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夏の怪談その二

作者: プレイヤー1

 本日死ぬのはあなたです。

 ゴミ捨て場或いはゴミ処理場を彷彿させる映像にそんなテロップが表示される。

 エンドロールのように流れていくリストの中に嶋健太郎と書いてあるのが見えた。それは俺の名前だ。

 どうも俺は今日死ぬらしい。なんと馬鹿馬鹿しい話か。未来予知のつもりか、はたまた現代の死神気取りかは分からないが、俺はそんなもの信じないし、興味もない。

「殺せるものなら殺してみろよ。名前を書かれたから死ぬなんてそんな馬鹿なことあるわけないだろ」

 俺はそう小馬鹿にして手にした缶ビール、正確には発泡酒を一気に飲み干した。

「馬鹿らしい」

 ご冥福をお祈りいたします。犠牲者の方、それではおやすみなさい。

 最後にそう告げるとその番組の様なものは終わり、深夜のバラエティ番組に切り替わった。

 翌日出社してから同期の田辺にそのことを冗談のように話すと、彼もまた馬鹿にするように笑った。

 それから何事もなく仕事は少しだけ順調だった。

 昼の休憩となったとき、俺は田辺と一緒に会社近くにある定食屋で昼食を摂った。

 休憩が終わってから一時間程が経過したころには田辺の様子はおかしくなっていた。いや、様子がおかしいというよりは、おかしなことを言い始めていた。

 視線を感じるだとか、人影を見ただとか、朝話したこともあり、こいつは俺を怖がらせようとしているんだなくらいの認識だった。

 しかし、本格的に様子がおかしくなり、心配した他の社員が田辺に早退するように勧めた。

 田辺は言われたとおりに早退を願い出て去っていった。

 その時田辺の顔は真っ青で、何かに怯えているのか酷く震えていた。

 俺も心配になってオフィスを出ていく直前に声をかけると田辺は、大丈夫、俺はの後何か訳の分からぬことを言って出て行った。

 田辺がオフィスに戻ってくることは二度となくなった。

 会社を出た直後に奇声を上げ、何かから逃げるようにして走っていき、トラックのタイヤに巻き込まれたそうだ。

 それが本当なのかは分からないが、たまたま外にいた社員が慌ててオフィスまでやってきてそう叫んだのだ。

 誰がどう見ても即死だったらしい。

 こうなると、昨日の番組が冗談に思えなくなってきた。

 話をしただけで死ぬなら俺はどうなるんだ、いや、或いは俺が気付かなかっただけで田辺の名前も載っていたのではないかと。

 どこか恐怖を感じ、そのせいか、頭が混乱する。

 すると、見覚えのある番号からの着信があった。発信元は田辺の携帯電話だった。

 田辺が死んだのなら、一体これは誰がかけている。そんな恐怖を紛らわせるべくこれはきっと警察が身元確認の為にかけているんだ。きっとそうだ。そうに違いない、そう思い込むことにした。

 だからきっと、電話に出ればここだと、中央署のなんとかと言うものですが、そういう落ちつた声が聞こえるはずなんだと、自分に言い聞かせ、恐る恐る電話に出る。

 しかし、電話の向こう側は無音だった。

 何も聞こえないというのがよくわからず、寧ろ落ち着くことが出来た。

 通信環境の問題で、ラグが発生しているのかと思ったが、そうでもないらしい。

 というのも、よく聞いてみると、完全に無音と言うわけではなく、何かが鳴っているのか不思議な音が聞こえてくる。

 いったいこれは何の音だろう、と不思議に思い、仕事そっちのけでじっくり聞いているとその音がゆっくりと大きくなっていることに気がついた。

 いったい何が鳴っている、何の音だ、そんなある種の好奇心の様なものに突き動かされただ、何をすることもなくじっと聞いていると、それが人の声だと気付けた。

 声だと判断できると怖くなった。

 それは声だと判断できる大きさになってもなお大きくなり続ける。その声は今さっきまで聞いていた声だ。喋っているというよりはまだ呻き声のように聞こえる。だがそれは間違いなく田辺の声だった。

