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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
春夏秋冬物語

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アイナとエメリヒ、愛の逃避行!?

47話の後位。

村を飛び出した二人のお話になります。

 村を出て、エメリヒの国に向かう。


 村から逃げるようにやって来て、我に返ったのは船に乗ってから。

 船室の個人部屋には二段ベッドがあり、縁には周囲を覆うカーテンも付いてあった。

 一人きりの空間は確保出来るけれど、二人一緒の部屋ということに変わりはない。


 暢気なことに、エメリヒは私に寝台の上段が良いか、下段がいいか聞いて来る。 


「そんなの、どっちでもいいわ」

「あ、はい、では、アイナちゃんは上の段をどうぞ」

「……」


 なんだろう。この、上の段の方がいいみたいな言い方は。

 聞いてみれば、兄弟で二段ベッドを使う際にいつも上の段を取り合っていたらしい。


「食事をしに行こうか」

「え!?」

「上の階に食堂があるから」

「……」


 朝から食欲がなかったのでなにも食べていなかった。

 今になって空腹を覚える。

 エメリヒの提案をありがたいと思いつつ、移動をした。


 異国料理が食べられるという食堂はたくさんの人でごった返している。


「……」


 品目の一覧を見てもよく分からなかった。エメリヒの国の言葉も、あまり読めない。祖父母が異国語を習うことを反対していたからだ。


 リツお兄ちゃんがこっそり教えてくれる時もあったけれど、なかなか家のことが忙しくって上達しないまま今に至る。

 会話は私の国の言葉とエメリヒの国の言葉の半々と言ったところか。

 私の為に猛勉強をしてくれたのだろう。

 けど、早くエメリヒの国の言葉を覚えたいので、どんどん異国語で話しかけてくれとお願いしている。


 品目表を見ても、単語が読めるだけでどういう料理なのかは分からない。

 先ほどからチラチラと見られているような気がして、早く部屋に帰りたいとも思ったので、エメリヒに任せることにした。


「アイナちゃん、なにを食べたい?」

「……別に、なんでも、いい」


 言ってから後悔をする。どうして可愛くない言い方をしてしまったのか。

 リツお兄ちゃんみたいににっこり笑いながらどういうものがあるか教えて欲しいとお願いが出来たらいいのにと思う。


「そうだなあ、なにがいいかな」

「……」


 エメリヒの返事を聞いて顔を上げることが出来た。


 良かった。私の態度に気分を悪くした様子じゃない。


 心の中で謝罪を繰り返す。


「結構癖がある料理があるから、う~ん」


 そう言いながらエメリヒは私の方に品目表を向けて料理の説明を始める。


「パンはあまり村で食べているものと変わらないかな。スープは……」


 なんでもいいと言ったのに、全ての品目を事細かに説明してくれた。

 私は『カルトッフェルズッペ』というジャガイモのスープと『シュニッツェル』という子牛のヒレ肉を揚げた料理を注文した。


 エメリヒは『ツヴィーベルズッペ』というタマネギのスープと『コック・オーヴァン』という鶏と赤ワインの煮込みを注文していた。


 注文した料理はすぐに運ばれてきた。机の中心には籠に入ったパンが置かれる。


 『カルトッフェルズッペ』はジャガイモを擦って潰したものと家畜の乳と香辛料をじっくり煮込んだスープ、だろうか? 濃厚な風味で舌触りはなめらか。パンに浸して食べたら美味しい。

