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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
リクエスト話

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妖精の村で 後編

 朝、目が覚めれば枕元に鮮やかな青い服が置かれていた。

 リツハルド君が用意してくれたものだろうか。

 夏なのに家畜の毛で作った上着を着ることに驚いたが、布団を剥いでみれば周囲はひやりとしていた。


 なるほどなあ、と思いながら用意してくれていた服を着させて頂く。


 袖を通した民族衣装は明るい青の生地に、赤を基調とした刺繍入りの幅の狭いリボンのようなものが袖口や襟周り、裾周りなど幾重にも縫い付けられていた。一見して青と赤の派手な装いのように見えるが、いざ着てみれば不思議と気になるものでもない。纏まりのある意匠だ。

 腰までの上着を動物の皮を加工して作ったように見えるベルトで巻く。ズボンは黒く、動きやすい素材をしていた。


 洗面所で身支度を整えれば、食堂兼居間に向かう。


「ほれ、曾お祖父様、と言ってみろ」

「ひい、じい」

「おお、いいぞ! ひい、おじい、さま、だ」

「ひい、じじ、さま」

「て、天才か!?」


 食堂の外にまでリューネブルグさんとアルノーが楽しそうにしている会話が聞こえてきた。このまま中に入って二人の蜜月を邪魔していいものかと迷っていたら、背後より声を掛けられる。


「あれ、お義父さん」

「あ、おはよう。リツハルド君」

「おはようございます! 民族衣装コルト、よく似合っています。寸法は大丈夫でしたか?」

「ああ、ありがとう。着丈もぴったりだったよ」


 軽く会話を交わした後で食堂の扉を開き、先に入るように勧めてくれた。リューネブルグさんに心の中で謝りつつも、お邪魔をさせて頂く。


「おはようございます、リューネブルグさん」

「うむ」

「アルノーも、おはよう」


 リューネブルグさんは何事もなかったかのようにキリリとした顔でアルノーを膝に抱いて座っていた。リツハルド君はそんな二人の傍に近づいて挨拶をする。


 まず、はじめに食卓に出されたのは、籠に山盛りになっているプッラという丸くて小さいパン。プッラはこの国の言葉で甘いパンを示す言葉だと言う。各家庭によって味が違うらしい。

 スープは豆を潰して家畜の乳と煮込んだもの。アルノーはこれにパンを浸して食べるという。

 そして、中心となる料理はトナカイ肉の香草焼き。まさか朝から肉の塊を出されるとは思っていなかったので、びっくりしてしまう。

 しかしながら、トナカイ肉というものは案外あっさりしている。クセも少なく、ベリーで作ったソースを載せれば、また違う味わいがあった。

 昨晩の夕食に出てきたトナカイは煮込みだったが、個人的にはこちらの方が好みだということが発覚した。


 客人が来ている時でもリツハルド君達は働きに出かけるらしい。毎日この調子だというので、本当に感心な若者だと思ってしまう。


 狩猟に出かけるかと思いきや、夏の間は禁猟だと言っていた。春に生まれたばかりの個体を冬に向けて育てる期間だというのは祖国と変わらないみたいだ。


 これから一日をどう過ごそうか、と考えていれば、娘より仕事の指示が入る。


「父上も手伝ってはくれないだろうか?」

「ジーク、お義父さんにはゆっくりして貰おうよ」

「いや、構わないよ」


 何でも明日、村で初めての祭りを開催するという。


「へえ、祭りを?」

「はい。父が計画をしていたみたいで」


 オーロラが出ない夏季にも観光客を呼ぶ為に村人総出で屋台を開いたり、伝統工芸をお買い得な値段で販売したりする。

 宿泊を予約している客はあまり集まらなかったらしいが、港町でも宣伝をしているので当日はそれなりに人が集まるのでは、と想定しているらしい。


「それで、何を売るんだい?」

「香草で味付けをした鳥の丸焼きを細かく刻んでから、小麦粉で作った薄い皮で包むものを売ろうと思っていまして」

「へえ、美味しそうだね」


 他の村人たちはトナカイの串焼きだったり、季節のベリータルトだったりと元手が余り掛からないものを作って売ろうとしているので、リツハルド君達は変わったものを売ろうと考えたと話す。


 頼まれた仕事は鶏肉の解体作業。

 捌いたものをリツハルド君は慣れた手つきで洗い、塩と香草を擦り込んでいた。


 翌日、お祭りの当日となった村は朝から賑わっている。


 普段はひっそりとしているらしい子供たちが遊ぶ広場も客で溢れ返っていた。周辺は調理中の香ばしい肉や魚の焼ける匂いが風に乗ってやって来る。


 そして、我らが屋台はテオポロン氏が豪快に肉を焼いている。

 大きな炎で肉を焼き、熊の被り物を纏っている調理をしているテオポロン氏と、少し離れた場所で腕を組んで見守っているリューネブルグさんも熊の毛皮を被っていたので、とにかく会場の中で目立っていた。


