1.
太宰府に新しい高校が設立された。
国立だが、変なネーミングをして後でダサくなったら困るので、国立太宰府魔法高等学校。全国初の魔法科がある学校だ。
もう暫くは、魔力による推薦入試のみ。受験方法だけでは馬鹿な学校と言われるかもしれないが、実質、大学と同じレベルの教育機関だ。
それは新しく産まれ来ている魔法を使える世代の最高の年齢が今年で18歳、つまりは高校三年生だからである。
大学生がいないのだ。
18年前、第二次性徴が終わっていない人間が全て死亡した事件。空白の9年間世代、人によっては8年とも言うが。その余波から、人間は未だ立ち直れないでいた。
いや、むしろ犯罪率は下がった。ここ数年は新卒がいないので、これまで職にあぶれていた者たちが職に就くことが出来たからだ。
しかし、新しく世界に登場した魔法という技術、その開発競争の最先端は子供達である。軍事的、産業的、娯楽的、もしくは犯罪に。いずれの産業の人間も子供達に期待している。
時にその負担は子供達に重くのしかかっている。
そんな高校の第3期生の入学式で新入生代表の式辞を読んだ女の子の話。初日を終えた彼女は、同じクラスで前の席の女の子、並木さくらと部活動を探していた。
◇
「火姫ちゃんは何部にするの?」
さくらに覗き込まれながら聞かれた。おさげが可愛い女の子だ。もう部活動は魔導園芸部に決めているのだが、前後の席のよしみで部活選びに付き合ってくれている。
「私は……とりあえず魔導航空部かな……? でも他にも面白そうな部活があったら見てみたいし……」
「へぇ、空飛びたいんだ? 名字が羽箒だし魔女に憧れてるの?」
「へ? あ、うん。魔女、いいねー」
私は魔女だ。魔女の末裔だ。代々産まれてくる子供が女の子が8割位の家系である我が家は魔法使いの中でも特別な魔女の家系だったりする。
図星、というやつである。ばれちゃいそうヤバイヤバイ。
「確かに火姫ちゃんが魔女の格好したら可愛いかな? ……いや可愛いよ! 応援する!」
「あ、ありがとう」
応援する理由が可愛いからだけって……
一応バレちゃだめって言われてるんだけど、まあいっか?
「近いところから回って行こう!」
「うん!」
一番近かったのは茶道部だった。和作法室は一階、一年生の教室も一階だからだ。
「茶道部までようおこしやした〜」
「(さくら、これエセ京都の言葉だ。どう見ても博多弁抜けてないし)」
「(そうだよね、帰ろうか)」
「ほな、さいなら」
「なんで!?」
次は家庭科部……
「なにこのゲテモノ料理」
「新種の甲兎の唐揚げだよ! 見ての通りカブトムシみたいな兎なんだ!」
「ひっ! 火姫ちゃん、帰ろうよ!」
「え、美味しそうじゃない?」
「うそ〜!?」
服飾部。
「どうして皮の鎧なんてあるんですか」
「これ凄いでしょ! マギエレファントの皮なんて滅多に手に入らないんだよ!」
「捕獲禁止じゃなかったですっけ? どうやって手に入れたんですか」
「バラしたら殺す」
「「ひっ!?」」
オカルト研究部
「ですからこのパワースポットは魔法世代には大変効果があるわけでしてー」
「「ゴクリ」」
「ですが逆に荒らしてしまうとー……」
「ぴぎゃああああああ」
エグい幽霊の話にさくらは白目をむいて気絶した。女の子が出していい声じゃなかった。
……なんやかんやで、結局魔導航空部へ。
「えへへ、火姫ちゃん」
「どうしてこうなった」
頬を染めたさくらに腕を掴まれている。いや、さくらが彼女みたいにカップル組みされている。
百合っ気があるような気はしていたけど、お化け屋敷で覚醒してしまったのか。まさかここまでとは。
可愛いからいいんだけど。
「お化け屋敷って恋愛に役立つんだな……今度誰かと行こ」
「なら私と!」
「うっさい、熱くなってきたから離れるべし」
通りすがりの同じく部活探し中の一年生に漏れなくドン引きされながら魔導航空部へとたどり着く。当たり前だ。私にベタベタとくっつくさくらの口からはだらしないよだれが……
「ようこそ! まずはホバークラフト!」
すごい飛んでる! しかもホバークラフトだよ! 初めて生で見た!
男の先輩が地面から少し浮いていて、どうやら説明の途中だったようで中には一年生がそこそこいた。
前に立っている先輩はそのままスーッと等速直線運動で壁までたどり着くと、爆発音と共に地面に着地した。
「きゃっ」
さくらがビクッとした。こうしていると普通に可愛いのに。
「足の裏の空気を高圧にして圧力で飛んでるんだ。魔法を解除したら空気が爆発するから、驚かせちゃったかな?」
空気の上に立っているだけである。摩擦が無いから等速直線運動をしていたということか。
「えーっと、じゃあ魔導航空部の活動ビデオを流します」
プロジェクターから映像が流れる。
前で話している人が飛んでいる。部長かな?
部長や、他のメンバーが校舎の間を舐めるように飛んだり、螺旋状に上昇したり、壁を走ったり。様々な飛行の後、学会で発表している部長が映し出された。
「このように日々飛行技術を研究したり、自由に飛んだりしています。とっても気持ちいいです」
『おー』
教室内がざわめく。思っていた通りの部活だ!
