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元勇者の非日常3

カツンカツンという音がして、俺はほっとした。地下だから音が響いたのだろう。音がしてから少し経って相棒が顔を出す。


「お待たせ。書類有ったよ。って何してるの?そんな入り口で突っ立って」


俺は相棒の言う通りこの部屋に入った格好でただ突っ立って居た。いや、危なかった……。もう少し相棒が遅かったらベットとかにダイブしてたかも。実に危なかった……。


「いや、スマン。何もしなかったんだ」


「?」


俺の言い訳に相棒は頭にクエスチョンマークを浮かべる。しかしそれも一瞬のことで、直ぐに気を取り直すと書類を机に置いてソファーに座った。


「リュウジも立ってないで座ったら?」


「おう」


俺は返事をして、L字型になっている内の、相棒が座ったソファーとは違うソファーの相棒寄りの端に腰を下ろす。


「はぁ……、ほら、こっちおいでよ」


相棒は溜め息を吐くとぽんぽんと自分の隣を叩く。


「うぇ?」


それは隣に座れと?これから仕事の話するですけど?多分頭回らなくなっちゃいますけど?というか別ベクトルで思考暴走しちゃいますけど?

……はぁ、何か空しくなってきたな……。男として著しく負けてる気がする……。女の子に男らしさで負けるって何だよ……。

自分で勝手に興奮して落ち込んで冷静になった俺は隣に行けず、より情けなくなる位なら、と素直に相棒の隣に座る。


「で、依頼は何だって?」


男で負けた分は仕事こっちで取り返す。さっき部屋に入った時と同じ良い匂いがしたが努めて無視する。これは命が掛かってるからな。聞き逃した情報1つが命取りになる。正直医者より責任重いと思うぜ?医者が左右するのは患者の命だけだが、こっちの依頼は依頼人、ターゲット、アサシン、その全ての命を左右するからな。命を賭けるとは良く聞くが、賭ける命の数が多い。失敗なんか出来るはずがない。


「分かったよ。今回の依頼は振り分けだ。姐さんが僕達を選んだ」


「ほぅ……。期待されてんじゃねぇか。そりゃ裏切れねぇな……」


依頼はごく少数の例外を除いて3つの形態に別れる。1つは志願制。一番初めに挙げといて悪いが、これは一番少ない。そもそも依頼内容が出回ることはあんまり無いからな。守秘義務っつうか、信用が落ちる。依頼人も俺達も。商人を兼業してるから分かるんだが、商売なんてどれだけ信用を買えるのかって勝負だ。信用が無きゃどれだけモノが有っても売ることは出来ない。コイツは金を払ってくれる、コイツはモノを売ってくれる。そんな合意がなきゃ売り買いなんて怖くて出来ない。

まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだが、資本主義が行くところまで行っちまった日本(元の世界)じゃそれが常識だったからな。だがこの世界じゃ違う。

この街は流石に金銭売買が主流だが今でも普通に物々交換は行われている。この国一番の商業都市が、だ。

相棒に聞いてみりゃ全国民が金を持ってて金銭売買してる国の方が異常なんだとよ。辺境の農民とかになると一生金を見たこと無いなんてザラだってさ。んだそりゃ、金流行らそうとして失敗した奈良時代かよ。

聞けばこの国、まだ若い。建国してから200年経ってない筈だ。頂点の一族が1000年変わらない日本とは違う。そんな奴らが自分の貨幣作ろうったって信用価値が無いし、浸透もしないだろう。貨幣は大陸で広く流通している価値貨幣を導入している。ユーロみたいなもんだな。大抵の国なら使える。一番信用価値のある金貨だ。

話が逸れたな。信用の話だ。

組織にも、個人にも体面って物がある。それを裏切る訳には行かないからな。口を滑らしゃ近い内には地面に転がることになる。何処かに殺されたか、仕事が無くて干上がったか。そんな世界だ。近しい奴だろうが話して寿命を減らす様なバカは居ねぇ。ウチのギルドだって依頼の内容が皆に伝わるのはごくわずかだ。組織として体を成しているかも怪しいくらい繋がりがない。

2つ目が指名制。依頼人がコイツにやって欲しいって依頼が来る。裏の筋を頼って来る奴も居りゃあ、風の噂で聞いて来る奴も居る。表にも悪名が轟く奴も居るしな。

そして最後、半分以上のシェアを誇る振り分け制だ。ギルド上層部が受けた依頼を出来そうな奴に振り分ける。これが下級アサシンにとっちゃ生命線だ。これを成功させて信用を作らなきゃ死んでいく。依頼人から殺されるか、干上がるか、組織から身ぐるみ剥がされるか。ま、尻に火が付くのは確実だな。


「あの人が良く俺らに振り分けるなんて珍しいな」


俺達に振り分け依頼は殆んど来ない。上層部から嫌われてる訳じゃないが仕事内容が仕事内容だし、俺達に不向きな仕事が多いからな。


「姐さんが言うには、好きにやって良い、ってさ」


相棒が姐さんと呼ぶのは組織のNo.2の『虚無』。No.2とは言っても俺にとっちゃボスだ。3年位このギルドに居るが、ギルド長だなんて見たことも聞いたことも無い。実質的に全て取り仕切ってるのは『虚無』だ。それに文句を付ける奴は居ない。

そんなことを言った日には次の瞬間“消されちまう”。あの人は俺が今まで見て来た中で最強だな。逆らうなんて考えるのもバカらしいや。


「それで、ターゲットは?」


「冒険者クランさ」


「オイオイ……」


俺はスッキリとした顔の相棒に呆れる。なぜならそれは……。


「相手何人だよ」


「心配ないよ。ざっと20人さ」


戦力の差が桁違いだったからだ……。

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