表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/160

第三十九話 ベリー摘み

 この国は国土面積の七割が森林で覆われているという、自然の中の一部に人間がひっそりと生きているような環境だ。

 一面銀世界となる冬が終われば一斉に緑の世界となり、穏やかな風が頬を撫でるように漂う暖かな季節がやって来る。


 夏になれば森のベリーを摘む期間となり、村の女性達は忙しい日々を迎えていた。皆、大きな籠を持って貴重な果実を採りに行くのだ。


 森には豊富なベリーが自生している。種類は何十もの品種が存在するとも言われていた。


 本日もジークを伴って森林を掻き分けつつ散策をする。最初に辿り着いたのは紫色のベリーがある場所だ。


「これは有名だから分かるよね?」

「ブルーベリーだな」

「そう」


 世界的に有名なベリーも三種類程森の中に実っている。


 ブルーベリーの木は膝の位置よりも低い。地表に茂るようにして木が生えているのだ。なので、しゃがんだ状態で摘むという、ちょっと辛いお仕事。


「では、はじめますか!」

「そうだな」


 無言でベリー摘みを開始する。

 摘み取る果実は完熟したものだけ。他の果物と違い、ベリー類は未熟な状態で採っても後で熟すことはない。熟れていないものは樹上で完熟を待つしかないと言われている。摘む際にも注意が必要だ。


 ブルーベリーの完熟した証は、実と軸の接続部分の先端が紫色になっているかで分かる。あとは軸の周辺が赤かったりするのは未熟な証だ。

 熟していないブルーベリーはエグみと苦み、酸味が強く、とても食べられるものではない。収穫時期を知らずにこれがブルーベリーの味だと思い込んでいる人も多いという。

 完熟したものは本当に甘くて美味しい。指先で軽く触れてポロンと取れてしまうのも熟れている証だ。


 三十分も摘めば籠の中は満たされた。

 立ち上がって体を伸ばし、息を吐けば脱力をしてしまう。まだまだ先は長いというのに、短時間でこの様だ。腰を叩きながらジークを振り返ったが、彼女は平気な顔をしていた。


「……ベリー摘みの機具、今年こそ買えば良かった」

「そんな物があるのか?」

「あ、そっちの国には無いか」


 当たり前のように毎年ベリー摘みをしているが、余所の国にはこのような習慣がない事を思い出す。


 ベリー摘み機というのは櫛のようなもので草木を掻き分けて実だけを採るという夢のような道具だ。ただ、食べられない実を選別しなければならないし、未熟状態の実を無駄にもしてしまうのであまり褒められたものでもないが。


「さてと、次に行きますか」


 背負っている大きな籠にベリーの入った容器を入れて、先へと進む。


 森を移動する間は周辺をよく確認しながら歩かなければならない。熊や大山猫、クズリなどの肉食獣の縄張りだった場合は速やかに引き返さないといけないからだ。木に爪痕が無いか、足跡を見つければどの獣のものかと確認をする。


大山猫イルベスは大分数も減ったね。最近は全然見ないなあ」

「イルベスとは?」

「大きい猫。密猟者が毛皮を剥ぐ為に乱獲していたみたいで、祖父の代位かな、軍が動くように要請して規制を掛けたのは」


 絶滅した訳ではないので、たまに山猫の足跡かな、と思うものを発見することはある。

 実物を見たのは走り去る後姿や遠目に発見したのを子供の頃に何回か。基本的に神経質で銃を持った人前には出て来ない。だが、飢えた状態であれば何をするか分からないので、肉食である限り用心が必要だと認識をしている。


「怖いのは山猫よりもクズリの方かな」


 クズリはイタチ科の雑食動物で、獰猛な性格をした獣として村では警戒している。鋭い爪や牙に加えて強い顎を持ち、素早く動く事も可能とする脚力も秘めているという。

 差し迫った状況となれば大きな獣を狩るという一面もある為、危険な生き物として伝わっていた。


 そんな事を話していれば、次なるベリーが生える場所へと到着をする。

 腰位までの低木に実っているのは、小さな粒状をした半透明の赤いベリー。


「これはレッドカラント」

「よくソースとして掛かっているものだな」

「その通り」


 レッドカラントは酸味の強いベリーだ。主に肉料理のソースとして使われる。皮の付いたままの状態で煮込んで保存したり、ジャムなどにする場合は丁寧に裏ごしなどをして、舌触りの良いものにするとか。