 『シュニッツェル』は牛の背肉にパンを砕いて乾燥させたものをまぶして揚げたもの。

 レモンを掛けて、潰したふかしジャガイモと一緒に食べるものだと教えてくれる。

 ナイフを肉にあてたらすっと刃が入っていく。とても柔らかいお肉だと言うことがわかった。

 表面はサクサクで、中から肉汁がじゅわっと溢れる。レモン汁を掛けたお陰かさっぱりと食べることが出来た。


 異国料理は意外にも口に合った。


 帰りは売店に寄るとエメリヒが言う。


「なにか必要なものがあれば、どうぞ」

「……」


 食事代はエメリヒが払ってくれた。自分で食べた分は払おうと思っていたのに財布を部屋に忘れていたのだ。


「アイナちゃん、チョコレート食べる?」

「いらない」

「飴は?」

「いらないったら」

「……わかった」


 また、やってしまった。

 私はどうしてこう、可愛くない言い方をしてしまうのか。

 会計に行くエメリヒの後ろ姿を見ていると居た堪れなくなる。


 もっと、リツお兄ちゃんみたいに愛想良い対応が出来たらいいのに。

 急に話し掛けられて、出て来る言葉はキツイものばかりだ。


「帰ろうか」

「……」


 紙袋を抱えるエメリヒの後を歩いて部屋に帰った。


 ◇◇◇


 部屋に入ればエメリヒがジュースやお菓子を手渡してくる。


「え、これ、なんで!?」

「少ししたら、一緒に食べよう」

「……う、うん」


 エメリヒはどうしても食べたかったと笑いながら言う。


 それから後の時間は異国語の勉強に充てた。

 わからないことがあれば、エメリヒが教えてくれる。


 二日間の船旅はあっという間だった。


 港町では朝食を市場で買って食べる。


 食事をしながら、今後の予定について話し合った。


 エメリヒの家があるのはこの国の首都らしい。

 民族衣装では目立つからと、市場でワンピースと外套を買ってくれた。

 店員の好意で店の奥で着替えさせて貰う。


 買ったワンピースの裾や袖にはひらひらとした花模様などが編まれた透かしの布が当てられていた。スカートは村の民族衣装とは違って軽い。胸元や腰回りにもリボンがたくさん付いていて可愛い。

 外套はもこもことした起毛素材で作られたもの。故郷に比べたらこの辺の寒さなどなんてことも無かったが、エメリヒが風邪を引くかもしれないと言ったから買った。

 服も自分で払おうと思ったのに、エメリヒが支払ってくれた。なんだか悪いなと思ってしまう。


「髪型も可愛くしてあげるわ」

「え?」

「三つ編みのおさげなんて野暮ったいでしょう?」

「……」


 三つ編みは村を守る精霊の信仰の証。

 優しそうな店員だ。断ることも出来るだろう。

 だけど、ここは私の故郷ではない。


「……お願い、します」

「任せてちょうだい!」


 三つ編み以外の髪型なんてしたことがない。少しだけどきどきする。


 髪を左右に分けて頭のてっぺんから裏編み込みをする。おさげの三つ編みはいつもと同じなのに、垂れていない髪まで編む髪型は新鮮に見えた。

 ここで終わりかと思えばそうではないらしい。

 三つ編みを下の毛から軽くほぐして立体感を出し、後頭部にくるりと巻きつけてなにかを挿して固定する。


「はい、完成」

「!」


 ――すごい! なんか大人っぽい感じ!


 体の全身が映る鏡の前で姿を確認した。

 なんだか信じられない。違う人みたいに見える。


「さあさ、いつまでももじもじしていないで、旦那様にも見せてあげなきゃ」

「!?」


 夫じゃないと言おうとしたが、背中をぐいぐいと押される。

 文句を言おうとしたが、残念ながら異国語でどういう風に言えばいいのか分からなかった。


 最後にどん! と押されてつんのめるようにして店に戻されてしまう。


「あ!」


 慣れていない踵のある長靴を履いていたので、均衡を崩しそうになった。


 倒れる! と思った瞬間にエメリヒが来て体を受け止めてくれた。


「だ、大丈夫」

「……平気」


 平気とかじゃなくて!


 どうして「Vielendank(どうもありがとう)」という短い言葉が言えないのか。


「……?」


 いつまで経ってもエメリヒが私の肩から手を離さないので、恐る恐ると顔を上げる。


「!」


 目が合えば、不自然な瞬きを繰り返すエメリヒ。


「だ、大丈夫?」


 ……というか、怒っている?


