3.
四方から魔力弾が迫って来る。全部前方から来ているのだから実際四方とは言えないが。
どのような性能かは分からないが、恐らく誘導性能付き、近接信管の爆裂魔力弾だ。それが飛行タイプ対策の最適解だといわれている。
当たれば、いや、近づくだけで相当なダメージを受けてしまうだろう。
「爆発より速く飛べば!」
「やってみろ!」
超高加速度で飛び出した私は筒方君の方へと一直線に飛び出した。
私は今、『不死鳥の火粉』と『箒の魔女』の二つを同時に発動している。前者は魔術で、後者は個人に固有の魔法。象さんが使う、『象鈍硬』の私版、といったところ。
固有魔法、というらしい。
この固有魔法、一番便利なところは何も考えずに感覚だけで使える事で、私の場合――
「だから自由に飛べるッ!」
通常の飛行魔法ではありえない加速と姿勢制御。それを可能にしているのは『箒の魔女』による体積力。――重力が向きを変えたもののようなもの、らしい。
重力の向きと大きさを自由に調節して飛んでいるようなものだ。
1球目が目の前に。
一度潜り込んでから急上昇。釣られた魔力弾は地面に着弾し――やはり爆発。
爆発を回り込むように加速すると、爆発の魔力が届かない距離でのムーンサルトを決め――頂上で2球目が来た。
円運動で再び地面に着地するつもりだったが、重力を強くして無理矢理に加速。地面に向けた背中から頭を下にするように回転し、速まったサマーソルトで爆発を潜り抜け、カポエイラのような回転でエネルギーを速度に変えて突撃。
どんな体勢でも重力操作でスカートの中身は見せない。魔女だけど淑女だから。
さっきまで回転していた場所で3球目と4球目が爆発する。同時に爆発した威力は申し分なく、先程よりも爆風が拡大していた。
「くっ……」
離脱が間に合わず被弾する。でも髪と足首にちょっと当たっただけ。ブレザーの制服は破けていない。すこし足が痺れるけど、問題ない。ライフポイントは100減っただけだ。初期値が8000なのでどうとでもなる。
髪も痛んだけど、シャンプーもママ(魔女)のお手製なのでそっちも問題ない。
突撃は成功。魔力弾を撃ち終えた筒方君は次の魔法の詠唱を始めていた。
「絶対なる壁よ、伝わりを閉ざせ……」
「合わせ技、『不死鳥の火姫』ッ!」
不死鳥の炎で体を包む、威力は高いが射程距離がゼロな『不死鳥の火粉』と自由自在に飛べる『箒の魔女』の機動力はすこぶる相性が良い。
おかげで防御魔法の詠唱より速く、炎のダンスをお見舞いすることが出来た。
「ぐぁっ……!!」
最初の一撃は飛行速度を利用した蹴り。ガードはされたけど、模擬戦服の袖が燃え、顔を歪めているので火傷と打撲位にはなったみたいだ。
模擬戦服、持ってないんだよね。やっぱり向こうだけ服装を気にせず動けるってズルくないだろうか。……いや、航空部の先輩はいつの間にか全員模擬戦服だし、持ってないの私だけじゃん!? 今度買おう!
「まだまだッ!」
そんなことを考えながら、間髪入れず重力を増大させ着地。普通ではあり得ないような挙動での着地で虚をついてから懐に潜り込み、二、三発の殴打を入れてバランスを崩させる。
そして胸に向けて全力の掌底打ち――は硬い魔力の壁によって防がれ、ゴッという鈍い音がした。
「『非伝導面』っ」
「対エネルギー障壁……!」
殆どのエネルギーがその面を通れなくなる平面障壁の魔法だ。運動、熱、電気、この三つが通らなければ大体通れない。透けているので光は半減らしい。
私にダメージ計算が入る。素手で岩を殴ったのと同じくらいの痛さ。
掌底打ちだったので少し手首が痛い程度で済んだけど、でもそこそこ痛い。これだから腕の打撃は嫌なんだ。
ライフポイントが500削れた。爆発よりダメージ高いってどうなのよ。
「……」
このまま打撃を打ち込んでも通らないので一度離れる。攻めあぐねるとはこういうこと。さて、次はどうしたものか。
「今度はこちらの番だっ!」
筒方くんの宣言に、回避体制のため、視界が悪くなる『不死鳥の火粉』を解いて、次の動きを警戒する。
◇
魔導航空部は、毎年挑まれては負ける新入部員の魔導戦による奪取に、今年こそは新入生を奪われまいと努力を重ねてきた。
