君と、いつかの僕
「イツカくん、み~つけた」
同級生の彼女との出会いは小学校まで遡ります。
僕は、地元の小学校を六年間通い、親が校区外で家を建てた関係で、皆とは違う中学校へ通うことになりました。それ以来、彼女とは出会う事はありませんでしたし、彼女の存在も記憶から消えていきました。
去年の夏休み。
僕は家族と会社の仲間と登山に出掛けます。
その出来事をSNSの日記に記したのです。
そこにコメントを入れて来たのが『モミジさん』でした。
モミジさんのプロフィールを覗くと、
隣県の同い年の人だとわかった。
どうも僕が登った山を、モミジさんも最近登ったらしい。
いれてくるメッセージは方言丸出しで、とても今時の子には程遠く、風変わりな印象。
それでも登山の話やスポーツの話、とても前向きな返しは好感がもてた。
モミジさんは不定期で、このSNSにやってくる。
ゲームサイトもあるSNSだが、マイページにメッセージが来てないか確認する程度。もしくは自分の日記を更新するかだ。
たまにしか現れないモミジさん。隣県の同い年、しかも方言丸出し人間ときたもんだから気になってしようがない。
あるとき勇気をだして聞いてみたんだ。
(聞いてもいいのかな。聞いたら嫌われないかな…)と自問自答の繰り返し。
キモチ悪がられて連絡が途絶えてしまう恐怖もあったが、はやるキモチを抑えることができない。
そこで僕は、聞き方を遠回しにすることにした。
『モミジさんは、○○山に何回も登るから地元の方なんでしょ』と。
その地元とは、僕が住む街と隣り合わせにある街。
お互い顔も知らない、SNSの日記で巡り逢った縁が、妙に好奇心を駆り立てる。
送信ボタンを押すのに少し間があった。
小さかった鼓動が高鳴ると同時に、これが最後の連絡にならないことを祈りながら、ボタンを押し込んだ。
それから数日の間、モヤモヤとした日が続いた…。
何度も何度も携帯を開いては確認をするが、返事はきていない。
(嫌われるって辛いなぁ)と感じながらの生活は心苦しかった。
(あ~、やっちまったんだな…)と思い、気落ちしていたところに、モミジさんからの返事がきたのは、諦めかけていたときだった。
『実は私ね、○○県民じゃないんだよ』
『…プロフに載せてる出身は違うの。誰かにバレたくないしね。△△県の□□市に住んでるよ』
(エッ…)
もっと距離がちぢまった。
モミジさんは、僕と同じ街の住人だった。
田舎ということもあり、しょっちゅうすれ違ってる可能性もでてきた。
何と言っても僕とは同い年なのだ。
僕は、小学生の頃の記憶があまり無い。
入学したての頃は、塾に通う子達との距離を埋める事が出来ない、勉強おんち。
スポーツは好きだが下手くそ。夏のプールはカナヅチだから泳げない、運動おんち。
そして泣き虫な自分にコンプレックスを抱いていた。また苗字が『津曲』というだけで『や~い、マガリ虫~』と言われイジメられていたのだ。
家に帰っても親はいない。
朝から晩まで働きつづけてるのだ。
貧乏な家庭で、アパートを転々としながら、幼い兄弟達のお守りをするのが日課だった気がする。
こんな小学生時代だった為か、その頃の記憶はほとんどない…。
そんな僕だったが、女子には縁があった。
高校を卒業するまでバレンタインで困ることはなかったのが唯一の救いだった。
小学一年生の頃は、トシコちゃんからもらったのが、家族以外で貰った初めてのチョコだった。
