プロローグ
目の前の惨状に、彼は呆然とするほか無かった。
それは余りにも突然の出来事であり、同時に異常としか言いようのないものであった。
経験のない事柄。何が起こったのかをうまく認識できなかった。先ほどまで黒板に掛け算や割り算を少しだけ応用した問題を書いていた白いチョークが床の上で砕けて、彼の靴に白みを演出している。
しかし彼が動けなかったのは一瞬で、すぐに倒れた生徒の一人に駆け寄り、肩を叩いて意識の確認をした。
「紫藤くん、大丈夫か紫藤くん! 泉川さん!」
流れのまま周囲の生徒にも声をかけるが返事は無かった。心音は……ない。
早く救急車を……と彼は携帯で119番に電話をかけた。
「左森小学校、1年4組で生徒が全員失神しまーー」
ツー、ツー、ツー。
無情にも返事は話し中の音だった。
「クソッ! そうだ、隣のクラスは!?」
ドタバタと教室を駈け出すとすぐに隣のクラスが目に入る。そこには閉められた窓、消えた電灯ーー
「体育かよ!」
だったら1年2組だ、と教室一つ分を走って覗き込む。窓は開いていた。生徒は、倒れていた。
「山田先生! 大変です、生徒がみんな倒れてーー」
1年2組の担任は新人の谷口先生だ。緊急事態についていけていないのか、キョロキョロとして落ち着かない。山田先生と呼ばれた彼に言えた義理は無いのだが。
大人二人がオロオロしていると一人の女の子が動いた。呆然としていた状態から回復したようだ。
「せんせい……ひなんくんれん?」
避難訓練でないことは分かっているのだろう、声が震えている。
「江口さん! 大丈夫!?」
「はい、大丈夫ですけど……?」
それを見ていた山田は自分のクラスを放って出てきたことを思い出した。まだ無事な生徒がいるかもしれない。
「クラスに戻ります! 谷口先生は一旦職員室へ!」
走って教室に戻ると、男子が泣いていた。
「なんで、さきちゃん、へんじしてよ!」
「大丈夫か!? 響くん!?」
その生徒に詰め寄ると、彼は山田を見上げて、みんなしんだ! と泣き喚くだけだった。
◇
集団死亡事件から一週間がたった。その時に亡くなったのはニュースによると第二次性徴を迎えていない人間をはじめとしたあらゆる生物で、彼は近くの公園に来ていた。今日は集団葬が行われる日だった。
「みんなほんとうにしんじゃったの、かあさん?」
「遠いところに行っているのよ。いつか会えるわ」
「さきちゃんにもあえる?」
「ええ。きっと待っててくれるから、ゆっくり行きましょうね」
式は順調に、厳かに進んで。生き残った男の子、響三四郎はゆっくりと献花台に歩み寄り、白い花を捧げた。
――周りからの視線に気づかずに。
第二次性徴は小学校で言えば早くて5年生位からである。それが今献花している少年はどうだ、どう見たって小学校低学年じゃないか。
カメラはその瞬間、献花台を中心からずらして捉えていた。
一か月後、彼は日本一有名な小学生になった。