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どうも、やる気スイッチが入りました、犬君です。

桐壺帝の納得のあと数週間がたちました。

毎日の添削はさすがにこの時代、余裕がない感じがして無粋です。

そしてこの犬君は、歌に関するものはめちゃくちゃないのです。

結果添削されてから、どうやって直すかも自分で見つけられず、うんうんうなる毎日です。

そして三日かけてようやく、添削されたものから間違いだの直すべきところだのを、自分で見つけるのです。

それも相手は見透かしていたようで、遅かったとかそういう事を送ってきたりしません。

手紙だと、早さで思いの丈を測られるのですが、赤ペ〇先生は急かしたりしません。

これだけはかなり楽な部分です、急げと言われても、犬君に風流はわかりません!


「犬君は手跡がきれいじゃないのね」


姫様が、一緒にいるのですが。まじまじと私の書いた文字を見て辛辣な事を言います。

おっしゃる通りです、文字の綺麗さも大事なのに、この犬君は恐ろしくつなぎ文字が下手なのです。

これはですね、言い訳をするなら普通の鉛筆になれているから、筆がだめなんです。

……言い訳になりませんね……


「駄目よ犬君、もっときれいな文字をかける様にならなくっちゃ」


言ってくれたのは年上の方です。

どうしてでしょう、恋をするわけもないのですが。


「だって、姫様の代筆をする事もあるわよ、あなた」


思いもしなかった事です。私が姫様の代筆、代筆っ!?

でもそうかもしれません。

この時代、男が女に手紙を送った場合、女が最初からお返事をするわけじゃありません。大抵は。

身分が高いほど、侍女たちが返事を考えたり、します。

親たちが男の身元調査だのをしている間、女が手紙の返事を書くのは少ないです。

当然……侍女たちがお返事を書いたりします。

女が嫌だった場合、侍女にお返事を命じる事もあります、そうだ思い出した落窪物語!

そこではお姫様が、男の手紙を見るのもいやで(送ってきたのはスケベなお年寄り)侍女に、代わりに書くように頼んでました。

これは大変です、犬君は本気で歌に関して上達しなければ、姫様のお付きの侍女として失格です。

なんとなく、私の空気が変わったのに気付いた様子の先輩。


「大丈夫よ、犬君。今まで縁がない事って思ってたんでしょうけれど、姫様のためなら頑張れるでしょう?」


「はい! そうです、姫様に恥じなんてかかせられません!」


拳を握り締め、吼えるように言った私に、姫様が笑います。


「犬君って本当に、よくできた侍女だわ」


「姫様、犬君はお仕えする姫様が胸を張れるように、和歌も極めます!」


こうとなっては、蛍帥宮さまの赤〇ペン先生は願ってもないものに変わります。

やってやろうじゃありませんか。

犬君はまず、お手本をみます。蛍帥宮様は男文字です、いくらきれいでも女の文字の綺麗さとは系統が違います。

しかし。

お手本は彼の物しかありません、そして彼は極めている人でもあります。

私はぐっと気合いを入れ直し、捨てる寸前の紙に、彼の文字の形までそっくりにできるように、写し始めました。




そして一週間、添削のお返事を出さずにえんえんと、姫様と一緒にお勉強をしたり、お相手をしていたりする時間以外をそれに費やした結果、犬君は蛍帥宮様そっくりの文字を習得するに至りました。

