序
これは夢だ。その言葉は真実であると同時に自らを安心させる為に自分に言い聞かせる言葉だった。しかし、後者について効果はあまり無かった。ただ例えようもない程の焦燥感に体が焼け着いていく。そんな感覚が収まることはまるで無かった。
俺は逃げている。
三日三晩、後ろに付いてくる死の影を恐れ、疲れの為にのろのろとそれでも何とか逃げている。行くときに通った林を見たときは安堵で思わず気が弛んだ。しかし、少し微睡んで起きた後良く考えればここがスタート地点だ。ここから更に魔物が渦巻く林を突破しなくてはならない。
またのろのろと走り出す。突き出した木の根は睡眠不足で思考能力の低下した俺にとって大敵だ。少し進むごとに躓き、転んでしまう。
3度目に倒れた時、このまま眠ってしまおうと思った。魔物に食われてしまっても構わないと。でもダメだった。
目を閉じた途端先程の命の奪い合い……。いや、一方的な蹂躙が克明に浮かび上がってくる。恐怖が脳髄に染み付き、背筋を這い降りて来て、また吐きそうになる。
「ああああ!」
傷だらけになるのも構わず四つん這いになって少しでも遠ざかろうと狂った様に手足を動かした。生への執着ではなく、死への恐怖が俺を突き動かした。
今思えば、良くぞ3日でノルドス林まで戻って来れたと感心する。よっぽどの奇跡だ。それ程巨大な恐怖だった。その程度の奇跡を起こす位には……。
だがその奇跡も長くは続かなかった。後少しで林を出るという段になってそれは起こった。
「グルルル……」
魔物に遭遇した。
それは当然の出来事だった。その林は魔物が多数出ることで有名であり、むしろ今まで出くわさなかった方が不思議だった。
グレイウルフの群れ。もし万全の状態だったなら1匹2匹は倒せていただろう。或いは難なく逃げ出せていたかも知れない。だが、憔悴しきっていた俺にはそんなことは不可能だ。今6匹のグレイウルフが俺を取り囲み、ジリジリと間合いを詰めて来る。その時間が死へのカウントダウンであることは気付いていた。今は臆病になっている彼らだが、数の力と俺が動かないことで急速に自信を付けていくだろう。そうすれば、俺は食われる。至極当然な、自然の摂理だ。
「嫌だ……」
俺がポツリと呟いた一言に近くまで来ていたグレイウルフがビクリと少し距離を取る。
「嫌だ」
何が嫌だと言うんだ。死ぬのが?食われるのが?何を思ってこんなことを言ったのか、全く分かっていなかった。分からないままに口にしていた。
「帰るんだ……」
何処に?日本に?王都に?
奪われたじゃないか。捨ててきたじゃないか。何処に帰ると言うんだ。帰る場所なんて何処にも無いと言うのに。居場所なんて何処にも無いと言うのに……。
「帰るんだ!!」
ただ叫んだだけ。現状は何も変わらなかった。グレイウルフは依然存在し、命の危機は過ぎ去らない。ただ、その一声は俺の運命を変えた。
「お困りの様だねぇ……。助けてあげようか?」
それが俺と相棒との出会いだった……。
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意識が浮上して、寝惚けた瞳がもう見慣れてしまった天井を捉えた。
「懐かしい夢を見たもんだな。随分と昔の事の様に思えるよ」
悪夢だろうか。好きな人に会えた幸せな夢だろうか。分からない。ただ、俺という存在が生まれた瞬間だったのは確かだ……。
週2投稿で2週間分のストックは有ります尽きたらどうなるか分かりません。
次は日曜です。