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第1話 「燃える里」

 魔猿の里は人里離れた深い山林の中にあった。周りは崖に囲まれ、守備に最適な立地だったが、幸せなことに誕生から15年経つが未だに人間族に攻撃されたことはなかった。


 魔猿の里の若者達は、里長の魔猿と大戦前から縁があった人間族の女性との2人息子の長男、『猿明(えんめい)』が運営する学校に朝から正午まで通い、それからは各々何か有事の際に備えて組まれている戦闘班ごとで戦闘訓練をする日常を送っていた。


 多数ある戦闘班の中でも頭1つ抜き出た精鋭班があった。班長は猿明自らが務め、里で最も優秀な若者4人が籍を置いている班である。


彼らは今日も集合場所の村の北端の森との境目に位置する小さな空き地に集まっていた。


 「だから先生〜、清明姫のお陰で大戦から逃れられたって話でしょ〜?何回も聞きましたよ〜」


 「姫の名前まで教えた覚えはないけどな…」


 この生意気に先生に知識を自慢しているメガネをかけた男は『緑波(りょくは)』。細身で高身長という理想体型だが、そんなやつはこの里では山ほどいるため、あまり目立ってはいない。勉強が大得意で運動は苦手だと勘違いされがちだが、精鋭班に所属しているだけあって運動神経も抜群。里の多数の仕事を14歳の若さでこなしていた。


 実は彼は、魔猿の側近であり里一の知識人である『緑海(りょくかい)』の孫だ。そのためかは知らないが髪も祖父のを受け継いで白髪だったりする。しかし、肌は、顔が真っ赤に染まり、まるで日本の天狗のような容姿をした祖父とは似つかず、白髪な部分を除けば本当に人間族の若者と見分けがつかなかった。


 「なんで学校終わってまで勉強しなきゃいけねえんだよ!早く訓練始めよーぜ、先生」


 この2メートルはあろうかという筋肉質の大男は『青嶋(あおしま)』。何を隠そうこの里一の武闘派で先の大戦でも多数の武勇伝を残している魔猿の用心棒の『赤武者鬼(あかむしゃおに)』の息子である。


 3メートル弱のただの鬼である父とは違いこちらも外見は人間族そのものである。ただ彼は意識的に角を生やすことができ、角を生やした覚醒時は里の若者たちを大きく超越する運動神経を持てた。最も、覚醒などしなくとも里でダントツの運動能力を誇るのだが…。


 「いやいや先生まだ1時ですよ、訓練開始の時刻まではまだ30分もありますし、もう少し雑談しましょ」


 「何いってんだよバカ。そんなこと知って何になるんだよ、今、必要なのは里を守る力だろうが!」


 緑波にそう言いながら青嶋はその場を離れ腹筋を始めた。


 「あ、足押さえるぜ、アオシマッ!」


 この足を押さえに入ったただの高身長イケメンは『夜鳥麻呂(やとりまろ)』背中から黒い羽を生やすことができるただのイケメンだ。気配りができ、勉強もそれなりにでき、運動もそつなくこなすただのイケメンである。


 ちなみに夜鳥麻呂の父親は魔猿の秘書役に当たる『黒羽(くろばね)』という鳥人間でもちろんイケメンだ。


 「お、気がきくじゃねえかヤトリ!30分あれば5000回はできっかなー、」


 そう言って青嶋は高速で腹筋を始めた。


 その様子をお弁当を食べながら…、いや頬張りながらという表現が正しいだろうか。とにかくそれを遠目で見ながら人の数倍のサイズを誇るお弁当を頬張るのはこの4人の中では一番小柄で160センチほどしかない『秋丸(あきまる)』だ。彼は大戦時からの逃亡時に魔猿が拾ったたくさんの捨て子の中の1人だ。


 優秀な血筋かどうかは定かでないが、少なくとも運動神経抜群で勉強も人以上にはできる。なんなら魔法を覚えるのも早いという万能な15歳だ。


 容姿は、他の3人同様人間と瓜二つで、さらには目立った継承的な魔法能力もないため本当は人間族の子ではないのかと怪しまれているほどだ。ちなみに髪の色は誰を遺伝したのか真っ赤な色をしている。


 結局、秋丸は弁当を、夜鳥麻呂と青嶋は筋トレを、緑波は雑談を続けて、里の一斉訓練開始時刻に当たる1時30分になり、広場のベンチに集まり、座って猿明の話を聞いた。


 「よし全員いるな。んじゃ今日は魔猿から勅命の任務預かってるから、きっちりとクリアしちゃうぞ」


 「お、久しぶりの任務だな。なにすんだ?人間の国への攻撃??里の防衛?」


 「アオはバカだな〜、そんな任務あったことないだろ?」


 「な、なんだよアキ、急に優等生アピールかよ!気持ちわりーなー」


 秋丸が何か言い返そうと立ち上がったが、秋丸が話し始める前に猿明が話を続けた。


 「はいはい静かにしろ2人とも。今日の任務は北の里に魔猿様からの手紙を届けることだ。」


 北の里は5年前に人口増加に対応するために魔猿が作った3つの里の1つである。一番人の住む地域に近く、偵察基地的な役割も果たしている。


 「うえ〜北の里って50キロ以上も離れてるじゃないですか〜」


 「なんだよ緑波?50キロ程度で根をあげてんのか?へっ、」


 こういう時に決まってバカにするのは青嶋だ。青嶋にとって50キロなんていう距離はウォーミングアップ程度の距離だがその他の3人にとってはなかなかしんどい距離だ。


 夜鳥麻呂は飛んでいけばすぐについてしまうのだが、もし人間族に目撃された時にこの辺の小さな集落の住民です…。とかいうマニュアル通りの嘘じゃ押し通すことができなくなるから基本的に里外で飛ぶことは禁止されている。


