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どうも通信教育が始まりそうです、犬君です。

「これは一体」


二度目なんてないと思ってた方からお返事です、衝撃が半端じゃありません。

昨日と同じ童がやってきて渡します。

私の話を聞いていた女房の皆さまも目を丸くしていますし、昨日あの後、事の詳細を聞いた藤壺様に姫様も、びっくりしています。

そして姫様は私の和歌に対する壊滅的な美意識を知っていますし、技量の事も知っていますので、他の方以上にびっくりしています。

たまげている感じです。


「二度目があるなんて」


「お返事があるなんて」


「犬君ちょっとあなたこの前なんて書いたのよ! 諦めてもらう中身にしたんでしょうね!」


肩をゆすぶられます。私に一番近い年齢の方です。

この前男性に振られたばかりの方です。新しい恋を求めている方で、出会いが欲しいらしいです。

そのため、藤壺で行われる合せの会には積極的に参加している方なんですが。

その方が目を見開いて鬼のような顔でいいます。

隠しきれない嫉妬がありました。たしかに。

私も彼女だったら嫉妬しますね。

イケメン二人に言い寄られている平凡顔の、取り柄は生き物の声が分かる事な女の子。

嫉妬しない方がおかしいです。

しかし藤壺の皆様は良いひとが多いので、何かになりませんが。


「か、カタカナで」


「カタカナぁ!?」


その一言で皆さまぎょっとして声が裏返ってます。

かな文字で美しく書くのが基本の和歌に、かちこちのカタカナ。

幻滅以外の何物でもないでしょう。

そして。


「なんて書いたのかしら」


立ち直りが早かった藤壺様が聞きます。


「誠実に人と向かい合いたいので、言い寄って来る殿方を解決していないのに、貴方の気持ちにこたえる事は出来ませんと」


正直に書いたのですよ、馬鹿正直に。

恋をもとめる世間と違う事を、一生懸命に書いたのですよ。


「しかも和歌というのもおこがましい中身で」


中身を聞いた皆様が、沈黙しました。


「……まずはお返事を読みましょうよ、犬君」


そこからだわ、と言う姫様の言葉で開きます。

中身は。

中身は。

……

…………

………………

……………………

まじですか。

流石にこんな中身は計算外です。

中身は私の書いた和歌の……和歌の。

添削です。

それもしっかり朱色の墨で訂正されています。

それも心がえぐられるレベルでびっちりです。

そもそも人に和歌を送る時は、カタカナではいけませんとか

それ以上にこの季節にこの言葉は不適切とか

一体どこの先生なのかしら、と思いたくなる位の添削っぷりでした。

そして最後には


”あまりにも目が当てられませんので、よろしければ今後私があなたの和歌の師匠になってもよろしいでしょうか”


と締めくくられております。

どうやらすさまじさが飛びぬけていたために、そんな事を言いだされたご様子です。

教えたい心に火をつけてしまったのでしょうか。


「なんていうお返事だったの?」


きらきらした瞳で聞いてくださる皆様に、さっそくこれを見せてみます。

皆様期待に輝いた顔から一転して、もう笑い転げ始めました。

とても恋愛云々につながる、物ではなかったからでしょう、大変に面白がられております。


「いいじゃないの犬君、これを機に、和歌のお勉強を進めてみたらどうかしら」


「若紫様も、これから本格的にお勉強を始めるという事ですし、あなたが知識を持っていないと若紫様の不利益につながるわ」


皆様私が勉強するのに、好意的ですね。

いい方々です。


「それにしても、賢い犬君にここまでの弱点があったなんて!」


涙を浮かべて笑っていらっしゃる方が、心底親し気に話しかけてくれます。


「なんだかとっつきにくい部分があったと思ったのに、これで帳消しだわ! 仲良くしてね、犬君」


「もともと皆様とは、そこそこ親しくなりたいと思っていましたよ」


姫様のためにもですが、自分自身に味方が欲しかったので。

そこへ先ぶれの声とともに現れたのは、桐壺帝さまです。


「おや、何か楽しいお話をしているようだね、日の宮」


「ええ、犬君に和歌の師匠ができるというお話ですのよ」


「それは光かい、光は大変にそう言った物の出来もいいのだ」


「いいえ。蛍の君です」


「蛍が、珍しい。というよりも犬君、お前は光を拒絶しているのに、蛍とは親しく手紙を送りあうのかい」


手紙を送りあうのは親しいという証拠であります。

この時代、メールも電話もないですし、女は家のなかにばかりいますから、外で出会うなんてないわけなので。

唯一の交流手段が手紙なのです。はい。

そして帝は、あの野郎と親しくなろうともしないのに、私が蛍の君と手紙をやりとりすると聞いてあまりいい顔になりません。

しかし私は反論いたしました。


「源氏の君は大変に恐ろしいかたです。そして浮気心の激しいお方。なによりあんな怖い目にあった私が、源氏の君をよい評価で見ると陛下は思っていらっしゃいますか? いきなり何も思い至らない相手に、襲われるあの恐怖! いくら陛下がとりなし、あの方の妻になるようにと言ったとしても、私は受け入れられません。ましてあの方は、自分で歩み寄る努力もしないで、葵上さまをないがしろにして遊び惚ける、大変に問題の多い方でもありますので」


「お前は光の悪口には事欠かないようだね、そんなに怖かったのかい」


「陛下は想像力が足りませんね」


私は言いたい事を言う顔で言って見せる。


「例えば藤壺様が、陛下の知らない本人も知らない、女性の間を遊び歩いている相手に、いきなり襲われたらどう思います?」


帝はぎょっとした顔になります。

思っても見なかったのでしょう。

しかしすぐに言い返してきました。


「とても許せないし、日の宮がどれだけ恐ろしい思いをするかなんてすぐにわかる」


「藤壺様ならわかるのに、どうして私だとわからないのです? まして私はまだ男を知らない身の上でありますし、男女の事など何もきちんと理解できていないのに」


帝は凍り付きました。

周りも凍り付きました。私の言っている事が飲み込めた様子です。

さあ桐壺帝様、あなたはご自分の判断がどれだけ、この犬君に対して恐ろしいのか思い至りましたか。

にこりと笑えば、帝は息を一つ吐き出しました。


「まさかこんな若い女の子に、己のまちがいや至らなさを指摘される日が来るとは……なぜ犬君は女性であり、私の補佐に回る役職に就けないのだろうか」


と言った後に続けます。


「確かに、誰であろうといきなり襲い掛かられれば、大変に恐ろしいに違いないな」


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