そのせいなのか、トシコちゃんが他の男子に泣かされてしまうと、僕が頭をナデナデしにいくというか、周りに急かされて慰めに行くのが僕の役割だった。
お互いによく会話をするワケではなかったが、彼女の前では本当に笑顔になれた。
トシコちゃんは目ん玉の中にホクロがある子で、とても清楚で綺麗な子。
いまでも、なぜ僕に好意を抱いてくれたのかは謎のままだ。
バレンタインチョコは、二人が離れ離れになる小学校卒業まで毎年くれたのでした。
モミジさんは地元の同級生だった。
この事実に、彼女が「誰」なのかを知りたくなるのに時間はかからなかった。
僕『もしかして小学校一緒だったりして。
小学校はどこ出身なの?』
モ『あ~、■■小学校だよ』
僕『…!!』
(待て待て…誰なんだ…)
急いで卒業アルバムを捜す。
中学校、高校のは見つかるが、こういう時に限って小学校のだけは見つからない。大体こんなものだが…。
小学校時代はいい思い出がなかった為に『いつかの僕』は卒業アルバムを無意識に、奥に奥に隠してしまったようだった。
家の者に怪しまれてもいけないので『思い出』の捜索を打ち切り、自分の記憶だけを頼りに頭の中にあるアルバムを回想していた。
そんなとき、彼女から返信がきた。
モ『イツカ君のハンドルネームって、ほぼ本名?』
僕「…そうですが」
モ「そういえば、ツマガリくんって子がいてさ、
転校したような…」
僕「えぇ…それです(正確には卒業して中学校から隣街へ 転入)」
僕「ならさ、モミジさんはだぁれ?」
モ「んっ…内緒」
僕「えぇ( ̄○ ̄;)」
お嬢様だったサオリちゃん。
ボーイッシュだったマコトちゃん。
ノッポだったノリコ。
まさかトシコちゃん?
それとも、いつも笑顔のサチコちゃん?
記憶に残っている女子を並べたが全部違っていた。
彼女も、僕への記憶はあまりなさそうだ。お互いにお互いの記憶が殆ど無いこともあり、同じ学校の同級生が20年ぶりに、SNSを介して、再会しながらも、わかりあっていない不思議な関係になってしまった。
小学校を卒業し、隣街の中学校に通う事になった僕は、新しい友達と、うまくやっていけるのか不安はあったが、逆に新しい生活が待っていると思うと自然と心は軽くなっていった。
そんな新しい生活にも慣れたあるとき、
突然三年生女子に呼び出される。
放課後、ガランとした教室。
三年生は三人で待っていた。薄暗い教室で小学校あがりの少年。そして大きなお姉さん三人。しかもイイ匂い。何がなんだかわからない。
夕焼けが差し込む教室には大きな影三つと小さな影一つが、向こうの壁にうつっている。
左、正面、右に陣をとった三人は、僕を囲み教室の入口を閉めた。
「ねぇ…私達修学旅行行くけど、津曲君、お土産何がイイ?」
…その後の会話は定かでは無いが、中学三年女子は津曲少年が、可愛かったらしい…(内心怖かった)。
その頃からか、上級生への垣根は崩れていった気がする。
と、同時に女子への垣根も随分さがっていったと思う。
ほぼ転校生だった僕は珍しがられ、男女同級生、上級生に関わらず受けいれられていった。事実、一年生ながら三年生の教室に出入りしてたのは僕だけだった。
当時は革靴を履いて登校するだけで、シバかれるローカルルールなど、意味不明な事が頻繁にありながらも、僕だけはそのルールを適用されることはなかった。
二年生になったある日の事。
放課後の教室へ野球のユニフォームのまま、忘れ物を取りに行った時のことだ。
教室の戸を開けると女子達が騒いでいる。むろん、捕まった。
「まぁ座んなさいや」
(なぜ…?)
