第4話 「包囲網攻防戦」
北の里で龍族と魔猿一族の頭領同士による決戦が行われていた頃、同時進行で魔猿一族により、北の里近隣の森で包囲網が作られようとした。
先に結果から言うならば、この作戦は失敗した。近隣の森に主力部隊など残っていないと見た緑海は部隊を薄く広げ早期の構築を目指したのだが、この動きを察知した龍族は本陣である北の里に頭領である龍神とその息子の龍尾だけを残し幹部部隊は人間族に援軍依頼をするためこの包囲網の撃破にあたった。
それを任された龍族の幹部は『氷龍』と『炎龍』という双子の龍だった。2人を除く龍族の他の幹部は人質として王都近郊の都市に置かれているため、この作戦を遂行するには本陣の守備を捨てるしかなかった。
そのため、本陣である北の里では龍神が魔猿に、龍尾が秋丸に襲われる展開となってしまったが、そのかわり包囲網は既に打ち破る目前まで迫っていた。
「兵を集めろ!このままでは司令部が全滅するぞ馬鹿者!」
戦場で声を荒げる老人は緑海だ。側近たちは薄く広がった兵を集めようと伝令を走らせているが、その伝令たちも龍族に打ち破られ、情報の伝達はうまくいっていなかった。
「緑海様!すぐそこまで氷龍と炎龍が迫っています!撤退してください!」
「くっ…、よもやわしの最後が人の手によるものではなく同胞である龍族たちの手によるものであるとはな…」
「ですから早くご撤退ください!もうすぐそこまで来ています!」
「どこに撤退するんじゃ?女子供しか残っていない魔猿の里か?お前たちの父親や夫を置いて逃げてきたなど民たちに言えるわけがなかろう」
緑海はここで玉砕する覚悟だった。自分の身長の半分はあろうかという長い剣を手に取り、戦場地図をたたみ、采配を側近に預け、立ち上がり、敵軍が進行してくる方向へと剣を向けた。その後、目に見えるところまで龍族の大群が押し寄せると緑海は最期の戦場へと姿を消してしまった。
時を同じくして、赤鬼武者は小高い丘の上からその光景を目撃していた。
「あの技は龍族の技じゃねえかよ…」
赤鬼武者も他の幹部と同様敵がかつての同胞であることに動揺を隠せずにいたものの、緑海本陣の襲撃、瀕死の息子といった問題が目の前に積まれ、自分の中の混乱に付き合うことも許されず、息子を抱えたまま戦場へと向かった。
兵士たちをなぎ倒し、本陣の中央で、赤鬼武者が見た光景は氷ついた緑海だった。そしてその横に立つ二匹の龍だった。
「炎龍…てめえ」
「なんだ赤鬼、俺たちは命令されて動いてるもの同士じゃねえか。どうせやり合うつもりなんだろ?早く来いよ」
となりに氷龍を携えた炎龍は余裕の笑みを浮かべて赤鬼武者を挑発した。
「おう。じゃあ行くぞ。」
赤鬼武者は青嶋をその場に寝かせ、炎龍の元へと飛びかかった。迎え撃つ炎龍の拳を簡単に避けた赤鬼武者は炎龍を見下ろしながら蹴り飛ばした。本来ならこのまま数十メートルは飛ばされようかという威力だったが、炎龍の背後に氷龍が氷の壁を作り、そこに当たった炎龍はほとんどノーダメージだった。
「やるじゃねえか赤鬼。さて、次はこっちの番だぜ」
炎龍の発言の直後氷龍が巨大な氷塊を赤鬼に投げ、それに点呼するように炎龍が炎を氷塊に纏わせた。
「本気で行かせてもらうぞ双龍!」
『天下炎帝!!!』
赤鬼武者がそう技名を叫ぶと彼の目が赤色に染まり、目の前の氷塊を避けると直後、超神速で炎龍へと迫ってきた。
炎龍は自身の2倍もあろうかという身長から繰り出される拳を受け吹っ飛んだ。あまりの瞬時の出来事に氷龍もカバーに回ることができなかったようだ。
