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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

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第四十五話 秘めたる想いを、あなたへ

 季節も秋となれば、狩猟も解禁となる。

 まず始めに行うのは鳥を獲物とした狩猟。今の時期は渡り鳥である鴨類が美味しいとされている。

 水辺に生息をする鳥は狩猟解禁前に生息をする湖の畔に穀物を撒いて餌付けをしていた。


 基本的に水辺に生息をする鳥は銃で仕留めないで罠を張って捕獲する。銃を使う者も居るが、腕に自信がある人だけだ。

 使う罠は硬い縄を編んで四角い枠に嵌めた物。それを水辺の畔に立て、支えている棒に紐を付ける。そして、餌に誘き寄せられた鳥が網の下に来れば、紐を引いて網を張った枠を獲物に向かって倒して捕獲するという方法を取る。

 餌を置く場所は鳥がすっぽりと入れる位の穴を掘り、網が落ちてきたら逃げられないような構造を作っておくのだ。


 湖から少しだけ離れた場所にジークと並んで待機をしていた。

 一時間ほど紐を握って水辺を監視していたが、鳥さんのご一行は来ない。

 大量にばら撒いている砂混じりの餌は無くなっているので、ご近所お誘い合わせの上でお越し頂いている筈だ。


 何故、餌に砂を混ぜているかといえば、消化を助ける効果があるからだ。

 今回の獲物は渡り鳥なので、今の時期は比較的痩せ細っている。なので、どんどん餌を食べさせて消化をさせ、また餌を食べる、という行動を繰り返させて太らせる作戦を取っていた。

 罠で仕留める獣は実に美味しい。傷を付けないで捕まえる鳥肉は臭みも少なく、強い血の味すら楽しめるという。


 本日は晴れ。天気にも恵まれていたが、獲物は現れず。

 でもまあ、こうしてジークと寄り添ってぼ~っとしているだけというのも悪くは無い。彼女の横顔を盗み見れば、至極真面目な顔で鳥が来るのを待っていた。


「ねえ、ジーク」


 物音や話し声がすると野生の鳥は近づかない。なので、耳元に顔を寄せて小さな声で囁くように語り掛ける。


「……なんだ?」


 相手に聞こえるだけの、潜めるような声。内緒話をしているようで、楽しくなる。


「今日、家に帰ったら……」

「!」

「何をして遊ぶ?」


 ジークは手にしていたナイフをボトリ、と地面に落とす。


「あれ、ジーク、どうし――!!」


 奥さんにちょっかいを出しているうちに、鳥さんご一行が、来たー!!

 全部で二十羽程。しっかり入り餌に夢中なのを確認して、網を支えている木の棒に繋がった紐を一気に引く。


 バサリ、と木枠の網が下がり、鳥は逃げることもなく、餌の入った溝に嵌ったままあっさりと捕獲されてしまった。


 それから罠に近づき、身動きの取れない鳥を革袋に入れて生け捕りにする。生きたままならば、商人が高く買い取ってくれるからだ。

 罠に掛かったのは全部で十八羽。残りは枠から逸れた場所に居たのだろう。


「まあ、こんなものかな」


 同じ場所に再び罠を仕掛け、穀物を撒いてから去る。捕まえた獲物は車輪の付いたそりに載せてコロコロと運ぶ。


 帰り道は紅葉が綺麗な木々を眺めながら歩いていたが、上を向いて進んでいるうちに、変な方向へと迷い込んでいた。


「あ!」

「?」


 遠回りになってしまったと謝っていたら、その道で素敵なものを発見する。


 足場の悪い獣道にあったのは蟠桃フラットピーチという、平らな形をした果物。森の中に木があることは知っていたが、こうして実っているのを見るのは初めてだった。


 早速革袋を持って木に登り、秋の恵みを頂戴する。

 実自体は小振りで、丸いものを上から押し潰したような変わった形をしている。木の上に上れば、果物の皮や実から漂っているほんのりと甘い香りに包まれた。


 傷もない綺麗な桃。まずは一つ掴んで捻り、もぎり取る。


 念の為に皮を剥いで毒味。……うん、甘い、驚く程に。舌先の痺れもないし、味にも覚えがあったので蟠桃フラットピーチで間違いないと思われる。

 きちんとした美味しい桃だったので、下でこちらを見上げていたジークにも投げて渡した。

 ジークは受け取った桃を皮も剥かずに齧っている。


「どう?」

「美味い」


 この桃はジークの故郷でも売っている果実だったらしい。なんでも皮を剥かないで食べるものだとか。


「テオポロン達にも持って帰ろうか」

「そうだな」


 自分達の取り分の入った袋を落とし、ジークが下から受け取る。そして、何も入っていない袋を投げて寄こしてくれた。もしかしたら、商人が買い取ってくれるかもしれないと、欲が出てしまい、結局三袋分の桃を収穫させて頂いた。