「さくら、私ここに入るよ!」
「嬉しそうだね?」
「思ってた通りの部活なんだ!」
「おめでとう、火姫ちゃん。じゃあ私園芸部に行ってくるね?」
「うん、行ってらっしゃい! 付き合ってくれてありがとね!」
「いーえ。また明日。ちゅっ」
「うん、また明日!」
ちゅーは当てさせなかった。ガードは固く。魔女だとバレてはいけないけど、それが魔女の鉄則である。
扉を閉める。説明会中で静かだけど扉の外での出来事なんてわかるはずがない。
「火姫ちゃんのよだれ拭っちゃった。えへへ、大勝利」
わたしは火姫ちゃんがホバークラフトを見てから垂らしていたよだれで喜ぶのだった。
◇
説明会が終わると、他の一年生は教室を出て行った。他の部活を回るようだ。
即決した一年生は私だけだったらしく、先輩たちに囲まれていた。
「羽箒火姫ちゃんだっけ? かっこいい名前だね! どんな字書くの?」
「はねぼうきに燃える火の姫です」
「情熱的、かっこいい~! あたしなんて親に聞いたらさ、珠洲なんてなんか神様っぽくてかっこいいから~なんて言われたんだよ!? ほら字はこんなのなんだけど、ひどくない!?」
そういって中野珠洲先輩はメモ帳に珠洲と書かれたものを見せてくる。
「かっこいいじゃないですか。神様みたい! 珠洲先輩かっこいいです!」
「いや~それほどでも、って羽箒ちゃんの方がカッコよさと女の子っぽさを兼ね備えていい名前だよ!」
「えー、そんなことないですよ。先輩こそです。珠洲先輩って呼んでいいですか?」
「もちろん! 私も火姫ちゃんって呼んでいいかな?」
「はい! もちろんです!」
珠洲先輩、優しくて話しやすいし、短めの髪がかっこいいし、惚れちゃいそう! 惚れないけど。
そこに部長が話しかけてきた。
「水を差すようで悪いけど、みんな、改めて自己紹介をしよう。今日はその後もうしばらく新入生を待って部活終了ってことで」
『はーい』
「じゃあ僕から。……僕は波翅清、17歳。三年生、魔導航空部初代部長です。《個人魔法》は仲良くなったら教えてあげよう。羽箒さん、よろしく」
改めてしっかりしている人だ。私みたいなちゃらんぽらんとは大違いかも。
「おれは坂本修一郎……なんか驚いとらん? あー、方言ね? さっきは頑張って標準語を使っとったばってん、こっちがいつもの口調げな。おれは空気や水とかの流体を扱うのが得意で……それは後で? 仕方なか。よろしくな、火姫ちゃん」
方言きっつ! でも半分くらいなんとなく分かった気がする。福岡の方言だと思う。一回だけそんな傑作の饅頭のコマーシャルを見たことがある気がするからだ。
坂本先輩は方言に目をつむれば気さくで頼りがいのありそうな感じだ。さっきホバークラフトをしていたのも彼だ。背がとっても高い。180センチ以上はありそう。
「あたしももう一回しととこっかなー。私は中野珠洲。二年生で、電気で飛んでるかな。好きなことはやっぱり飛ぶこととパフェ、嫌いなことは電気で髪が痛むこと! よろしくね、火姫ちゃん」
「よろしくお願いします!」
全員の紹介が終わると、波翅部長が付け加えた。
「実はまだ部員がいるんだけど今偵察中でね。もうちょっとで帰ってくると思うんだけど……」
「そうなんですか」
ちょうどそう言ったとき、廊下からドタドタと音を響かせ、何人か近づいてきたようだった。
「結構いるんですね! よかったー、なんか部員が少ないと思ってたんですよ」
「いや、あと一人なんだけど……またあいつらか」
ガラン、と勢いよく教室の引き戸が開かれる。髪の毛キメッキメの見たことある男子と、校章の色が違うことで学年が分かる、数名の上級生が入ってきた。
「新入生主席の羽箒火姫さんはいるかっ!」
「一年生・・・? あ、筒方一徹くん? なんでいるの?」
髪の毛キメッキメで好みの顔だけどちょっと暑苦しすぎな筒方くんは学年次席だ。親御さんが自営軍隊員らしく、真面目に国防のために魔法を研究しているらしい。
私は主席入学で、彼が次席なのだそうだ。どっちが式辞を読むかの話し合いで以前会った仲だ。
「君を貰いに来た!」
プロポーズ? まだ付き合ってもないのに? いやそもそも後ろにいる人たち誰だろう?
「魔導戦闘部! またお前らか!」
波翅先輩がなんだか過剰に警戒しているような反応だ。
「ハロー、波翅。今年も来ちゃった」
来なくていいから……と突っ込む部長。毎年来ているのかな?
一体どういうことだと困惑していたところに、筒方くんが声を上げた。
「君のような優秀な魔術師がこんな空を飛ぶしかないようなところにいるのは勿体ない! この僕と一緒に魔導戦闘部に入ろうではないか!」
私を取り巻く事件は、思えばここから始まったのではないだろうか。