赤鬼武者は炎龍が吹っ飛んでいる間に緑海にまとわりつく氷を削り、彼を助け出した。そして数秒たち、目を覚ました緑海はこう言った。
「なんでお前がここにおるのじゃ、早く持ち場に戻らんか」
「命の恩人への第一声がそれかよ緑海さん」
緑海と赤鬼武者は立ち上がり1人たつ氷龍の方へと目線を変えた。
そこに上空から大ジャンプしてきた炎龍が舞い戻り、戦場の真ん中で4人はそれぞれを睨み合い牽制を続けた。
「くそめんどくせえな、まあいい。さっさと終わらせてもらうぞ」
炎龍の声にあわせて氷を拳に纏わせた氷龍がが飛びかかってきた。
『緑樹波』
緑海によって土塊から成る波型の防衛壁が作られ、氷龍の攻撃は簡単に防がれてしまった。そして怯んだ氷龍の一瞬の隙を見逃さなかった赤鬼武者が刀を持って彼に詰め、斬りつけた。
…が、赤鬼武者の刀が捉えたのは炎龍の太刀だった。赤鬼武者は刀を離し、すぐに再び炎龍に斬りかかった。対する炎龍は防戦一方であるものの、確実に彼の一撃一撃を受け止め、均衡を保った。
この状況で危機に陥ったのは緑海である。彼は元々戦闘が得意な方ではなかったため、氷龍とのサシの勝負など勝てるはずもなかった。
しかし、そんなことはおかまいなしに態勢を立て直した氷龍は自らの拳を凍らせ、威力を挙げた上で緑海に殴りかかった。対する緑海は植物が絡む土塊を自らの手から創造し、自身の数倍はあろうかという大きな拳を用いてそれに対抗した。
ぶち当たる大きな土塊の拳と氷の拳。氷が破れ、土塊が崩壊し、お互いノーダメージのまま距離を再びとった。
2人は睨み合いながら一定の距離を保ち、静寂を貫いたまま次なる相手の一撃に備えた。
…が、緊張が走るその空間をぶち壊したのは上空から飛ばされてきた炎龍だった。
「軽いなあ…炎龍」
飛んできた先から余裕綽々で歩いてきたのは赤鬼武者だ。どうやら剣技による勝負は赤鬼武者に軍配が上がったようだ。
「まずいか…」
氷龍が緑海から離れ炎龍の元に寄ったが、それは失策だった。2人まとまったところで赤鬼武者は『炎王滝』と叫び、2人の元へ炎の渦状で円柱の攻撃を真上から落とした。それは、さながら滝のようであった。
炎の中から声はしない。赤鬼武者と緑海は自分たちの勝利を確信した。しかし数秒たったあと渦の中から、まるで断末魔のような叫び声が聞こえてきた。
「勝った気になるなよおおお赤鬼」
炎の滝の中から出てきたのは全身が炭に覆われボロボロになった炎龍だった。
『りゅゅううせいぐんん!!』
ボロボロの炎龍が最後の力を使って撃った技は龍族の伝統にして最強の技であった。空から炎の塊が赤鬼武者と緑海目掛けて一目散に落ちてきた。よく見れば僅かではあるが氷塊も混じっている。おそらく氷龍も最後の力を振り絞っていたのだろう。
緑海は急いで『緑樹波』を発動させセーフティーゾーンを作ろうとしたが、秒速40キロで上空から落ちてくる塊たちに間に合うはずもなく、自分自身を守る小さな防護壁を作るので精一杯だった。その結果として緑海の目の前で身長が3メートルもある赤鬼武者に、いくつもの塊がぶつかり、彼は傷付き、血だらけになり、倒れていった。
炎龍と氷龍、いわゆる双龍はその技を撃つのが最後の力を振り絞ったものだったようで、2人はその場に倒れ、動かなかった。
「終わったのか…」
緑海は自分の視界で倒れる双方の多数の兵士と双龍、そして赤鬼武者に、その息子の青嶋の姿を見て、すぐに次なる行動に移った。