 そう聞こうとすれば、向こうが先に話しかけてくる。


「アイナちゃん、とても、綺麗」

「え?」

「よく、似合っている」

「!」


 どうやら、エメリヒは私に見惚れていたためにおかしな行動を取っていたらしい。


 そうだとわかれば恥ずかしくなって、身を捩って距離を取ってしまう。


「早く、出ましょう」

「……はい」


 良くしてくれた店員に頭を下げ、私達は店を出る。


 首都行きの馬車が来ていたので乗り込み、長い移動を時間経てエメリヒの住む街へと辿り着いた。


「少し、窮屈かもしれないけれど」

「……ええ」


 彼の住みかは三階建ての賃貸住宅の一室。

 居間と寝室、台所に風呂場、洗面所と、一人暮らし用の部屋だった。


「寝室はアイナちゃんが使っていいから」

「あなたは?」

「居間の長椅子で大丈夫」

「……」


 多分、私が長椅子でいいと言っても聞きそうにないので、好意に甘えることにした。

 旅をするなかでわかったことだけど、エメリヒはぽややんとしていても、案外頑固だ。

 そして、女性優先の態度を絶対に崩そうとしない。


「これから、仕事が忙しくなるから、あまり帰って来られないと思う」

「……そう」

「お手伝いさんを雇おうか?」

「必要ないわ」

「で、でも」

「私、これでも何でも出来るの」


 お掃除も炊事も針仕事だって出来る。

 人を雇ったらエメリヒの家計に負担が掛かるし、他人が家に居るというのも落ち着かないと思ったので断った。


「じゃあ、なにか困ったことがあったら、一階の家主さんに頼って。アイナちゃんのこと、お願いをしておくから」

「……わかったわ」


 こうして、エメリヒと私の生活が始まった。


 ◇◇◇


 共同生活が始まる最初の日に言ったように、エメリヒはほとんど家に帰って来なかった。

 その間、外に買い物に行ってみたり、公園をぶらついたりと頑張って家から出るようにしていた。


 でも、一回だけ怖い目に遭った。

 市場から帰って来る道で知らない若い男の人に声を掛けられたのだ。

 早口で捲し立てられる異国語だったので、全く言葉を理解出来ない状況だった。


「いいから遊びに付き合え!」という言葉だけ聞き取れた。


 怖い。

 背はエメリヒより大きくないのに、威圧感があった。


 首を横に振って嫌だという意思を伝えたが、途中で腕を取られてしまったので、片手に持っている籠を思いっきり振って肩にぶつける。


 相手はびっくりして手を放した。


 私は一心不乱になって走る。


 だが、相手もしつこく追いかけて来ていた。背後から聞こえる怒声に慄く。


 足は速い方だと思っていたが、長靴のせいで上手く走れない。


 恐ろしくって涙が溢れて来る。


 もうすぐ家だったが、籠の底に家の鍵を入れていることを思い出して、更に泣けてきた。

 男にぶつけた籠や買って来た品物を拾う暇は無かったのだ。


 あと少しで家に着く。

 家主さんは家に居るだろうか。

 どうか、助けて下さいと祈りながら走る。


「――!!」


 私は、目の前の光景に自分の目を疑った。


 偶然、玄関先にエメリヒが居たのだ。


「あれ? アイナちゃん」


 私はエメリヒの腕の中に飛び込んでぎゅっと体に抱きつく。


「えっ、どうし――!」


 私の後を追って来ていた男が、エメリヒと対面する。


『なんだ、虫付きの女だったのかよ』

『お前は誰だ?』


 なにか会話をしているようだけど、エメリヒも早口で喋っているので聞き取れなかった。


『その女、俺に籠をぶつけて来たんだよ。話があるから貸してくれ』

『それは出来ない』

『ほう?』


 ――怖い。


 私は知らないうちに取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか?