それこそ飛ぶのよりも優先で――という風にはしたくなかったので、飛行を中心とした戦闘スタイルへ。だが火姫とは違い、彼らは魔術で空を飛んでいる。固有魔法と魔術の同時行使は容易いが、魔術の複数同時発動は高等技術である。
それは三年生での選択科目だが――彼らは前もって十分な準備をしていた。
「全員調子いいみたいだね!」
「清さん程じゃないですよ!」
部長、波翅は(清さんとは彼のことである)部員の全員が飛行しながら同時に他の魔法を使えている事にご満悦だ。
「魔力が尽きる前に落とすぞ!」
「「「はい!」」」
飛び方はそれぞれで異なるが、全員何事もなく散開し、射撃魔法を展開。足を活かした威嚇射撃で戦闘部の散開を阻止する。相手は地上で抗戦しているのに落とすぞ、とは、自分たちが飛んでいるからこそか。
一方全方位から射撃魔法で狙われた戦闘部は、四人で一人ずつをマークし、たとえ自分に当たらないコースでも、他のメンバーを狙った球である可能性を防ぐため、飛ばしてくる魔力弾を全て撃ち落としている。
それに加え、攻撃用の爆烈魔力弾をばら撒いているため、互いに相殺する魔力弾以外では、飛行魔法と魔力弾に使用する魔力量はほぼ拮抗していた。
しかし、航空部が放った魔力弾を相殺するのに、戦闘部はそれ以上の威力で放たなければならない。航空部の威力より弱ければ、自分たちの魔力弾が消えるだけだからだ。
故に魔導航空部は消費魔力、制空権の両方で優位に立っていた。
しかしマルチタスクで魔力弾の発射に時間が掛かっているので発射間隔が長く、攻めきれていない。後は弾幕を張れれば及第点だといったところだが。世の中はそんなに甘くなかった。
しかし状況は魔導航空部に傾いた。
航空部の攻撃は、火姫のファーストアタックが終わった頃に実を結んだ。筒方の被弾に気を取られた戦闘部ゼッケン2番、優しい桃色髪の二年生、沢渡絢香さんが、一発の魔力弾を見逃してしまう。
それはゼッケン3番、近接型で射撃が苦手な小金丸尚見くんを狙った魔力弾で、見事裏膝に被弾。
丁度膝カックンの形となってしまい、体制と、陣形が崩れた。
「今だ! 撃ち込め!」
波翅の号令と共に魔導航空部は足を止め、少し長い詠唱の魔力弾をできるだけ撃ち込む。
爆炎と、砂埃が舞った。
◇
優勢になった、と思った。
この筒方くんの攻撃を凌ぎ切れば、反撃で勝機が大いに見えてきただろう。
それは部長たちが魔導戦闘部の陣形を崩し、一斉攻撃を打ち込んだのが見えたからだ。始めに筒方君を引き離せただけでもいい感じなのに、もう一人落とすとは流石――と砂埃が舞って確信した。
しかし、爆炎は同時に筒方君の立つ地点でも起きていた。
「なに?」
私は一度離れてから、一切攻撃していない。地面に立つ筒方君に戦闘部からの流れ弾が当たるわけがない。航空部は爆発する魔力弾を撃っていない。
煙の中からの攻撃魔法を警戒する。だけど、次の攻撃は。
「横!?」
横から飛んできた。明らかな介入行為。魔導戦闘部、ズルい。でも誤射してるし、間抜けかな?
射手を睨む前に、まるでカーテンのような大量の魔力弾を、持てる力を総動員して回避。アクション映画を目が溶けるまで見て覚えた空中回転やバク宙、重力操作で身体を後ろに倒して回避、など少しどころじゃなく無理な姿勢をとったし、膝や二の腕にすこし掠ったけど、何とかなった。
ライフポイントが700減った。
(でもライフなんて既に試合の体をなさなくなったし、意味がないよね)
全弾を潜り抜けた結果、最終的に伏せになった姿勢から起き上がると、射手を探す。
「清さん!」
声にハッと振り向く。晴れた煙から覗いたのは、倒れている部長。周りに介抱する先輩たち。
「部長!?」
こんな卑怯な真似をして、絶対許せない・・・絶対一発墜とす!
「こんなの卑怯だよッ! 間抜けの魔導せん・・・え?」
振り向きざまに射手の方向を見ると、そこに立っていたのは、魔導戦闘部の人間ではなく。
「潰しに来てやったぜ! 太宰府高校ッ!!」
その服装は、この制服がブレザーである、《国立太宰府魔導高等学校》で絶対に見るはずのない、
「学ラン」だった。