 これも二人して無心状態でプチプチと実を採っていく。

 粒が小さいので、籠の中を満たすのは大変な苦労だった。


「あ、そうだ! ずっとジークに見せたいものがあって」

「?」


 今までぐったりとしていたのに、それを思い出した途端に元気になる。ジークの手を取って森の奥へと進んだ。


「――これは」

「凄いでしょう?」


 開けた場所に咲き乱れるのは白い花。別名『森の星』とも呼ばれる、先の尖った七枚の弁が特徴の花だ。

 花自体は小さく、どちらかと言えば葉の方が目立っているが、とても可愛らしい花で、小さい頃に母親に摘んで帰ったら喜んでくれたという記憶が蘇る。


 ジークはしゃがみ込んで花を眺めている。自分もしばし休憩だと思い、ベリーの入った籠を置いてから草むらに寝転がった。


「可憐な花だ」


 ジークも気に入ったようで一人うんうんと頷いて満足をする。


 奥さんを視界の片隅にいれながら、周囲を見渡す。

 白樺の木の下にあるのは豊かな緑色。冬の冷たく凍える景色とは大違いだ。

 太陽の光に照らされて、自然にある植物の全てが一番輝く時季でもある。ここの人たちは、夏から秋にかけての森を『グリーンゴールド』と呼ぶ。森林のもたらす恵みは国民の宝でもあるのだ。


「――と、いう訳で、一番好きな季節でもあるんだよねえ」


 森でベリーやキノコを採り、川で魚を獲る。畑を耕して、冬に備える準備を行い、基本的に肉を買って食べるのは特別な日だけ。

 一日中太陽が沈まない白夜の期間はなんだかワクワクしてしまう。憂鬱になる極夜とは大違いだ。


 このようにして、自然とゆっくり過ごす夏季は、毎日が穏やかに過ぎていく。


「冬は狩りだ、極夜だって忙しいし」

「だが、私は冬も好きだな」

「そう?」


 ジークは白い花が咲いている一帯から離れ、隣に座ってくれた。

 そして、彼女は何も無い冬の辺境について語り出す。


 どこまでも広がる白い雪原は世の中の淀んだものを取り除いたかのような光景となっており、澄んだ空気の中に居る感覚は心地よい。

 極夜の朝、僅かな時間にある全てが青に包まれる世界は息を呑むほどの美しさ。

 夜に現れる青い狐火オーロラは、幻想的な世界へといざなうという。


 そんな事を話し終えたジークは、寝転んだままの自分の顔を見下ろす。


「私は、愛している」

「!?」

「ここの冬の、青と白の世界を」

「……」


 ……それ、俺の顔を見て言う事かな!?


 ジークの言葉にドキっとして、一気に落胆してしまうという、天国と地獄を交互に味わって何とも言えない気分となる。


「リツを見ていると、その美しい記憶が鮮やかに蘇る」

「ずっと、一緒に居たからね」

「ああ、だからか」


 果てしない雪道を走った時も、極夜の朝、犬の世話をしに外に出た時も、狐火を紹介した時だって傍に居たのだ。もしかしたら、自分なんか雪に紛れて存在感すら無かったのかもしれない。


「私の好きな色は白と青だ」

「え?」

「前に聞いただろう? 私の好きな色を」


 まさか数ヶ月前に質問した答えが今返って来るとは。

 なるほどねえ、ジークは白と青が好きなのか。


 ジークの好みについて一つ発覚した所で、空の天気が怪しくなる。先ほどまで綺麗に晴れていたというのに、どういうことだと問い質したくなった。


「そろそろ帰ろうか。雨が振りそう」

「了解」


 ベリーの入った籠を背負い、早足で森を下りることとなる。

 帰宅後、採りたてのブルーベリーをルルポロンに渡して、暇な時にお菓子を作ってくれとお願いをした。


 昼食を終えればぱらぱらと雨が降り出しているのに気付く。

 雨音を聞きながら、執務室から持ち出した書類に目を通して署名するだけの簡単なお仕事をする。ジークもなにかの刺繡をしていた。


 そんな穏やかな午後を過ごす中で、先程頼んでいたお楽しみをルルポロンが持って来る。


「うわ、美味しそう!!」


 作ってくれたのは、特製のブルーベリーパイだ。

 この国の言葉で『ムスティッカピーラッカ』と呼ばれるお菓子は、クッキー生地の台の中にサワークリームと砂糖、卵、ブルーベリーを混ぜたものを入れて焼いた素朴なお菓子。

 外側はさっくりと、中はしっとりで濃厚。ブルーベリーの甘さが全体をさっぱりとした味わいにしてくれる。


 普段はお菓子なんて頼まないが、今回はジークが居るからという理由でルルポロンにお願いをしたが、予想以上の美味しさに自分までもが大満足をしてしまう。


 そんな満たされた午後の話であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