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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
春夏秋冬物語

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九人の兄による、ジークリンデ観察日記

 Okt.03 Albert


 ジークが嫁ぎ先から帰って来ると聞いた時、家族は悲痛な空気に包まれた。


 ――ついに、妹が返品される時が来た、と。


 知らせが届いた時、父は市場へ売られて行く家畜のような顔で牧場に出掛けてしまった。

 母は今度こそ淑女教育をすると言って張り切ってドレスを数着注文する。きっと辺境暮らしで屈強な体になっているに違いないと、大きめの寸法で頼んでいた。もう手遅れだという突っ込みは誰も出来ない。

 私はしばらくしたら寄宿学校の長期休暇で帰って来る息子・クラウスにジークをからかって遊ばないようにと注意喚起の手紙を送った。


 それにしても、妹に何と声を掛けていいものか。


 屋敷の中は喪に服すような空気に包まれていた。


 Nov. 01 Daniel


 遂に、ジークリンデが帰って来た。

 妹夫婦が滞在する間は仕事を休みなく入れようとしていたが、兄に「怖いから居てくれ!!」と涙目でお願いされたので、仕方なくジークリンデが嫁ぎ先から返される儀式に嫌々参加をすることになった。


 返品されて荒ぶったジークを誰が諌めるかの相談も行った。

 兄弟の誰もが無理だと首を振る。


 話し合いは夜が明けるまで行われた。


 結果――、とりあえず、肉でも食わせておこう。


 それが、皆で真剣に話し合って出した答えだった。

 金を出し合って父の牧場の牛を一頭買い取ることに決める。


 ――ジークリンデよ。心配はいらない。夫には捨てられたが、お前には肉がある!!


 一頭の牛が妹のささくれた心を癒してくれるだろう。


 それから傷心のジークを温かく迎えようと、優しい眼差しの練習もしておいた。


 Nov.12 Diederich


 ついに、ジークリンデが訪れる日となる。

 幼い娘たちにはとても叔母が帰って来ることなど言えなかった。

 エーデルガルドもアーデルトラウトもジークによく懐いていたが、豹変した叔母の姿を見て衝撃を受けないか心配してしまう。


 もう、残された時間は神に祈るしかない。


 ――神よ、どうか荒ぶったジークリンデをお鎮め下さい。


 朝食の席は皆緊張で顔が強張っていた。

 繊細なエーデルガルドは周囲の暗い空気に中てられてしまったのか、食が進んでいないようだ。

 いい意味で鈍感なアーデルトラウトはパンにたっぷりジャムを塗って美味しそうに頬張っている。


 皆、無邪気なアーデルトラウトを清涼剤にして、今日という一日をどうにか乗り越えようとしていた。


 Nov.12 Eugen


  使用人よりジークリンデが帰って来たという知らせを受ける。

 もしかして一人で帰って来たのでは!? と思っていたが、旦那も一緒らしい。

 とりあえず、事情を説明する場で乱闘騒ぎにはならないとわかったのでホッしてしまう。


 そういえばと、ジークの結婚相手はどんな人物なのかと思って兄に聞いてみたが、父と母しか会っていないから知らないとのこと。


 父はジークの旦那のことをとても優しそうでふわふわとした好青年だと言っていた。

 おっとりした性格なのかと聞けば、そうではないと言う。

 ふわふわとしたというのは見た目の話らしい。よくわからない。

 異国の伯爵でもある旦那は一体何者なのか。

 しかも、彼がジークに一目惚れをして求婚をしたという。

 常に鋭い眼光を放っていたジークのどこを気に入ったのか。謎過ぎる。

 勢いよく扉が開かれたので、兄弟揃って肩を震わせてしまった。

 荒ぶるジークリンデが憂さ晴らしに来たのかと思えば、部屋に入って来たのは一番上の兄の子供・クラウスだった。


 クラウスはジークリンデが帰って来たと知らせに来たらしい。

 皆で客間に行こうと誘いに来たが、まだ心の準備が出来ていないと首を激しく横に振った。

 結局クラウスは一人で客間へ行くことになる。長兄が要らぬことは言わないようにと重ね重ね注意をしていたが、あの子は聞かないだろう。


 命知らずなクラウスを、切ない気持ちで見送った。


 Nov.12 Florenz


  勢いよく出て行ったクラウスは恐ろしいものを見たような顔で帰って来た。


 ――だから、言わんこっちゃない。


 部屋に居た誰もがそんな風に考えていた。

 クラウスは食事の時間だから客間へ行くようにと告げる。


 ついに、この時が来たかと、長兄が重たい一言を呟いた。


 食事は子供抜きでするという。

 相手は最高潮に荒ぶったジークリンデだ。十八歳以下はお断りになるのも無理はない。


 客間に移動する前、誰が先頭を歩くかでモメた。

 くじを作って、一番から四番までの数字を書いてその通りに一列に並んで移動した。


 先頭を歩くのは一番を引き当てた長兄、アルベルト。

 部屋に辿り着けば、扉の前で「ジークリンデか!?」驚きの声を上げていた。


 異国の地で屈強な戦士になった妹の姿を見ようと、兄弟揃って部屋の中を覗き込む。


 ――んん??


 椅子に座っているご婦人が、ジークリンデ!?


