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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
追加話

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エメリヒと気まぐれな子猫たち 中編

 叔父の住む村へは馬車で六時間ほど。結構な長旅だ。

 荷物は先に送ってあった。

 手にしているのはちょっとした荷物と食事の入った包み、それに、新しい家族である子猫、ロッサを入れた籠だけ。


 馬車の乗車時間がやってきた。御者に行先を確認してから、車内に乗り込む。

 窓の外では蒸気自動車が走っていた。最近は随分と数が増えたような気がする。

 馬車が走る道は縮小されるばかりであった。


 そんな時代の変化を目の当たりにしつつ、生まれ育った都を後にする。


 馬車は満員であった。

 なんとか初めらへんに乗り込んだので、端の位置を確保出来た。アイナちゃんが端っこで俺はその隣に腰掛けている。

 馬車の中の男たちはちらちらとアイナちゃんを盗み見ていた。

 綺麗な銀色の髪に、澄んだ青い目が珍しいのだろう。勝手に見るなと言いたくなる。

 彼女は男たちの不躾な視線に気づくことなく、籠の中から顔を覗かせている子猫に夢中であった。


 途中にある町で一時間ほど休憩となる。

 近くに公園があったので、そこで昼食を摂ることにした。

 敷物がないことに気付いたので、アイナちゃんには上着を脱いでそこに座って貰うようにした。


「なんで、あなたの服になんか座らなければならないのよ」

「でも、スカートとか汚れるから」


 しつこく勧めたら、アイナちゃんはこちらを睨みつけるように目を細めながら座ってくれた。

 籠の中のロッサは彼女の膝に抱かれている。昼食用にと持って来ていた猫用の魚を食べさせて貰っていた。


「……昼食、食べたら」

「あ、はい」


 アイナちゃんが手を付けないので、待てをしている犬のような状態で座っていた。

 御主人様から了承を得たので、お弁当の包みを開く。


 肉と野菜が挟まったパンに、串に刺さった肉団子、焼き目の入ったソーセージに、ふわふわの卵焼き。香辛料を振って揚げた肉にチーズに野菜が巻かれたもの。根菜類の煮付けに薄く切ったハムは花のように弁当の隙間に飾ってある。


 お弁当の中には好物ばかり詰められていた。

 ありがとうとお礼を言っても、家にあった食材の処分だからと返されてしまう。

 それでも嬉しい。

 アイナちゃんの分を皿に取ってから、頂くことにする。

 どれも素晴らしい品々であった。一緒に食べてくれたので、尚更美味しく感じる。


 一時間後。予定通りに馬車は走りだす。


 八時間後、移住する村に到着をした。

 途中、雪の深い所があって到着までに時間を要してしまった。


 幼い頃に遊びに来たことがある、叔父の住む村は少しだけリツ君の村に似ているような気がしていた。彼女も気に入ってくれると嬉しいなと考えている。


 ここは小さな田舎町。

 アイナちゃんの村よりも人口は少ないのだ。


 そんな場所に来れば、外聞にもうるさくなる。

 都で二人暮らしをしていた時のような、他人同士の男女が一つ屋根の下に住むなどありえないことなのだ。


 なので、二人でじっくりと話し合って婚姻届を国に提出してから来た。


 当然ながら、アイナちゃんが嫌になったら即刻関係を解消するという条件付きで。

 いずれは、彼女を国に返そうと思っている。

 俺が身柄を預かっておくのは、実家のほとぼりが冷めるまでと決めていた。

 その先のことはなにも分からない。

 リツ君の村に移住するのもいいと思っているが、アイナちゃんに来ないでと言われたら、ここで暮らすしかない。


 まあ、でも、軍人は性に合っていなかったから、この村でのんびりと過ごすのも悪くないとも考えている。


 叔父さん夫婦は十数年振りに会う俺とアイナちゃんを歓迎してくれた。

 結婚祝いに羊か山羊を贈るからどちらがいいかと聞かれたが、正直違いが分からなかったので、適当に選んでしまった。


 新居はすぐに暮らせるように叔母が綺麗に整えてくれていた。

 前に住んでいたアパートよりもずっと広い。寝室に個人の私室、居間に台所、洗面所に風呂場。


 部屋の間取りを確認していたら、大切なことに気が付いた。


 ――どうしよう。寝室が一個しかない!!