突然誰の胸がデカイか査定しろと、思春期の少年に、いきなりのムチャ振りだ。
そこにはアカネの姿もあった。
当時の僕はアカネの事が好きだった事もあり、チラッと目線を送ってしまった。
アカネとは近所の仲で、下校時間が一緒になると一緒に帰ることもあった。
「アカネは確かに巨乳だからね~(笑)」と周りの小悪魔女子達が笑う。
僕はひきつった笑いで、その場を凌いだ。
(明日からどうやってアカネと接しようか…)
翌日から彼女の胸が気になってしようがない。
(巨乳ってどんなもんなんだ)
あの小悪魔達のせいで、アカネとの距離が少し遠くなった気がした。
アカネは天然パーマで、とにかく明るい性格。あの明るさに惹かれていたんだと思う。
ある雨の日、アカネが歩いて家まで帰ると言い出した。
その日の朝は車で送ってもらったらしく、帰る術が徒歩しかなかったのだった。
「お前が僕の自転車に乗れ。僕は走る」
今考えると、恥ずかしい事を言ってしまったと思うが、その時は一生懸命だったんだ。
当時スポーツタイプの自転車に乗っていた為、スカートを履く女子には随分乗りにくかったと思う。アカネは乗るところから困っていた。脚を大きく上げないと乗れないからだ。
そんなのお構い無しにどんどん走っていく僕。少し落ち着いてきた僕は、自分が言った台詞が恥ずかしく、その場から逃げたかったのが本音だった。
人生初告白は惨敗だった。
学校のベランダにアカネを呼びだす。
まともに目を見れない少年。心臓は今にもはち切れそうだ。あんなに鼓動が大きく聞こえたのも初めてだった。いままで感じたことのない緊張感が周りの音を消し去る。
「好きだから、付き合ってくれ」
フラれた時の残酷さもこの時、初めて知った。心に開いた穴はとても大きく深い。光も見えない。ベランダからの夕日がヤケに邪魔くさく想えた。
中学生活、あと一年を残しアカネとの会話がなくなった。
モミジさんは、相変わらずいつもの方言まるだしで、僕の書く日記にコメントを残してくれていた。
(そういえば、彼女は結婚してるんだろうか…)
記憶は小学校で止まっているが、現実はお互い33歳になる大人なのだ。
モ「おぉ、五年生になる娘ちゃんが一人いるよ~母子家 庭だが」
僕「へっ(?_?)」
結婚どころか離婚まで経験なさっていたのだ。
離婚の理由を知りたかったが、聞きたくても聞けない自分がいて、その日は、なんとなく子供の話をして終わった。
20年の月日は長く、少年と少女はいつの間にか大人になり、親になっていて…。
彼女は一人で頑張っていたんだと思うと、とても複雑なキモチになっていった。
と言うことは、二十歳そこそこで子供を産んでたんだな…いつ誰と結婚して…離婚したんだろう。漠然とした疑問ばかりが頭のなかをよぎる。
スマホ画面に羅列される文字は、いつも安定的で、彼女のキャラと相まって、そんなバックグラウンドがあるなんて、僕には知り得ない彼女なりの歴史があったのだ。
妻「元気ないね。お疲れなの」
僕「いや、なんともないよ。こんな日もあるさ」
その事実を知った夜に、妻は僕の異変を感じ取ったらしい。気を取り直そうと無理に会話を取り繕ったが、元気はでず、眠りについた。
モミジさんは登山だけでなくジョギングもしていた。
大会にでる為とかではなく、単にダイエットと体力づくりの為に。
僕も二年前から走り始めていたことから、そういう意味でも話が合うことが多かった。
たるんだ身体にムチを打つのと、一人で出来る、お金のかからない運動が走ることだっただけの事だ。
オッサンになっても『格好よく居たい』という下心が僕を走らせていた。
彼女の感心するところは『行動力』だ。興味のある事はとことんやり切る。その行動力は周りの人を巻き込み、いい風が吹く。
女子だけでジョギング登山をしたり、ギターを始めたり…。
普通の登山も二往復したり
時には卓球大会にも出ていた。どうも高校時代は卓球部だったらしい。