 髪が伸び、ふっくらと肉付きの良くなったジークは別人のようだった。

 ドレス姿も奇跡的に似合っている。


 そして、自分たちは盛大な勘違いをしていることが分かった。

 ジークは単に実家に遊びに来ていただけだったらしい。


 家族は皆、ぎこちない態度で帰って来たジークとその夫を迎えていた。


 妹を見れば一目で分かる。異国の地で大切にされていたのだろうと。


 初めて見るジークの旦那リツハルドは、父や母が言っていたようにふわふわとした雪のような印象の青年であった。

 愛想良くにこにこと話し掛けて来る。


 彼を見ていると、なるほどと納得をした。

 これほど人懐こい人物ならば、ジークと仲良くなるのも早かったのだろうと。


 父が食事にしようと言う。


 卓上にはたくさんの肉料理が用意されていた。

 全てジークの好物である。


 しかしながら、ジークの食は進まない。

 途中、メインの肉料理を目の前に出された瞬間に口元を押さえて部屋から去って行った。


 一体何事かとざわつく家族たち。


 すかさずリツハルドが「悪阻です」と言った。


 なんとまあ、驚いたことにジークは妊娠していたのだ。


 夫婦仲は良好なようでなにより。


 Nov.15 Georg


 実家に帰省している兄から面白いものが見られるから帰って来いと言われたので実家に寄ることにした。


 一体なにが面白いのかと聞いても兄たちは答えてくれない。


 居間に行けばわかると言うので移動をする。

 扉を開いて中に入れば、初めて見る赤毛の女性が居た。


 親戚の娘か? と思ったがその人物は久しいなと親しげに声を掛けて来る。


 一度会ったことがあったかと首を捻っていれば、信じられない事実が発覚する。


 目の前の娘はジークリンデだった。


 正直驚いた。

 色々と変わりすぎだろう。

 こんなに女っぽくなるなんて、異国の地でなにがあったのか。

 単純に考えて旦那に可愛がって貰ったのだろうとは思ったが、これほどとは。


 しかも、今まで装飾品を身に着けた姿など見たことがなかったが、ジークの耳には宝石飾りが輝いていた。

 聞けば、旦那からの贈り物だという。


 正直によく似合っていると言えば、照れたように笑うジークリンデ。


 妹を更生の道に導いてくれた旦那に会ってお礼を言いたかったが、現在国に帰っているという。


 冗談で「もしかして、捨てられたとか?」と言えば、今まで見たこともないほどの怖い顔で睨まれてしまった。


 ――旦那よ、早くジークを持って帰ってくれ。


 額に汗を掻きながら、そんな風に願ってしまった。


 Dez.13 Heino


 少し前からジークが実家に帰ってきているという知らせが届く。


 兄たちの阿鼻叫喚な様子を知らせる不幸の手紙が週に一度送られてきていた。

 なんでも、ジークの妊娠が発覚して実家で療養することになり、異国の領主である旦那は一時的に帰国をしているという。


 旦那が居なくて情緒不安定なジークに振り回されていると書かれていたが、どうせ兄たちが仕様もないことでからかったり、要らぬ言葉を掛けたりしていることは分かっていた。

 怒りっぽいジークに絡むなんて兄たちも物好きだと思った。


 自分に出来ることといったら多くはない。


 実家を思いながら、遠く離れた地で手と手を合わせる。


 ――リツハルド殿よ、どうか早く帰って来て、荒ぶるジークリンデを鎮めたまえ、と。


 数日後にリツハルド殿が戻って来たという知らせを受けてホッとすることになる。

 実家にもようやく平和が訪れたようだ。


 Dez.21 Ewald


 ジークリンデの変化にはたいそう驚いた。

 大人しく誰かの妻となる妹の姿を全く想像出来なかったが、いざ目の前に座るジークは貞淑な妻、といった感じだ。


 リツハルドさんの手腕には驚くばかりだった。


 Jan.15 Johann


 久々に家に帰ってみれば、庭で座り込む女性の姿があって首を傾げる。

 あの娘は一体誰なのか。

 花とリボンのあしらわれた帽子を被り、真冬にしては薄着にも見える姿で花壇に積もる雪を除けるような作業をしていた。

 俯いた表情は儚げで、雪景色に溶け込むような容貌をしていた。


 ちょっと気になったので声を掛ける。

 「お嬢さん、そのような薄着では風邪を引いてしまいますよ」と上着を手渡しながら言った。


 座り込んでいた人物はぱっと顔を上げて可憐な微笑みを見せてくれた。

 それから、「大丈夫ですよ!」という言葉が返って来る。


 その言葉に驚いてしまった。


 何故かと言えば、その声が男性のものだったからだ。


 妖精のような容貌の人物は、ジークリンデの夫だった。

 何故、女性ものの帽子を被っているのかと聞けば、母がジークの為に買った帽子だが、娘に使わないと言われてしまったのでどうかと勧められたらしい。


 ――あの、そういうのは断ってもいいんだよ。


 素直そうな義弟に教えてあげた。


 ◇◇◇


 一年の間でジークは驚くほどの変化を遂げていた。

 女性とは誰もが花のように綻ぶ可能性を秘めていると、父がらしくないことを言う。


 だが、今回ばかりはその言葉に頷くしかなかった。


7月6日に『アイナとエメリヒ、愛の逃避行!?』というお話を更新します。

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