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元勇者の日常1

命は平等。

道徳の時間で習う、誰かが作り出した幻想だ。命が平等であると抜かすならそいつは今すぐ食べるのを止めて全財産を貧民にプレゼントしてやれば良い。自分と他人をどっちが生きるのかサイコロで決める位のことしてみろ。所詮命は不平等だ。誰もが自分と他人の命を秤に掛けて自分を取る。他人の命なんざ知ったことじゃない。事例を見てみろ。そんなことは直ぐに分かる。無理心中で自分だけ助かる奴、他人を食いものにして生きる詐欺師や盗人、他人が苦しむのを屁とも思わない資産家。お前だって他人を蹴落とすことの1つや2つはやっただろ?なに、責めてるんじゃない。そんなことは当たり前のことだって言いたかっただけだ。

そんなことは知ってるって?だが言わせてくれ。何せ俺は“そのことを知っている”と自負してる。少なくともそこら辺に居る奴よりはな。理由は?って聞かれれば仕事かな。俺は人の命を扱うお仕事をしている。


†††


「にぃっ」


俺は鏡の前で女の子を悩殺するパーフェクトな笑みを浮かべる。当然鏡にはスーパーイケメンが映って然るべきだが、鏡に映って居るのは黒髪黒目の冴えない青年である。実に納得が行かない。どうもこの鏡とは価値観が合わないな。俺はもっとカッコ良いと思うんだが。深い黒目に特に起伏のない平たい顔。それに薄い唇に光らない歯。素材的には中の上辺りだとは思うんだが鏡は銀色の折り紙の様に少し曇っていて細部は判別出来ない。全く、この程度の顔じゃ好きな子に好きになって貰えないだろうが。と見当違いな憤りを覚えつつ、この鏡が細部まで映らないことに密かな感謝を捧げる。もしこの鏡が綺麗に光を反射させる物だったらきっと自分の死んだような目だったり、目の下の隈だったりが映ってしまい外に出る気すら無くなるだろうから。


「っし、行くか!」


顔を叩いて気合いを入れると寝不足だった瞼を意志の力で無理矢理開かせ眠気を覚ます。

ガチャリ、と扉を開けると当然ながら宿屋の2階である為階段と他の部屋へのドアが見える。俺は階段を降りていくと宿屋の主人であるサンディさんが俺を見付けたのか手を振った。俺も手を振り返すとサンディさんは近くに寄ってきて眠そうな顔で1つ欠伸をした。朝に弱いのか格好も少しだらしない。


「ふわぁ〜っ、早いわねリュウジ。これからお仕事?」


さて、これで2つ情報が出たな。俺の名前と、サンディさん。重要なことから説明しとこう。俺の名前なんざどうでも良い。真っ先にサンディさん一択だ。

サンディさんは古い服を寝巻きにしているのかよれよれになった服を着ている。でも生地は良い。多分木綿系だ。それを巨大な胸が押し上げてるもんだから鎖骨まで見えてる。クソほどエロい。今日も一日頑張れそうだ。宝石みたいな瑠璃色の髪に吸い込まれる様な灰色の瞳。絶妙な色気が漂う人妻感。好きな奴には堪らんだろう。喜べ、未亡人だ。不謹慎だから他に話すなよ?

さて、もう1つの情報。俺の名前は桐野龍司。今年で22になるナイスガイだ。顔は中の上だが心はナイスガイだ。そう意味だ。黒髪黒目の……って言っても誰も男の紹介なんざ興味ないだろうから此処等で止めておこう。無駄なことはなるべく控える様にしてる。相棒に嫌われたくないしな。あ、相棒のことはまた後で、今はサンディさんだ。


「ええ、久し振りにギルドの方に行ってきます」


俺がそう言うとサンディさんはピクピクっと嬉しそうに猫耳を動かした。


「そう、お仕事頑張ってね。良かったわ。外に出る理由が出来て。部屋に一人で居ると塞ぎ込んでしまうものだから」


そりゃ、今まで殆んど仕事もせずに引き込もっていたからな。家賃は払って居るとは言え心配を掛けていたのだろう。いや、俺も仕事はしたいのは山々なんだがな。仕事が来ないんだよ。し過ぎればし過ぎる程既得権益犯して睨まれるしな。まぁ、その辺の詳しいことはまた後で。