 村に居た商人に鳥と果物を売り、帰宅をする。


 今日捕まえた鳥、真鴨は一羽だけご自宅用とした。

 緑の首コンヴェールとも呼ばれる、仕留めた鴨は羽付きの状態で氷室の中で三日間保存をする。そうすれば羽の中に居る虫も取れ、毛穴も締まって羽も毟りやすくなる。


 三日後。

 氷室から真鴨を持って来て、濡れた布巾で全体を湿らせる。これは掴んだ時に手が滑らない為の対策だ。

 それから首根っこをがっしりと掴み、握った所の近くからぶちぶちと羽を生えている方向に抜いていく。足の付け根にある産毛まで丁寧に毟らなければならない。羽が残っていれば肉に臭いが篭ってしまうからだ。

 しっかりと生えてある尾羽は力を込めて抜く。結構指先が辛くなる仕事だった。

 残った短い羽は熱した金箆かなへらを当てて一気に焼いていく。終わったら水に曝し、焦げた部分はナイフで削いだ。


 体を冷やしている間に、頭と手羽を切り落とす。食道には与えた穀物や砂などが詰まっている為、首を裂いて食道を探して引っこ抜く。

 足元から尻部分にナイフを少しだけ入れて、慎重な手付きで腸を取り出してから、切り込みを入れた部分に蓋をするように清潔な布を押し込む。

 その後は両足を縛って吊るして熟成をさせる。大きな鴨は五日ほど。小さな種類ならば熟成なしで調理可能だ。


「……と、まあ、鴨はこんな感じ」


 鳥の解体はどれも似たようなものなので、雷鳥を捌けるジークには教えなくてもいいかなあと思っていたが、本人の強い希望により伝授に至った。


「今年の鳥撃ちはジークに任せようかなあ」


 実を言えば鳥を仕留めるのは苦手だった。今年の冬は別行動をして、自分は他の中型獣でも狙おうかと考えていることを伝える。


「でも危ないから止めた方がいいね。今までとおり二人で行こう」


 そんな意見を出せば、ジークも頷いて同意していた。


 ◇◇◇


 夜。

 祖父から届いていた手紙を開封する。内容は毎年行われる夜会への招待状だった。勿論ジークの分もある。

 更に、ジークの実家からも品物が届いていた。


「……」

「わあお!」


 箱の中身は深い青のドレスが入っていたという。それに加えて宝飾類や服、ジークの髪の色と同じ付け毛に靴と、全身を飾るアレコレが詰まっていた。


「これを着て夜会に参加をしろというのか」

「みたいだねえ」


 ジークは箱のドレスを広げないまま、そっと蓋を閉じる。


「ドレス、広げて見ないの?」

「……いや、別に」


 明後日の方向を見ながらジークは話す。ここに来る前、結婚が決まったのだから男装を止めろと言われてドレスを纏ったら、家族から可哀想な目で見られたという話を。


「なんて言ったら良いのか……。でも、この前の女性物のコルトは良かったけれど」

「それは個人の感想だろう」

「そうかな~」

「……」


 贈り物の箱をジークは机の上に雑に置き、窓の前にある長椅子に座る。

 そして、感慨深い様子で「もうすぐ一年だな」と呟いていた。


 そう。もうすぐジークに出会ってから一年が経とうとしている。

 あっという間の一年だった。

 今回の夜会への招待は、良い里帰りになるのではと思っている。


「里帰りは嬉しい?」

「まあ、そうだな。両親に元気な姿を見せるのも孝行になるだろう」

「そうだね」


 実家に帰れば、ジークはもうここには戻らないかもしれない。

 彼女は辺境の地で生涯を送ると言っていたが、人の気持ちなど簡単に移ろいでしまう。


 お礼を言うなら今かなと、長椅子に座っているジークの前にしゃがみ込んで座り、彼女の顔を見上げた。


 口を開けて、そのまま言葉に詰まって閉ざしてしまう。

 なんだか別れの挨拶をするような気持ちとなっていたからだ。


 首を振って自らを奮い立たせ、言葉も振り絞る。


「――ここに来てくれてありがとう、ジークリンデ。この一年、はまだ経っていないけれど、本当に楽しかった」


 そんなことを言えば、ジークも表情を綻ばせる。

 この上なく美しい笑顔だと思った。


「色々と不便を強いるような生活で、本当に申し訳無かったなあって」

「いや、そんなことは無い。これからも、頼りにしているよ、旦那様」

「!」


 ジークの突然の言葉に後押しをされるように、ずっと言えなかった感情を口にする。


 ――あなたのことが好きです、と。


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