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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
二章『北欧貴族と猛禽妻の新婚旅行編』

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おまけ アルノー・サロネン・レヴォントレットの活動報告

本編より十数年後の話となります。

 辺境の村の朝は日の出よりも早く始まる。


 犬やトナカイの小屋を掃除して、餌を与えた。薪の残量を確認して、少なくなっていたので斧で割って在庫を作る。


 そうこうしているうちに、背後から声を掛けられた。


「お兄ちゃん、朝食の時間だって~」


 振り向いた先に居たのは二つ年下の妹、ヴェロニカ。気配無く現れたので少しだけ驚いてしまう。


「どうした?」

「それが~」


 何だか困っているかのような表情で居たので問い質せば、弟、ウルリヒを起こすのに失敗をしたとのこと。また祖父の書斎に入り浸って夜更かしでもしていたのかもしれない。


 家の中へ入り、まっすぐに向かうのは食堂ではなく、ウルリヒの部屋。

 布団を頭から被っていたので一気に剥ぎ上げ、丸くなって眠っている弟の体を激しく揺さ振り起こす。


「ウルリヒ、いい加減に起きろ!」

「う~ん」


 朝に弱く、寝起きが悪いのは父親似だ。意識のはっきりとしないウルリヒとの戦いは、最終的に枕を奪えばはっきりと勝敗が決まる。


「顔を洗ってさっぱりしてから食堂に来るんだ」

「……分かった」


 ウルリヒを洗面台の前まで連れて行き、歯を磨くブラシに祖母特製の辛い香草の粉をしっかり含ませてから手渡す。これで目も覚めるはずだ。


 これで一安心だと思ったのに近くの部屋でドーンという、大きな物音が聞こえた。


「クリムヒルデか!?」


 音の聞こえた方向は妹、クリムヒルデの部屋から。嫌な予感しかしなかったが、聞こえなかった振りも出来ないので、そちらへと向かう。


「リム、入るぞ!」


 一応女性の部屋なので、扉を叩いてから入る。七歳と言えど一人前の淑女なのだ。


「わ、わあ! お兄ちゃん、おはよ~。今日も早いねえ~……」

「……」


 すぐ目の前に飛び込んできたのは大きく裂けたレースのカーテンと、上手い具合にクッションの上に着地しましたとばかりに倒れこんでいる妹。


「おい、一体どうしてこんなことに!?」

「えっと~。カーテンにぶら下がって遊んでいたらこんな風に」

「馬鹿か!」


 クリムヒルデはどうしてか、女の子なのに弟や妹の中で一番活発でやんちゃ者だ。どうしてこうなったのかと頭を悩ませてしまう。


 ちなみにウルリヒとクリムヒルデは双子の兄妹だが、静と動にしっかり分かれている不思議な存在でもあった。


「お兄ちゃん、お願いがあるの!」

「断わる!」

「え、う、嘘、冗談よね!?」

「今回は謝るんだ」

「いや~ん! 嘘って言って~~」


 この前は木登りをしていてスカートを引っ掛けて穴を開けてしまったこともあった。母に怒られると大泣きをして大変だったので、今回限りだとスカートと同色の布を当ててこっそりと修復をしたことがあったが、流石にレース製品を上手く繕う自信は無かったのでお断りをさせて貰った。


「酷い~」

「酷くない。自業自得だろう」

「だったとしても~、そんな怖い顔で言わなくてもいいじゃん~」

「怖い顔は生まれつきだ!!」


 このまま妹の駄々に付き合っていたら埒が明かない。


 体を打ち付けて動けないと言うクリムヒルデを持ち上げて母親の元まで運ぶ。先ほど床でジタバタしていたので、怪我をしていないことは確認済みだった。


 妹を母に押し付けてから、やっと食堂に向かう事が出来た。


「アルノー、おはよう」

「おはよう、父さん」


 先に食堂に来て座っていた父は眠そうな目を瞬かせながら立ち上がり、こちらへとやって来て頬にキスをする。これは毎日の挨拶であったが、最近は少しだけ恥かしくなってしまった。


 拒否したら父が悲しそうな顔をするので、大人しくされるがままになっている。


 それからしばらくもしないうちにゾロゾロと家族が食堂へ集まって来た。最後に母に抱っこされた状態でやって来たのは末っ子のエレンフリートと半泣き状態のクリムヒルデ。妹はこってり絞られたようだ。やんちゃもほどほどにしないと、遊んでいる最中に怪我をしたら大変だ。それに女の子だから、もう少しお淑やかになって欲しいと思っている。