「ええ、ありがとうございます。それと、俺が居ない間にまた変な奴が来たら言って下さい。何時でも力になりますから!」

返事をしようとしてこの間のことを思い出し、余計な一言を付け足す。サンディさんは荒くれ者の冒険者に手籠めにされかけたのだ。

自分でそう口を滑らしてしまい、突如として酷い自己嫌悪に陥った。ふざけるなよ。何が何とかするだ。何が助けるだ。桐野龍司。お前はそれをしなかった側の奴だろう。お前は逃げたんだろうが。勇者だったお前はもう居ない。お前が捨てたんだ。何を今更。それどころか今サンディさんを不愉快にさせているじゃないか。こんなことで贖罪にでもなると?サンディさんの色香にやられた邪な考えで?ふざけるな。お前は自分以外の全てを棄てた。今更それを欲しがるなんて。浅ましい。2度と口にするな。 何時までもループする終わりのない思考の自虐の果てに自分がズボンを手が白くなる程握り締めて居たのが目の端に映る。サンディさんに悟られない様にこっそりとほどこうとした所でぴとっと何かが顎に触れ、そのままグイッと無理矢理前へ向かせられる。


「あっ……」


そこにはサンディさんの顔が間近にあった。灰色の瞳が俺を見下ろし、その力ある瞳には吸い込まれてしまいそうだ。その顔はちょっとムッとしたような顔をしていて、普段垂れ目気味な目も見て分かる位には吊り上がっていた。そんな子供を叱る様な顔に訳もなく謝ってしまいそうになる。サンディさんはそんな俺に顔とは不釣り合いな諭す様な声で優しく言った。


「ほらっ、言った側から塞ぎ込んでるじゃない。ありがとう。とっても嬉しいわ。あの時私は怖かったわ。助けてくれてとっても感謝してる。だから貴方がそんな顔をする必要なんか無いのよ?顔を上げてしっかり耳を開いて?貴方がした行動に感謝している人はきっと沢山居るわ」


思わず泣きそうになってしまった。けれどもそれはサンディさんの説得が心に響いた訳じゃない。サンディさんの言い分に心を救われたからじゃない。全くの逆の理由による物だ。

俺は、こんなにも優しい人を騙して居るのか。もし言えるのならば全てをぶちまけてしまいたかった。懺悔してしまいたかった。違うんですサンディさん!俺は貴女が思っている様な優しい人じゃない!貴女はそう言ってくれたけどきっと俺に感謝している人よりも俺を怨んでいる人の方がもっとずっと多い。きっと真相を知れば貴女だって俺の事を蔑む筈だ。それだけのことを俺はしてきたのだから。


「あっ、当たり前だ!誰も塞ぎ込んでなんかねぇよ!目が節穴過ぎるぞ!」


だけど俺が選んだのは懺悔でも真相を話すことでもない。単なる誤魔化しだ。トゲのある鎧を纏って恩を仇で返す卑劣で最低な行為。俺は虚を突かれたこともあって、サンディさんに対して思わず乱暴に返してしまった。


「あらあら、急に言葉遣いが荒くなったわね?私に詰め寄られてドキッとした?」


「心を読まないで下さい。エスパーですか、何なんですか?」


ああ、もう軽く死にたい。俺はどうしてもサンディさんには勝てそうもない。俺がどれだけ鎧を繕おうが、どれだけ準備しようが、その子供扱いだけでスルッと俺の警戒心が溶けていくのを感じる。

情けないったらない。年自体はそこまで変わらない筈なんだけど、どうしても相手の方が上だと認識してしまっている。これが人生経験の差って奴か?いや、俺も割りと波瀾万丈な生涯を歩んでいると思うがなぁ。俺が少し憮然としていると、サンディさんはさっき俺の顎に当てた指を今度は自分の口許に当てて上品に笑った。


「ふふっ、行ってらっしゃい」


「あー、はい……。行ってきます」


その余裕な態度に釈然としない物を感じつつも行ってきますと言って外に出た。久し振りに感じた風は気持ち良く、久し振りの肌を優しく撫でるような太陽の感覚もまた心地よかった。


「全く。私はもうオバサンだっていうのに……。年甲斐もないことだわ。気を付けて行ってらっしゃい。リュウジ」


呟く様なサンディの言葉は、当然ながら既に宿を出て行った龍司には届くことは無かった。

ウチでは七夕は旧暦の8月7日に祝います。


7月7日に駅に短冊が飾られていたのでどんな願い事が書かれているのか気になり見てみた。

許して下さい

という突然の謝罪にはまだ何とか耐えたけど、

黒豆が白くなります様にはカオス。


後七夕の物語で思ったんだが、織姫と彦星って会うのムリじゃね?

確かベガとアルタイルって16光年位離れてたよね?

橋架けた位じゃ絶対会えないと思うんだけど……。

アインシュタインによると光の速度以上の速さは存在しないらしいし、物理的に無理。

そう思うと天帝さんマジで良い性格してるよな。

「では、此方の業務承諾書にサインを。ええ、1年に1度橋を架けますから後は知りません。後は好きにして頂いて結構」

「え?話が違う?会えない?何を仰ってるんですか?私は確かに橋を架けたでしょう。そちらの足が遅いのが問題なのでは?」


控え目に言ってド屑である。

なので8月7日に願う願い事は織姫と彦星が無事に会えますようにってお願いしようと思う。


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