。


「もう誰も居ない……残ってるのは死に損ないの老骨一本」


依然燻るタバコの先端を木製の窓枠に擦り付けると、吸殻を窓の外へ投げ捨てた。


「……アンタも吸うか? 缶ピーだ」

「いえ、僕はその……タバコは吸わないので」

「そうか……まぁ、悪い事は言わない、物色なんて止めて早く逃げろ。今見つけてるだけで十一体もあのクソッタレ共が居やがるからな」

「十一、ですか……厳しいですね」

「あぁ。このデカブツだったら特にな。あのクソッタレ共の横顔カチ割る為に徹甲弾使おうと思ったら、こんなサイズになっちまった。簡単には動けない、固定砲台みたいな物だ」 

「普通の狙撃銃じゃ奴等のド頭は貫けませんからね……仕方無い」


 彼等は窓枠に腕を掛け、町並みを眺めた。長閑で、小さな量販店と住居が立ち並んだアメリカの一般的な農村だ。少なくとも三年前までは、昨日まではそうだったのだろう。

 この町は一瞬の内に地獄と化した。人ならざる者が蔓延る、地上の地獄に。


 こんな場所に自ら足を踏み入れたクレス達は自殺志願者なのだろうか?

 答えはYES。

 そもそも、この終わりかけた世界で旅をしようと思う事自体が、自殺行為なのだから。


 男性はクッと短く息を漏らし、依然険しい表情のまま右手を伸ばした。


「出来れば食糧や銃弾を提供したい所だが、武器庫も食糧庫も占領された。すまないな」

「いえ、そんな事ありません」


その差し伸べられた手を、クレスはしっかりと掴んだ。


「ランディ・ランゲルハンス。私の名前だ。この町に住んで三十年経つ」

「クレス・ドールティです。そしてこっちが……」

「アルセリア・リンド……です」


二人の簡単な自己紹介を聞き終えると、ランディと名乗った男性は対物ライフルを背から下ろして忠告した。


「クレス、アルセリア。アンタ達は逃げな、もう此処は人間の住める場所じゃなくなった。ほら、さっさと荷物引っくるめて逃げるんだ」

「……貴方は、どうするんですか?」

「私はこの町に残ってクソッタレ共を全部殺した後死のうと思う。もう私は、新しい地を探すには歳を取り過ぎているからな」


それに、とランディは付け加えながら一際眩い眼光を放った。


「あのクソッタレ共の半分は私の仲間だった奴だ。私は奴等を……弔わなければならん」


彼は腰に提げたサイドポーチから10センチ近くある徹甲弾を取り出すと、対物ライフルに装填した。先端を堅固な鋼鉄に固めた、戦車の装甲やコンクリ製の建築物を破壊する事に特化した銃弾。魔物の中枢神経を守る分厚い頭骨を砕くには充分過ぎる程の性能だ。   

 だがその重量故に狙撃銃としての運用しか出来ない為、リロードも遅く接近戦には向かない。その上反動も大きく地面に寝そべって射撃、つまり伏射するしかないのだ。機動力は最悪、威力は最強。それが超長距離狙撃用である事の利点であり、欠点でもある。


「まぁ……アンタ達には関係の無い事だ。じきに此処にもクソッタレ共が来る。その前に逃げるんだ、分かったな?」

「……はい。どうか、お気を付けて」


クレスはアルセリアの元に歩み寄ると、その手を掴んだ。


「行こう、アルセリア」

「えっ、でも……」


彼女は一瞬何かを言いかけたが、寸での所で思い留まって俯いた。どうやら彼女にも思う所があるのだろう。自ら決死の覚悟で死地に赴く人を黙って見送る事に抵抗感を感じているのか。


「分かりました……」

 

蚊の鳴く様なか細い声と共に頷いたアルセリアの手を引いて、クレスが部屋を後にしようとしたその時、不意に彼が声を上げた。


「あっ、そうだ。一つ聞きたい事があるんですけど」

「何だ?」

「俺はこの娘の母親を探す為に旅をしているんです。ハンナ・リンドっていう人なんですけど……」


そう尋ねるとランディは暫く考え込んだが、目を伏せて首を振った。それと同時に隣のアルセリアが短く息を飲む音が聞こえた。


これが彼等が旅をする理由、アルセリアの母親の捜索だ。

 数年前のパンデミック、人類のおよそ大半が命を落とした大厄災の後辛うじて生き延びたリンド家はアメリカ政府が用意した避難所で避難生活を送っていた。

 数万人もの難民がバリケードの中で肩を寄せ合い暮らしていたが、その安寧も長くは続かず、魔物共の大規模な襲撃を受けた。其処から逃げるタイミングで母娘が散り散りになったという話だ。

 アルセリアは比較的人口の多い東側のキャンプへ逃げ延びたが、それ以来母親の行方が分からなくなったらしい。


 母親を探したいアルセリアと旅を続けるクレスのメリットが一致した事で、彼等は二人で旅をする事を決めたのだ。それから三年間、ずっと彼等はそれぞれの愛する人を求めて旅を続けている。


「そうですか……」

「すまないな、力になれなくて」

「いえ、此方こそすみません。いきなりこんな事訊いて」

「別に構わない……頑張れよ、アンタ達の旅に幸多からん事を」

「教えていただき、ありがとうございました。貴方もその……お気を付けて」


クレス達はランディに別れを告げて、部屋を後にした。

 今回も手掛かりすら掴めず、無駄足に終わってしまった。何も出来ず、ただ聞き回る事しか出来ない自分の無力さを感じながらも、まずはこの死地から脱する為に全力を尽くさねばと気を引き締めた。

 

 階段を一段一段慎重に下っていると、不意にアルセリアが口を開いた。


「……良かったんでしょうか。あの人を、置き去りにして」

「本人がそれを望んでたんだ。俺達にどうこう言う筋合いは無い」

「でも……人が死のうとしてるのを無視するなんて、私にはとても……」

「……俺達はただ、あの人が自分の命を擲ってまで魔物を倒しに行くのを見送っただけ。あの人を止める事はつまり、その決意を根本から捻じ曲げる事になる。それは絶対に駄目だ。俺達みたいな余所者がするべきなのはあの人の無事と成功を祈る事だ」


一階に下り、壁際を進みながら周囲の様子を探る。魔物の姿は無い。


「……今回は仕方無い、早い所退散するか。悪いけど、飯と車の調達は厳しいかな……」

「ご飯足りるんですか? その……缶詰も有限でしょうし……」

「まぁ飯が足りなくなったらその辺の動物捕まえて、肉を食おう」

「……寝床にはしないですよね?」

「肉食べるだけだって」


 扉の無い玄関から顔を出して近くに魔物の姿が無い事を確認すると、クレス達は建物から出て壁伝いに歩き出した。




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