 全員が揃ったら、ミルポロンが皿にスープを注いでくれた。

 皿に満たされるのはキャベツとトナカイ肉のスープ。夏に塩漬けにしておいたキャベツとじっくり柔らかに煮込まれた特製のスープは皆の好物だ。

 薄く切り分けられた黒麦パンの上にはニシンの酢漬けを置いて齧り付く。香草の爽やかな風味と魚の身に染み込んでいる酸味がパンと良く合っていた。


 スープの皿が空けばミルポロンがお代わりを注いでくれる。お礼を言ってから受け取った。


「ねえ、ミルちゃん、本当に、体は大丈夫なの~?」

「はい、もう、すっかり元気です」

「そう。でも、無理しないでねえ」

「ありがとうございます」


 祖母はミルポロンを不安そうな表情で見上げながら話す。


 ミルポロンは三ヶ月前に出産をしたばかりなのに、数日前から働くと言って復帰して来た。良く働く姿を見ながら、しきりに大丈夫なのかと皆で心配している。子供は家でルルポロンが面倒を見ているらしい。テオポロンは産まれて来た子供を一人前の戦士にするとか言って張り切っている模様。あそこはいつ行っても、普段は気が強いはずの婿の態度が家では小さくなっているので、可哀想なんだか、面白いんだか、訳の分からない状態となっている。


 朝食が終われば各々行動を始めた。

 祖母はミルポロンと家事をして、ヴェロニカとウルリヒとクリムヒルデは祖父に勉強を教わる時間となる。自分は母親と狩猟に出かける。

 父はエレンフリートと留守番。まあ、お留守番と言っても家ですることがある。


「それ~!」


 エレンフリートはトナカイの角を模した木に向かって、先端に輪がある縄を投げつける。

 これはこの村の子供が一番初めに教わる仕事の一つ。これが出来ないとトナカイを上手く操れないので、大切な技術の一つとされている。


 ここで意外なのが父親。


「エレン! それじゃあトナカイさんに届かないから! もっと大きく縄を振って!」

「むうううう! えい~!」


 父は普段はふわふわとしているが、物事を教えるとなればたちまち厳しくなってしまう。普段猫かわいがりをしている三歳のエレンフリートにも容赦なしだ。

 訓練が始まれば甘えん坊のエレンフリートは大泣きして「お父さんが怖いからやりたくない!」と言い出すのではと予想していたが、意外にも負けず嫌いだったようで、涙目にはなるものの毎日頑張っているようである。


 少しでも上達すれば父や母、祖父母に褒めてもらえるので、顔付きも真剣そのものだ。


 父と弟の熱血投げ輪教室を眺めていれば犬を引き連れ、銃を背負った母がやって来る。

 庭先でお留守番をする二人の見送りを受けながら、森へと向かう。


 途中、母が商店に立ち寄ると言うので、外で待機をする。

 時間を持て余していると、斜め前にある店の扉が開いたのに気付いた。中から出てきたのは自分よりも三つ年下の少女。小物・衣装屋を営んでいるアイナさんの家の娘アイリだ。 


 興奮した犬がアイリに向かおうとするので大人しくしろと制する。


 アイリは犬が苦手なのに、顔を引き攣らながら近付いて来た。


「悪い。大丈夫か?」

「え、ええ」

「……?」

「……」


 何か用事があると思ったのにアイリはそわそわとするだけで、何も話そうとはしない。

 仕方が無いので適当に話題を振る。


「今日は店のお手伝いをするのか?」

「別に、あなたには関係ないわ」

「そう」


 アイリは相変わらず素直ではない。彼女の母親からこれは大きくなったら治る病気なので根気強く付き合って欲しいと言われた。


 まあ、妹や弟に比べたら可愛いものだと思っている。


 そして、別れ際に紙袋を無言で渡された。中からはふわりと甘い香りがする。


「これ、アイリ……あ!」


 お礼を言おうとすれば、既にアイリは走り去っていた。以前追いかけたら怒られたので、そのまま遠ざかっていく背中を見送る。感謝の気持ちはいつもの通りカードにでも書いてアイリの部屋の窓に差し込んでおけばいいかと考える。


 しばらくすれば母が店から出て来た。


「待たせたな、アルノー。行こうか」


 空を見上げれば明るい太陽が雪原を照らしている。

 冬の、一日中日が昇らない極夜が来るまで森で食料を確保しなければならない。今の時期の狩猟はとても大切なことだった。


 先日、父に今季は任せた、と言われた時は本当に嬉しかった。家族がお腹いっぱい食べられるように、頑張ろうと決意を固める。


 そんな感じに、自分と家族の狩り暮らしはまだまだ続く。


 おまけ 完。                                   


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