 夫婦として来ているので、当たり前だった。


「こ、ここはアイナちゃんが使って」

「なんでよ」

「俺は私室にある長椅子で眠るから」

「それで体の疲れが取れるわけがないでしょう!?」

「大丈夫!!」


 ちょっと前にもこんな会話をした気がする。

 でも、本当に問題ないのだ。

 軍の宿直とかその辺の床の上に、新聞紙を被って寝るとか普通だったし。

 そのことを伝えると、好きにすればいいと言われてしまった。


 夕食は叔母さんがいろいろ持たせてくれたので、それを二人で戴いた。


 翌日は荷物の整理をする。

 村の商店街に買い物にも出かけた。

 アイナちゃんは慣れない場所だったからか、俺の背中に隠れるようにして、外套の袖の端を掴んだ状態でついて来ていた。とても可愛い。


 家に帰れば、また荷物の整理を再開させる。


 作業の途中でアイナちゃんがコーヒーを淹れてくれる。

 カップは二つあった。

「これ、二時間後に飲んで! 今日は二度と淹れないから! 二時間後、コーヒーの中に埃が積もっていても我慢して飲みなさい!」とか言われるかと思ったが、二個目のカップはアイナちゃんのものだった。心底ホッとしてしまう。

 長椅子からクッションを持って来て、お隣をどうぞと勧めれば、アイナちゃんは何も言わずに座ってくれた。

 荷物と荷物の隙間に寄り添うように座って、先ほどお店で買って来た木の実入りのケーキを手掴みで食べる。


 彼女のエプロンのお腹の辺りにあるポケットの中には、猫のロッサが入っていた。なんて場所を陣取っているのかと、羨ましく思う。


 こちらの視線に気が付いたからか、アイナちゃんはロッサを撫でながら優しい表情を浮かべつつ理由を述べた。


「この子、放っておくと寂しがるの」

「へ、へえ~」


 俺も放っておかれると寂しいと言いたかったが、「あっそ」とか言われそうで怖かったので黙っておいた。


 店で買ったケーキはぼそぼそしていて、お口の水分泥棒をしてくれる。

 アイナちゃんが作ったケーキの方がしっとりしていて美味しい。

 そんなことを言えば、材料がないから作れないと怒られてしまった。

 どうやら催促しているように思われたようだ。


「でも、アイナちゃんと一緒に食べるケーキも、すごく美味しいから」

「……」


 ぽろっと口から出てしまった言葉は、綺麗に無視された。

 早口でぼそぼそと言ったので、聞こえなかったのかもしれない。


 なんていうか、こうやって二人でのんびりと過ごすのは初めてかもしれない。

 都に居た時は毎日が本当に忙しかった。

 休みも疲れていて眠っていることも多かったし、本当に申し訳ないと思っている。

 もっと観光とかに連れて行ってあげられたら良かったのにと、今更後悔をしても遅い。


 そんな生活の中でも、アイナちゃんは文句の一言も言わなかった。

 それどころか、彼女の作る食事や弁当に励まされていた。


 きちんとお礼を言っていないことに気が付いた。もう、遅いかもしれないけれど、改めて頭を下げることにする。


「アイナちゃん」

「なに?」

「ありがとう」

「!?」


 彼女は呆然とした後に、なにが? と聞いて来る。


 そんな風に訊ねられても、どうしてか言葉に出来ない。ただただ、ありがとうと呟くばかりであった。


 アイナちゃんがじっと顔を見上げている。

 その表情は、訝しげなものであった。


 本当に、俺は怪しい者ではないと、どう伝えれば分かって貰えるのか。


 心の内を正直に明かすしか、道はないのかもしれない。

 意を決し、長い間秘めていた思いを告げることにする。


「アイナちゃん」

「だから、なに?」

「俺、アイナちゃんが好きなんだ」

「!」


 アイナちゃんの大きな目が、更に大きく見開かれる。


 言ってしまったという後悔と、言って楽になったという安堵感が入り乱れて、よく分からないような気分になっていた。


 しばらくなにも反応がなかったので、恐る恐るアイナちゃんの顔を見た。


「あ」

「――っ!」


 すぐに顔を逸らされてしまう。

 アイナちゃんは、頬を真っ赤に染めていた。


「アイナちゃん、俺のこと嫌い?」


 思いきって聞いてみれば、俯いてしまう。

 だが、しばらく経てばふるふると首を横に振ってくれた。


「――だったら、好き、ですか?」


 こんな機会など滅多にないので聞いてしまった。

 アイナちゃんは更に顔を赤くしている。


「あ、ごめん、その」


 彼女の眦には涙が浮かんでいた。

 追い詰めるつもりはなかったのに、泣かせてしまった。


 床の上に額をつけて謝れば許して貰えるかもしれない。

 左右の膝をついて、後は頭を下げるばかりな体勢を取る。


「あの、本当にすみま」

「――ロッサ!」


 謝罪の言葉と、アイナちゃんがロッサを呼ぶ声と重なった。

 ロッサはエプロンのポケットから飛び出したのだ。


 立ち上がって子猫に手を伸ばしたアイナちゃんは、突然立ち上がったからか体の均衡を崩してしまう。

 当然ながら、転倒しそうになった彼女の体は受け止めることが出来た。


「あ、ありがとう」

「いえいえ」


 むしろご褒美を言うべきか。危うくこちらがお礼を言いそうになっていた。

 名残惜しいと思ったが、すぐに体を離す。


 アイナちゃんからはとてもいい香りがしたし、体もとっても柔らかかった。

 これだけで数ヵ月はいろいろ妄想出来そうだと思う位素晴らしいものであった。


 邪な思いを抑えきれそうになかったので、口元を手で覆ってバレないようにした。


 にやついていた目元でバレたかもしれないけれど。


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