時には車中泊で旅行にも出掛けていた。
ここまで人生を卓越した人間は、僕の小さな人生の中でも、あまり存じあげなく、ただただ尊敬するばかりだった。
モ「結婚するには、まだお互い若すぎたんだよ。
いまでも元旦那さんの実家へは、たまに遊びに行く よ」
彼女の嫁ぎ先は四国だった。それも僕が、仕事でよく行く取引会社から近い場所だった。何かと縁はあるものだ。
たまたま仕事で四国に来ていると連絡したところ、
「嫁ぎ先は四国の□□市だから、すぐそこだね」
なんて返しがあってわかったんだ。
若くして四国へ嫁ぎ、旦那さんを敬う。
人として、沢山の経験を積み、糧にしてきてるんだなと思うと、自分の人生が軽々しく感じる事もあった。
そんなとき、彼女との連絡が突然途絶える。
モ「みなさん、いきなり長いおやすみをして申し訳な い。せっかく遊びにきてくれたのに…。実は、父が 急に他界し、いまでもキモチの整理がつきません。 もう少し落ち着くまで待っててください。」
連絡が途絶え一ヶ月が過ぎた頃、モミジさんの日記が更新された。それは悲しい報告だった。ソッとしておいてあげるのもよかったかもしれない。でも敢えてメッセージを残すことにした。
「僕は近親者が亡くなった経験がないから、モミジさんのキモチがわかるはずもないけど、少しでもいいから笑顔が早く戻ることを祈るよ。きっとお父さんも、はやく元気な姿に戻ってくれることを望んでると思うよ」
いまでもこのメッセージを送ったことが良かったのか否かは僕には、わからない。
人は死について考える事を避けようとする。でもいづれ誰にでも訪れるんだ。
「人は産まれてから死に向かうだけ」と言う人もいるが、それは違うと思う。人ほど感情が豊かな動物はいない。
死があるからこそ、一つ一つの命が尊く、思い出が造られる。いい事も悪い事もあったかもしれないが、僕はこう思いたい。
「人は生きる為に、強く生きているのだ」。
僕は高校を卒業後、地元の中堅製造会社へ就職する。
残念ながら大学にいくような賢さもなければ、経済力もなかったことは十分承知していたことだった。採用試験も面接だけだというのが魅力的だったからだ。野望も希望もなく就職が決まった。
僕は幼い頃から父親に言われ続けたことがある。
『自分の能力以上のことはするな』
『30歳になるまで口応えをするな。とにかく相手の話を聞きなさい。今はわからないかもしれないが、いづれわかる。』
父親はとても怖い存在だった。容姿もヤクザと間違われてもおかしくない。パンチパーマにヒゲをたくわし、いつも一匹狼で、何かあれば「つまらん奴ばっかりだ」と言っていた気がする。
複雑な血筋で五人兄弟の次兄だが、この中に義理の弟が三人いる。僕は、そのうちの一人は会ったことがない。もしかしたら六人目もいたりして…。
怖くて詳しい話を聞けないでいるのが正直なところだ。
そんな怖い父親だが、殴られた記憶はない。
小学校、中学校と野球をしており、中学一年からレギュラーだったと言い張っていた。後にこの話は事実だと父親の同級生から聞いた。
キャッチボールをしても球が唸りをあげて少年に襲いかかってくる。罰ゲームを受けているようで生きた心地がしなかったが、父親の凄さをそんな些細なことで感じていたのも、いまではいい想い出だ。
父親は自分のお父さんが作ってしまった借金を背負った。建設会社が倒産してしまったのだ。3000万円。そんな時、僕が産まれる。母親は大阪から駆け落ちの末、僕を身篭る。
二十歳そこそこの両親は、テレビも冷蔵庫も、まな板もない生活だったが僕にたくさんの愛情を注いでくれたんだ。
特に母親は駆け落ちをしてきた事もあり周りには友達がいなく、話相手がいなかったように思う。
僕は、父親に言われたことを守った。
特に『口応えをしない』ということを。
会社の先輩や上司に腹立たしいこともあった。全くもって納得はいかないし、理不尽さを感じる事は多々あったが、守った。
