悪い魔女は外に出る
「下僕君、ちょっと待って」
いつも通り、買い物に出掛けようとする自分を魔女さんが呼び止める。
普段はないことに振り向くと、ろくに使っているのを見たことない鏡の前で帽子の角度を直しているところだった。
「今日はボクも着いていくよ」
納得のいく角度に仕上がったのか、こちらを振り向いてニコリと笑うと魔女さんは言った。
「……どこへ?」
「……? 君の買い物に決まってるじゃないか」
万年引きこもり。日を浴びたら死ぬんじゃないかってくらい外に出ない魔女さんが自分の買い物に着いて来る。
ちょっと信じられなくて、念のために確認をとろうと首を傾げると、心底バカにしたような表情で魔女さんは同じように首を傾げてそう返す。
外に出る?あの魔女さんが?
「……熱、は無いですね……」
「おい、どういう意味だ」
風邪でも引いて熱のせいでおかしくなっているのか。
そう思って額に手を当ててみれども、どうにもそういうわけではないらしい。
訝しむ自分に白い目を向けながら、魔女さんは抗議のつもりなのか緩く自分の頬をつねる。痛いです。
「……本当に外に出るつもりですか?」
「だから、さっきからそう言っているだろ?」
「……あなた、本当に魔女さんですか?」
「君が普段のボクをどう思っているかはよく分かったよ。覚えておけよこのやろう」
熱は無く、冗談のつもりでもないらしい。
となれば残るはこの魔女さんが偽者という可能性。一体、本物の魔女さんをどこにやった!この偽者め!
そんな憤る気持ちを抑えて尋ねると、魔女さんっぽい人は憤りをまるで抑えるつもりはないらしく頬をつまんでいた手にグッと力が込められた。痛い、痛いです。ごめんなさい。
「……でも、どうして急に外に出る気になったんですか? あのひきニートの魔女さんが」
「君は余計なことを言わないと気が済まないのかい? ボクだってそういう気分になる時くらいあるさ」
本当に?いやいや、あの魔女さんに限って、ディンに散歩をせがまれて「いいかい、ディン? 散歩は外でするもの。そんな固定概念は捨ててしまうべきだとボクは思うんだ。それに散歩は三歩と語感が似ている。つまり、家のなかでこうやって暮らしているだけでもそれは立派な散歩なんだよ」とか頭が沸騰しているとしか思えない戯言を真顔で語っていた魔女さんに限ってそんなことはありえない。
そもそも、飼い主同伴の散歩ってそれ犬では?
そんな益体もないことを考えていると、不意に頬をつねっていた魔女さんの指が離される。
「……まぁ、あとはあれだよ。ほら、この間、君がクイズを出しただろ?」
「ええ。魔女さん一問も正解できませんでしたね」
「うるさい! それはいいんだよ! いいけど……少し、ボクも本気を出すべきかと思ってね」
「全然よくないじゃないですか。凄く根に持ってるじゃないですか」
言っても自分の世界に入ってしまっているのか魔女さんは自分の言葉なんてまるで聞いてはいない。
なぜか得意げに笑みを浮かべて話を続ける。
「ボクはいかんせんクイズという文化には疎い。それもこれもその手の書物に触れる機会が少なかったからだ。これまで通り、気になったものを取り寄せるという手もあるけれど、ボク自身が直接赴いてこの文化を掌握するための一冊を見つけるのもいいと思ったのさ」
「……つまり、好みのクイズ本を探しに行くということでいいですか?」
「ふっ。真理の探究、とでも言うべきかな」
「浅そうな真理ですね。子供用プールかなんかですか」
まぁ何であれ、まともに日の光を浴びようとしない不健康人間が外に出てくれるのならそれはきっと喜ばしいことです。
◇◆◇◆◇
「……ふむ。なるほど」
隣には全身を覆うローブとそれについたフードで顔を覆った魔女さん。存在を曖昧にして認識できなくする魔法をかけているらしいとはいえ、町のあちこちに指名手配の張り紙を張られた大罪人が書店でクイズ本片手に唸っている姿というのは随分とおかしな光景だと思う。
そもそも、魔女さん。その手に持った「サルでもわかる簡単クイズ!これで君もクイズキングだ!」の何に理解や共感を示して頷いてるんですか?知能レベルとかですか?
「何か今失礼なこと考えてなかった?」
「……いえ、全く。ところで魔女さん」
変なところで鋭い。
動揺を隠して話を逸らすべく一冊の本を手に取る。
「クイズと一口に言っても様々です。例えば、自分がこの間出したのは水平思考クイズ、俗にウミガメのスープなどと呼ばれるものですね」
「あの『はい』か『いいえ』で答えられる質問を繰り返す奴だね。なるほど、この間の君が出した系統のクイズで君をぎったんぎったんにするのも悪くないかもしれないね」
やっぱりものすごく根に持ってるじゃないですか。
「よし、決めた。これとあれ、あとはそれとここら全てにしよう」
「ちょっと多くないですか?」
「持ってね?」
「……はい」
両手が買い物袋で塞がっている下僕めですが、魔女さんのお願いとあらばなんとかしましょう。具体的には買い物袋を魔女さんに持たせる形で。
そんなことを考えながら会計の列へと並ぶ。
外で待ってくれていても良かったのだけれど、とことこと魔女さんが歩み寄ってきて隣に並んだ。
「……そうだ、下僕君。また今度――」
何かを言おうとした魔女さん。しかし、それは突如として響き渡った爆音と悲鳴に塗りつぶされて自分の耳に入ることはついになかった。
今日からまた一月か二月ほど毎週更新でやっていきます。
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