 ガタガタと震える肩を、エメリヒが優しく撫でてくれる。


「まあ、どうしたのですか?」


 騒ぎを聞きつけた家主さんが出て来た。

 エメリヒは私の体を引き離し、家主さんに家に中に連れて行くようにお願いしてくれた。


 家主さんに事情を説明すれば、私は悪くないと言ってくれた。


「大丈夫ですよ。ダーヴィットさんがなんとかしてくれます」


 大丈夫と言われても、私がなにを言ってもへらへらしているエメリヒが心配だった。

 もしも、怪我でもして居たらと考えたら、肩の震えが治まらなかった。

 考えていることが顔に出ていたからか、家主さんは言葉を付け加える。


「あの人は軍人です。荒事には慣れていますよ」

「!」


 家主さんの言った通り、エメリヒは何食わぬ顔で戻って来た。


「家主さん、外で騒ぎを起こしてしまってすみませんでした」

「いいえ、構いませんよ。ただ、最近は移民を受け入れているので、治安も悪くなっています。若い娘の一人歩きはお勧めしませんね」

「はい。そうですね」


 私が悪いのに、エメリヒが家主さんに怒られてしまった。

 治安が悪くなっているから、という話はこの国に来た日に聞いていたのだ。買い物も御用聞きに任せるように言われていた。 


 背中を丸めた状態で家に帰る。

 今日はエメリヒが帰って来ると事前に聞いていたので、ご馳走を作ろうと思っていたのに、材料も落として来てしまった。


 今度こそ謝らなきゃ。

 そう思って息を吸い込んだのに、先に言葉を発したのはエメリヒだった。


「アイナちゃん、良かった、無事で」

「!」


 エメリヒは私の手を握ってその場にしゃがみ込んだ。

 それから何故か彼がごめんと呟く。


「ど、どうして? 悪いのは、言うことを聞かないで勝手なことをした私なのに」


 エメリヒはやんわり違うと言って、黙りこんでしまった。


「――あ」


 エメリヒの旋毛を眺めながめていたらふと思い出す。


「ど、どうしたの?」

「家の鍵、籠と一緒に道端に落して来ちゃった! 取りに行かなくちゃ!」


 そう言えば、エメリヒが拾いに行くと言う。


「で、でも」

「いいから、家で待っていて」

「……」


 言い出したら聞かないので、任せることにした。


 エメリヒが出掛けている間、食事の準備をする。


 とは言っても、家にあるのはジャガイモなどの根菜類とパン、燻製肉といくつかの缶詰だけだった。


 台所においてある籠の中にはジャガイモが種類ごとに分けて入れてある。

 この国には大きく分けて三種類のジャガイモがあると言われている。


 一つ目は『フェスト・コッヘンデ・カルトッフィルン』という煮崩れしない品種。

 これはふかしたり、炒め物をする時に使う。

 二つ目は『フォアヴィーゲント・フェスト・コッヘンデ・カルトッフィルン』という煮崩れしにくい品種。ほどほどの食感を楽しみたい時に使われる。

 最後は『メーリッヒ・フェスト・コッヘンデ・カルトッフィルン』という煮崩れしやすい品種。スープなどに入れたらどろっとした仕上がりになる。


 最初に市場に行った時は、たくさんのジャガイモの種類があって驚いてしまった。


 煮崩れするジャガイモを使ってスープを作る。燻製肉とニンジン、香辛料を入れてぐつぐつ煮込む。

 煮崩れしないジャガイモに切り目を入れて、窯の中で焼く。

 その間に作るのはホワイトソース。

 牛乳と小麦粉を炒めて、香辛料で味を調える。少し硬めに作った。最後に刻んだ燻製肉とキノコのオイル漬けと混ぜ合わせた。

 ほくほくに焼き上がったジャガイモの十字の切り目にホワイトソースを掛けて、上から粉末のチーズをたっぷり振ってからもう一度加熱をする。チーズに焼き目が付いたら完成。

 材料を入れて火の上で放置していたスープも完成したようだ。


 ちょうどエメリヒも帰って来る。


「アイナちゃん、鍵と買い物したものあったよ」

「!」


 布物屋の親切な店員が拾い集めてくれていたらしい。

 鍵も無事に見つかったので、ホッと安堵する。


「あ、ありがと」

「うん。あってよかったね」


 エメリヒはいつものへらへら顔に戻っていた。


 食事が出来ていると言えば、嬉しそうにしてくれる。

 家にあるもので作った質素な食事だったが、エメリヒは美味しいと言いながら食べてくれた。


 ◇◇◇


 異国暮らしは始まったばかりであったが、充実して毎日を送っている。


 エメリヒに対しても、頑張って素直な態度で接することが出来たらいいなと思った。


 アイナとエメリヒ、愛の逃避行!? 終


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