そして自分の出来る仕事は忠実に完璧にこなすようにしていった。それが、残業がつかないタダ働きでもだ。
そんな働く姿を、見る人はちゃんと見ていてくれたのだろう。
多少のミスをしても怒鳴られることもなければ、どんなに怖い人でも、僕には優しく接してくれた。
信用が生まれ信頼ができつつあったのだ。
父親が教えてくれた言葉達は、今の僕の大きな大きな土台となり財産となっている。
感謝はしているが、怖いから御礼はまだ言えてない……。
5年が過ぎた頃、営業人員が足りないということで、人選していたところで僕に、声がかかる。
その頃、受注の減速が見られ、社内を見直すチャンスということで個人面談をしていた。
その際に「営業の仕事がどんなものなのか知りたい」と発言した僕が、どうやら「営業がしたい」と変換され伝わったらしい。
「いらっしゃい。イツカ君だけだよ。営業がしたいだなんて勇気のあること言ったのは(笑)」
(そんなこと言ってません(汗))
営業職を始めた頃は夜中の1時や2時まで仕事をし、朝の6時には出社することもあった。
今の時代だとブラック企業と言われても仕方が無いが、僕は感謝している。何でもそうだが、大変な思いをした先にしか成長は見込めないんだ。
時間がモミジさんを癒してくれたのか、彼女はいつもの調子で戻ってきた。
モ「いつまでも悲しんでいられないや」
彼女の笑顔を見たことはないが、言葉の端々に笑顔が見てとれたようなか気がする。
本当は悲しいのだろうが、一歩を踏み出し前を向いて歩こうとしている同級生を、画面の文字越しだが輝いて見えた。
モ「ア~ッ、面影残ってるね。というか変わってないね(笑)」
僕は、たまに日記に顔出しをする。
(名前、覚えてなかったくせに…。きっと卒業アルバムで復習したに違いない)
これで更にモミジ有利になった。
彼女は、僕の事を完璧に掌握。
僕は、相手の顔が全くわからずといった構図が出来上がった。
でも、そんな関係も謎めいていて、少し楽しいキモチがあったのは否めなかったのは確かだ。
歳を重ねてもトキメキは大切だ。
春、彼女をマラソン大会に誘って見ることにした。
ここで参加させ、本人を確認してやろうと考えたのだ。
携帯を介してのメールだけのやり取り。どんな顔だか気になるのは、男女問わず同じキモチになるだろう。
ちょっとヤラシイかもしれないが『モミジ』が、どんな人なのかこちらは殆ど情報がないのだ。想像の人物とのギャップが楽しみだった。
この作戦、上手くいくだろうか…。
僕「5月にチューリップマラソンがあるから出ようよ」
モ「レースは、タイムに追われて楽しくないから大会には参加しな~~~~~い」
(…)
あっさりとフラれた。
勇気をだして誘ったのだが…。
意外と精神的ダメージが残ったのは、僕なりに心のパワーを使ったからだろう。失恋とは違うが、残念なキモチが重い。
彼女を誘った張本人がその大会に出ない訳にはいかず、秋のマラソンの前哨戦として一人で参加することにした…。
彼女の仕事は介護福祉士だった。
僕の妻も介護福祉士ということもあり彼女を更に身近に感じた。
モ「毎日、じいちゃん、ばあちゃんと楽しく過ごしてる よ~」
介護福祉士とは聞こえはいいが、大変な仕事だ。
排泄処理はもちろん、噛まれたり殴られたり…。致し方ない、そういう仕事だと言われればそれまで。しかし、もっと認められる仕事でなければいけないと僕はおもっている。世の中の人がどれくらい介護について理解しているのだろうか…。
彼女から仕事の事について弱音を聞くことは殆どなかったし、全てポジティブ思考で、只々カッコよかった。
そんなやり取りをしていた時、名前が判明する。
「イツカくん。私SNS辞めるわ。ゲームしてないし、しつこいオジサンが絡んできて困ってるんだ。根はいい人なんだろうけど。淋しいんだろうね。イツカくんとは、せっかく再会したんだし、携帯アドレス教えるね。それと、そろそろ名前を言わなきゃね。山崎あきだよ。まぁ今は元旦那の苗字使ってるけどね。んじゃ、またね」