 もっともこれまで15年、人間族に遭遇したことなんてないのだが…。


 「ほら、もう行くぞ。急がないと夕暮れまでに帰ってこれないぞ。」


 そう言うと猿明は木の上へとジャンプし、そこから枝伝いに走っていった。言い合っていた4人も一度顔を見合わせた後「俺1番!」という青嶋の宣誓に合わせて、先生に次いで森の中へと入っていった。




 2時間ほど走り続け、北の里まで残り5キロの地点まで一行は辿り着いた。普段ならこのまま北の里までノンストップで走りきるのだが、今日はこの場所で各々が水筒の水を飲んだりして休憩していた。


 彼らが走っている最中、山上の方から北の里を見下ろした時に北の里から大きく黒い噴煙があがっていたた。最初は祭りか焚き火かなどとのんきに考えてそのまま走っていたが規模が大きすぎることから一度ストップすることにしたのだ。


 まるで里全体が燃えているかのような大きさの煙だった…。


 「先生!もう30分近く留まってますよ!もう待てませんよ!早く里に向かいましょうよ」


 「待てアキ。煙の原因が何かわからない以上迂闊に俺たちが行動するのは危険だ。」


 「火事なら早く消火を手伝わないといけないじゃないですか!」


 間に入ったのは青嶋だ。静かに座っている夜鳥麻呂と緑波とは違い、この2人はこの〝異常事態″に焦っている。いや焦る方が普通の反応だろう。


 「アオの言うとおりですよ!早くしないと里丸ごと燃え尽きちゃいますよ!それとも先生は俺たちが消火の最中ヘマして焼き死ぬとでも思ってるんですか!?」


 もちろん猿明は彼らが焼き死ぬようなヘマをするとは毛頭思っていない。彼の不安は別の所にあった。


 「これが人間の襲撃だったらどうすんだよって話をしてんだよバカ2人。ちょっと黙れよ…」


 その別の不安を言葉にしたのは座って俯いたままの緑波だった。


 「ほ、本気で人間族の襲撃だと思ってんのかよお前、だ、だっせえな〜」


 青嶋の緑波への悪口はいつもより少し声が大きく、震えていた。彼だってその可能性も思いつくことには思いついたが、考えないようにしていたのだろう。


 「はっきり言って緑波の言う通りだ。これが人間族の襲撃なら、俺たちが下手に動けば、俺たち魔猿一族は北の里の民のみじゃなく一族全員を失うことになる。」


 いつも明るい猿明の声が今まで聞いたこともないような暗い声に変わっていた。


 「俺が偵察してくる。お前たちはすぐに里に引き返せ。」


 猿明は思い腰をあげ立ち上がった。これに素早く反応したのは今まで黙って座っていたクールな夜鳥麻呂だった。


 「待ってくださいよ先生。それ下手したら先生が死ぬことになるんですよ。」


 「心配しなくても魔猿の里をバラすようなヘマはしない。早くいけ。」


 「待ってください。僕たちもついてかせて…」


 “バシュッッ!”


 夜鳥麻呂がそこまで言ったところで猿明は彼の腹に軽い殴りを入れた。夜鳥麻呂はその場に倒れ、喋るのをやめた。

 

 「早く行け。班長命令だぞ!」


 その『班長命令だぞ』の声は猿明から聞いたこともない大きく、ドスの利いた低く重厚的な声だった。


 「で、でも今までだって一度も…。15年間もあって一度も人間族の襲撃なんて受けたことないじゃないですか」


 「アキ…、15年前は500年以上襲撃なんて受けてなかった。」


 猿明が静かに言い返すその言葉には4人たちを冷静にさせる十分な説得力があった。座っていた緑波と夜鳥麻呂は立ち上がり、水筒をバッグに片付けた。


 「どうかご無事で。先生。」


 その緑波の静かで小さな声で猿明に会釈をし森の中に消えていった。夜鳥麻呂も一礼したあと魔猿の里の方へと走っていった。


 「く、くそっ。絶対帰ってきてくれよ先生」


 一番頑固だと思われた青嶋もすぐに彼らに続いて魔猿の里へ走り始めた。この辺の判断能力はさすが精鋭班と言ったところだろうか。いや、ただ誰も人間の襲撃なんて本当はないと心のどこかで思っていたからすぐに心を切り替えられたのかもしれない。


 「先生…。本当に大丈夫なんですよね?大丈夫と言ってください…。」


 泣きそうになりながら秋丸が言ったそのセリフに猿明は頷きだけで答え、言葉は発さなかった。秋丸は涙を堪えたまま、既に森に消えかけた青嶋の姿を追った。

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