 何を言っているのかよくわからなかったが、突然声が途切れた。

 終わったのか、そう思って電話を切ろうとした時、田辺の声ではっきりとした言葉が聞こえた。

「次はお前の番だ」

 その言葉が終わったとたん通話が勝手に切れた。

 気がつくと俺は机に突っ伏して眠っていたようだった。

「ちょっとけんさん、いい加減にしないと怒られますよ」

「悪い悪い、なんか、悪い夢見てた」

 どうにも夢だったようで、俺はひとまず安心できた。

 それから仕事の方は少しばかり順調に進んでいたが、夢の内容がぼやけだした頃に田辺がおかしなことを言い始めた。

「けんさんけんさん、何だかさっきから見られてるっていうか、視線みたいなもの感じるんっすよね」

「何言ってんだお前。モテないからって」

「モテないのはけんさんも同じじゃないっすか」

 茶化してみると、冗談めかして田辺はそう言った。

「夏祭りに彼女とデートってやってみたいと思うんすけどね」

「そうか、俺は女なんていらんな。面倒なだけだろ。しらねえけど」

「まあどうせ、夏祭りは会社で過ごすことになるんでしょうけどね」

 田辺はふざけたような調子で皮肉を言う。

「そんなことより。ああ、まあいっか」

 その時はそうして会話は途切れたのだが、どこかで見たことのあるような、いや、体験したことのあるような流れに、心なしか恐怖を感じていた。

 また、それがどこであったのか、どこでみたのか思い出せないことに苛立ちを感じていた。

 しかし、次第に様子がおかしくなっていく田辺を見てどこで見たのか思い出した。

 これまでの流れは、先程見た夢と全く同じなのだ。

「なあ、田辺。お前顔色悪いぞ。早退した方がいいんじゃないか」

「けんさん、そうしますわ」

 田辺は徐に立ち上がると上司のもとへと歩いて行った。

「明日には体調整えて来いよ」

 オフィスを去ろうとしていた田辺に俺は声をかけた。

「違うんっすよ、けんさん。体調が悪いんじゃなくて、ずっと視線と言うか気配を感じてて、人影を見たようなきもして」

「大丈夫かよ」

 声をかけると、大丈夫、俺はと言った後、なにかわけのわからないことを言って去っていった。

 ここまで夢と同じだからか、流石に俺も冗談では済まされないような気がしてきた。

 俺も適当に理由をでっちあげて早退することにした。

 帰り道、歩いていると遠くの方でサイレンが聞こえた。

 まさか、田辺が死んだのかと思っていると、その田辺から電話がかかってきた。

 さっきのは夢だ、さっきのは夢だ、これの向こうには田辺がいるはずなんだ、そう自分に言い聞かせて電話に出ると、電話の奥からサイレンの音が聞こえた。

「けんさん、俺だ、田辺だ。俺は田辺だ。痛い、身体が痛いんだ。身体がどこにあるか分からないくらい痛いんだ。俺の身体は散らばってるんだ。けんさん、身体譲ってくれないか。けんさん、また俺だったんだ。だから、次は」

 そこで田辺の声は途切れた。

 田辺が何を言っているのか全く分かららないし理解したくもなかった。

「おい、田辺。お前何が言いたい」

「次はお前の番だ」

 同期の声で明瞭にそんな言葉が告げられ、電話はそこで切れた。

 生命の危機とでもいえばいいのか、恐怖を感じて自宅マンション目指して必死に走った。

 デスク主体の仕事で体力もなんかないと自分では思っていたが、予想以上に走ることは出来た。

 自宅に戻ると俺は急いで鍵もチェーンロックもかけて自室へと駆け込む。

 息は途切れ途切れで少し動いていなければ胸が非常に苦しかった。

 そんな時、田辺の携帯電話から電話がかかってきた。

 俺はすぐに拒否を押したが操作を受け付けず勝手に電話がつながった。

「けんさん、俺は田辺。今、交差点にいる」

 それだけで電話が切れた。

 俺は携帯電話の電源を切ってベッドの上に投げつけると、跳ねて壁に衝突した。

 息が整ってくるとやけに喉が痛く感じた。

 台所までふらふらと歩いて行き冷蔵庫を開けると二リットルのお茶と数本の発泡酒が入っていた。

 俺は少し迷った末にお茶ではなく発泡酒を手に取り再び自室へと戻っていく。

 すると再び電話が鳴った。

 一応確認してみたが、やはり表示は田辺だった。

 拒否を押さず、何も操作せずとも電話は勝手につながった。

「けんさん、俺今、けんさんのマンションの前にいる」

 それだけを告げて電話は切れる。

「なんなんだよ、ふざけんなよ」

 発泡酒をお茶を飲むかのように飲んで叫ぶ。

 すると、再び電話が鳴ったので床に思い切り叩きつけた。

「壊れちまえばもうかけられないだろ」

 問題が解決した安心感と、馬鹿なことをしているという自らの行動に思わず笑ってしまう。

 しかし、叩きつけただけでは壊れていなかったのか電話はつながった。

「けんさん、俺、けんさんの部屋の前にいる。開けて、開けて、開けて」

 玄関の方からドアが何度も思い切り叩かれるような音が聞こえてきた。

「なんなんだよ、なんなんだよ」

 携帯電話を拾い上げ、ベッドの端に思い切り叩きつける。

 当然のことながら携帯電話は折れ曲がり、誰見ても完全に壊れた状態になった。

 俺の深層が目的を達成したとでも思ったのか、何故か笑いがこみ上げてくる。

 残った発泡酒を一気に飲み干して自室のドアに向かって思い切り投げつけると、わずかに残っていたものが飛び散り、それが頬に当たって濡れる。

 以前玄関を叩く音は続き、止むどころか呻き声まで聞こえる始末だ。

 完全に壊れたはずの携帯電話のコール音が鳴り渡る。

「けんさん、いま、けんさんのへやのなかにいるの」

 その言葉を聞いてすぐに耳を澄ませてみると、ドアを叩く音と呻き声の他に、確かにべたり、べたりとフローリングを歩く音が聞こえる。

 ベランダを開けると俺は室外機の後ろに身を潜めた。

 ベランダに出ると玄関を叩く音も呻き声も然程聞こえず、都会の喧騒がよく耳に入ってくる。

 しかし、それなのに、足音だけはどうにも止まない。

 どういうことか分からなくなり、立ち上がって自室の中を確認するが発泡酒の缶が転がっているくらいで何もない。

 胸をなでおろしたとき再び着信があった。携帯電話をもって出た覚えもないのに、それは室外機の上に置かれていた。

「けんさん、けんさん、俺今――」

 最後まで聞かずに俺は逃げ出そうとしていた。しかしベランダの窓はまるでびくともしない。おまけに焼けたゴムと血生臭いにおいが鼻を刺激する。

 恐怖に支配され頭は正常に働かない。

 気がついた時にはベランダの窓には赤い手形が付いていた。

 俺はその衝撃と恐怖で柵を飛び越えた。

「――俺今、あなたの後ろにいるの」

 耳元でそんな声が聞こえた。

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