周りはびっくりです。


「どこを見ても同じ手跡だわ……」


「犬君すごいわね……その集中する力が」


「というかすごくきれいだわ……蛍の宮様手跡がとっても美しいのだけれど、同じだけ綺麗って……」


「カタカナしか書けなかった犬君が……」


周りがざわざわしていますが、私はお使いの童を呼び、一週間の成果である、蛍帥宮さまそっくりの文字で、考えまくった和歌を綴り、届けるように指示を出しました。

指示を出して、一息ついているときです。


「お手本が素晴らしいのは事実だけれど、犬君、これじゃあすごく情熱的な物みたい」


「はい?」


「なんとなくなのだけれど」


姫様がはにかんだお顔で言います。


「あなたの文字以外によそ見しません、あなた以外によそ見はしないのです、って感じられそうだわ」


「先生のお手本を写しただけですよ」


「だって犬君、一週間であれだけ悲惨だった文字があんな素晴らしくなるって、普通思わないわ」


おっしゃる姫様の手跡は、大変に華やかな可愛らしい物で、上品で、これぞ藤壺様のお手本から習った物って感じです。

それでも姫様の愛らしさが、文字の個性になっておりますが。


「帥宮様は師事するにふさわしい、風雅なお方だと再認識しておりますので」


事実、今までうげーと思っていた朱色の添削も、やる気になって読み返すと意味が深く、はっとするものが多いのです。

犬君がいかに勉強不足で、嫌がっていたかがわかりますが。

私は姫様の代筆も可能なように、やれる限りのことはするのです。


さて、こんなそんなな毎日ですが、屑の動向はうかがえません。

屑はあれ以来近付きもしないのです。嵐の前の静けさの様で、藤壺様や姫様の近くで、いつでも反撃ができるようにしている毎日です。

しかし……情報が何もないのは不安ですね。

私は一計を案じる事にしました。




「と言うわけで、ちょっと手伝ってもらえないかしら」


私は近くで、半ば妖怪になっている蛙に聞いてみます。

ちなみに御簾の外の廊下に出ております。池がよく見える場所ですね。

屑の話を、自分から入手しなければならないのは嫌ですが、奴が何をしでかすかの方が問題です。

それに、どうもこの蛙は面白い事が大好きなみたいなので。


「いいけどさ。何を知ればいいんだい? わくわくするなあ!」


「光の君が最近どうしているか、よ。どんな女に執着してるかとか、女を渡り歩いているかとかいろいろ。女性関係がいいわ」


「おっと、よっぽど事情があると見た。カワズは探してやろうな、狗のお嬢ちゃん」


蛙……カワズさんは一っ跳びで、颯爽とどこかに去っていきました。

まさか生き物の会話を聞ける耳を、こうして使う事になるとは。

しかし。

原作のどの段階で、やつが藤壺さまを襲うかよく分かっていないので、情報は出来る限り集めなければならないのです。

心をしっかりと締め直し、私はひらひらと現れた胡蝶を見ます。


「あら、こんな時に珍しい」


「狗のお嬢さんは光の君の話が欲しいと聞えてね、ヒトで言葉が分かるなんて珍しい、ちょっと皆、聞いてもらおうよ」


そう、胡蝶が言ったとたんにわらわらっと蝶々が私に寄ってきました。

彼等はお喋りなようです。

そしてこのあたりの、後宮の話にとっても詳しかったのです。

私はそこで、他の殿舎の事や、注意するべき弘徽殿のお方の事などを聞いていました。

その時なのです。


「不用心ではありませんか?」


不思議と心地よい声が私にかけられました。

その声で、はらはらと蝶々が去っていきます。またね、という声もしました。

そこでそちらを振り返り、目を見開きました。


そこには、えらいイケメンが驚いた顔で立っていました。


顔立ちはどことなく、桐壺帝を連想させます。

でも、屑のような、なよなよと女みたいな感じではありません。

かといって、ごつごつの男って感じでもないです。

すらりと優美で、はっとするほど凛々しいイケメンであります。

誰ですこの方。

相手が全然わからないのですが、彼は呆気にとられた顔で自分を見ている私に笑います。


「顔を隠しなさい、扇でも袖でも。だらしないですよ、犬君」


「あの……どなたでしょう」


慌てて扇で隠しつつ、私は相手を見ます。相手は私の隣に腰かけ、言います。


「あまりにも手紙の手跡が私と瓜二つになったので、放棄して誰かに代筆させたのだと思って、叱りに来たのですよ」


「え、あの、蛍帥宮さま……?」


何と言う事でしょう、この凛々しすぎるイケメンが先生です。


「人はそう言いますね。さて、犬君。言い訳するなら今のうちですよ」


「一週間時間が空けば練習をし続けて、そっくりになるように文字を鍛えました」


私の返答に、彼が噴出しました。


「今までの面倒くさいとありありと透けて見える返事からは、想像もできない言い訳ですね」


いって、私の頬をびいいと引っ張ります。いた、いたい!


「本当です、いつか姫様の代筆をするかもしれないと思い至り、姫様の恥になるわけにはいかぬと」


痛いながらも言い訳をすると、手が止まりました。


「それは残念、和歌に興味が出たのかと思ったのに」


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