(山崎あき………全然記憶にない)
名前が判明したものの彼女との思い出はなかった。残念なキモチと、携帯アドレスを知ってしまったちょっとした罪悪感。
何に対してかはわからなかったが、何か引っ掛かった。魚の骨が喉に刺さったような感じだろうか。
そんなこともあり、携帯アドレスにメールを送るのを躊躇していた。
僕のなかで謎の人物だったモミジさんが、リアルになり、探そうと思えばすぐそこにいる。と思うとむず痒かった。
あ「今日はどこに居るん」
僕「いつも家にいないみたいな言い方だなぁ
…確かに東京だけど。」
あきちゃんは忘れた頃に突然メールしてくる。
タイミングのいいことに出張中にくれるから暇つぶし相手になってくれる。
あ「いま創作活動ちゅう」
僕「はっ?」
あ「パワーストーン使ってストラップとか造って販売さ」
僕「多趣味だなぁそんなこともしてるんかい」
あきちゃんは常に動いている。使命感や好奇心が身体を動かしてしまうようだ。
とっても男前な彼女は、かっこよすぎだとおもうし、こんな人になれたら毎日が楽しいだろうなと感じる。
そんな時チャンスは突如訪れる。
あ「これから○○スーパーに買物にいくよ」
僕「こっちも、いまそこに向かってるよ」
あ「あらそう。みかけたら声かけるね」
(おぉ…、ついに再会しちゃうのかぁ。なんか怖いなぁ。会ってみてダサいとか思われないかなぁ…)
道中の車の中でソワソワ。あっちを見、こっちを見、キョロキョロ。何度もいうが僕は、彼女を覚えてないのだ。いつもより背筋を伸ばして歩いてみたり、変に意識をする世話しない34歳のオッサンがそこにいた。
最後に出会ったのは、きっと卒業式の時だろう。トシコちゃんには、ちゃんと挨拶をして別れた覚えがある。あきちゃんはその姿を見ていたのだろうか。
20年の歳月は確実に容姿を変えている。嫌われることだけは避けたかったし、メールのようなやり取りが、実際に会って会話出来るのかも心配になった。
ドキドキソワソワ、いくら待てど声をかけてくる女性はいなかった。店内から駐車場までの足取りはいつもよりユックリだ。(僕はもう帰っちゃうよ…)
とか内心思いながら車へ乗り込む。
肩透かしをくらい、ションボリ気分の帰り道、あきちゃんからメールがはいったんだ。
『イツカくん、全然全く変わってないね』
盆休みにはいり、僕は秋のマラソンにむけて始動。
あきちゃんは相変わらず自分のペースで走ったりギターをしたりしていた。
二人の関係もあの一周忌から、そしてSNSで再会してから変わらない。
『好き』とは違う感情で繋がっている感じだろうか。
僕「宍道湖マラソンにはエントリーしないの?レース 嫌いだったよね?」
あ「もうエントリーしたよ」
宍道湖マラソン一ヶ月前だった。
何が彼女に心境の変化をもたらせたのか。
ついに再会の舞台は出来上がった。
お互い10㌔にエントリー。目標タイムは、あきちゃんは52分。僕は55分。
…目標タイムで、すでに負けている
あ「目標は高いほうがいいんだよ~。イツカくん50分くらいいっちゃいな」
僕「いやいやそれは無理だけど、ベストを尽くすよ(彼女には負けられんと内心思ってた)」
(前に居るのか?後ろか?)
いくら捜してもゼッケン40●●は見つからない。
『パンッ!』
渇いた音が雨雲に向けて討ち鳴らされた。
僕は、走りながら彼女を捜したんだ。
1㌔を過ぎても彼女は見つからない。
自分の目標に向け、美しい海岸の景色を前にただ走った。彼女との再会を諦め、スピードを上げようとした時……
僕はあきちゃんを覚えていた。『声』を覚えていたんだ。
僕の心が過去へ巻戻っていく。
特徴のあるキーの高い声は、後ろから聞こえてきたんだ。とても懐かしい、聴いたことある声だ…。
「イツカくん、み~つけた」
おわり