 二人とも火の前で熊の毛皮を被って熱くないのかなと思ったが、真剣な顔をしているので指摘出来る空気でもなかった。


 熊二頭はなるべく視界に入れないようにして、屋台前方に注目してみる。


 リツハルド君のお母さんが慣れた手つきで小麦粉の皮を薄い鉄板で作り、テオポロン氏の奥さんと娘さんが焼き上がった鶏肉をばらして刻んだり、完成した皮に巻いていたり、紙に包んだりする。

 連携の取れた動きは職人のようにも思えたが、彼らの本職ではないので驚くばかりだ。


 それに加えて、客寄せが上手いリツハルド君のおかげで鶏肉の包み焼きは飛ぶように売れている。


 ちなみに娘は村の婦人会のようなものの集まりの屋台の手伝いをしているらしい。

 ベリーで作ったジャムの販売をしているという。


 私はと言えば、アルノーを抱いてあやすという重要なお仕事を言いつけられていた。


 用意していた鶏は午前中で完売をしてしまったようだ。

 午後からは自由時間だとリツハルド君から言い渡される。


 これからどうしようかと思ったが、リツハルド君が一緒に昼食を買いに行こうというので、行動を共にすることにした。

 人込みの中に入って行くので、アルノーはリューネブルグさんに預けることにする。


「あ、港のパン屋さんだ」


 歩き出して第一歩で食いついたのは、なんてことのない普通のパン屋。

 『コルヴァプースティ』という独特な甘い匂いがする香辛料がたっぷり入った渦巻きパンで、皆の好物だと言ってたくさん購入をしていた。


 トナカイの炙り焼きに、魚の串焼き、揚げたジャガイモ、甘辛いタレが絡んだ肉団子に輸入ものの果物を数種類。

 両手に抱えるほどの食べ物を持ち帰って本拠地へと戻る。


 帰って来れば婦人会の仕事から解放されたジークが居た。

 飲み物と鍋にスープを買って来ていた。

 家族も全員揃ったので、昼食の時間となる。


「お義父さん、疲れていませんか?」

「異国の祭りは面白いなあって、楽しんでいるよ」

「だったら良かったです」


 まったく腸詰めが売っていない屋台を回るのも不思議な気分だった。あと、麦酒もほとんど見かけない。聞けば、この村では甘みのある果実酒作りが盛んだという。


 買って来た料理はどれも美味しかった。

 ジークが早く村に帰りたいと言っていたもの分かる気がする。


 圧倒されるような緑は優しい色で村を包み込んでいた。

 祖国とは違う夏の景色を前に飲む酒は素晴らしく美味である。


「リツハルドよ。また冬になれば遊びに来るのか?」

「そう思っていたのですが」

「なんだ?」


 リツハルド君はジークの顔を見る。


「まだ、はっきりとそうと言える段階ではないのですが」

「お、おお!」

「ジーク、それは!?」


 まさかの二人目の懐妊を、この場で発表してくれた。

 酒好きなのに全く手を付けずに果実汁ばかり飲んでいたので、先ほどからどうしたものかと気になっていたのだ。


「なんというめでたいことなのか!」


 リューネブルグさんは誰よりも喜び、アルノーに向かって弟か妹が出来るということを話しながら嬉しそうにしていた。


 祭りの二日目、リューネブルグさんは嬉しさのあまり村人たちに酒を振る舞っていた。


 ジークとリツハルド君の間に子供が出来たことは伏せていたので、謎の羽振りの良い老人が出没して居たという噂が広がっていたと、後日リツハルド君から来た手紙を読んで笑ってしまった。


 最後に、お願いがあるという言葉が綴られていた。

 一体何かと思えば、生まれて来る子供の名前を決めて欲しいということだった。


 名付け親になってくれと言われることを想定していなかったので、何ヵ月も悩んでしまう。


 最終的には異国語で『勝利を掴むもの』という意味があるヴェロニカ、という名前を贈った。


 妻から男の子だったらどうするの? と指摘を受けたが、なんとなく次は女の子だろうという自信があった。


 数ヵ月後、ジークが元気な女の赤ちゃんを産んだという知らせが届く。


 ヴェロニカの誕生に、家族の誰もが心を躍らせていた。


 再び数ヵ月後に、夏の季節となった村に孫娘二人を連れて訪問することになるが、またそれは別の話である。


 リクエスト話 完。


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