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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

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第三十二話 魚

 お祖父さんの滞在は三日目。

 本日は朝から民族衣装が着たいと言い出したので、服を貸してあげた。幸い背も同じ位なので、寸法もちょうど良かったのだ。


「では行ってくる」

「行ってらっしゃい。ジーク、お祖父さんをよろしくね」

「分かった」


 今日は二人で川に釣りに出かけるというのだ。

 祖父は休日に暇が出来れば魚釣りに出かけていたらしく、いい所を見せようと張り切っていた。


 二人は護衛のテオポロンを連れて、森の中にある川へと出掛けた。


 家人が居なくなれば仕事を始める事にする。

 まずは鶏に餌をやる。与えるものは森で採れた香草と乾燥穀物を混ぜたもの。餌箱に鶏が集中している間に掃除を行う。藁を新しいものに換えて、水を綺麗にすればお世話は終了となる。


 帰り際に朝食を食べ終えた鶏がコロリと卵を産みつける。それをありがたや、と布で綺麗に拭ってから回収させて貰った。


 卵は必ず朝から産む訳ではない。鶏の体内で卵が作られるのは一日と一時間必要だと言われている。毎日ずれていくので、同じ時間に産み落とす訳ではない。もう一羽の鶏もお昼ごろになれば産んでくれるという訳だ。


 それが終わればミルポロンと森へ向かう。目的は薪を作る為の木を伐採する為だ。


 枝も可能な限り拾い集め、荷車へと乗せる。

 程よい樹を見つけたら、斧で叩いてり落とすのだ。


 倒れた樹はノコギリで荷車に乗る大きさになるまで切り分ける。それが終わったら家に戻って樹皮を剥ぐ作業に取り掛かった。樹の表面にある皮は薬草と一緒に煮込んで強度と柔らかさを加えた後で籠などを作る材料になったりするのだ。 


「じゃあミルポロン、薪割りよろしくね」


 勇ましい少女はトントンと胸を拳で叩いて返事をする。

 因みに今日採って来た薪は冬に使うものだ。樹は多くの水分を含んでいる為、最低でも半年は乾燥をさせないといけないのだ。

 このような手間がかかる為に、寒い時期に備えた薪割りは冬の終わりから春先に掛けて行われる。


 次のお仕事は屋敷の裏にある野外厨房で行うものだ。

 用意したのは芽が出かけたジャガイモ。これを今回の料理で使い切ってしまおうと、用意しておいたのだ。


 まず、ジャガイモの芽を取り除きながら剥いてからすり下ろす。結構な量があるので時間が掛かってしまった。先に擦ったものは色が変わりつつあったが、かき混ぜて誤魔化す。


 それに昨日と今日鶏が産んだ卵二個を割って入れて、小麦粉、塩、蜂蜜、トナカイの乳などを入れて混ぜるのだ。


 真っ白な小麦粉は高価な品であるが、たまには良いかと思って購入した。朝食にも久々にふんわり柔らかな白パンが並んでいたのだ。ジークや祖父の国も黒麦パンを好んで食べる為か、硬さの無いパンを物足りなさそうな顔で食べていた。申し訳ない事をしたなあと思ってしまう。


 浅くて広い鍋に油を敷き、生地を垂らして焼いていく。一回に出来るのは三枚まで。

 こうしてもちもちの小さなパンケーキは完成となるのだ。


 作業が終わればパンケーキの山が出来上がっていた。念の為に一つ味見をしてみる。手の平よりも小さなもので、二口ほどで食べきってしまう。

 焼きたてなので表面はカリっと、中はもっちり、というよりはむっちりとした食感だ。多分小麦粉の配分を間違えてしまったのかもしれない。 

 ほのかなジャガイモの甘味と塩味が相俟って、いくらでも食べられそうなお味となっている。勿論これとコーヒーだけでも食が進むが、今回は二枚に重ねて中に何か挟もうと考えているので、次なる作業に取り掛かった。


 調理用の板の上に置いたのは、朝から商人が売りに来たロヒである。

 最初に鱗を包丁の裏を使って削ぎ、表面を綺麗に水で洗い流す。頭を切り落としてから次に腹を割って中のものを取り出し、肉の黒ずんだ血の部分を丁寧に拭い取る。再び水で中を漱いだら、頭のあった部分から包丁を入れて二枚に分けるのだ。

 最後に真ん中の骨を取り除いて、三枚下ろしは終了となる。


 分けた身は皮を剥いで香辛料と塩を振って下味を付け、先程のパンケーキの生地を水で薄めた物に切り身状の鮭に浸し、残っていたパンを細かく砕いて乾燥させたものを万遍なく振ってから油でざっと揚げる。

 先ほど作ったパンケーキの上に薄く切ったチーズと葉野菜、鮭のフライを載せ、上からルルポロン特製のタルタルソースをかけた。完成したものは紙に包み、籠の中に詰めていく。


 台所へ行けば、ルルポロンがコーヒーを水筒に注いでくれている所だった。そして、テオポロンのお弁当も預かる。彼は愛妻弁当という訳だ。


 こうして皆の弁当を持って、釣りをしている川へと向かった。


 森の中はすっかりと葉の色も濃くなり、夏季を迎える準備が整いつつあった。今日は風が少しだけ吹いていて、木の葉が重なり合う音が耳に心地が良い。


 しばらく道無き道を進むと、川に出るのだ。遠くから釣りをしているとは思えない賑やかな声が聞こえる。草木を掻き分けて開けた場所へ進めば、すぐ目の前に魚が飛んできてビターン! と落下して来たのだ。


「こ、これは……!?」

「なんだ、リツハルドではないか」

「あ、お祖父さん」


 少し離れた場所に、何故か白熊の毛皮を被っている祖父とジークが居た。二人は竿を水面に垂らすことなく、川を眺めるような体勢で居たのだ。


「どうしたの?」

「あんまりにも釣れないものだから、あの熊男が川に飛び込んで、ほれ」


 祖父は川から網を引き上げる。そこには数匹の川魚が入っていた。

 そんな風に話していると、ザバリと音を立てながら川からテオポロンが出てくる。そして、銛に刺さった魚を陸に向かって投げてきたのだ。仕留められた魚は誰も居ない場所にビターン! と着地している。見事な投擲技術を見せてくれた。


「おお……」

「あの男はとんでもない奴だな」


 その言葉には同意するしかない。

 テオポロンに声を掛けて、昼食を摂ることにした。


 彼の濡れたズボンは水分を絞って大きな岩の上で乾かしている。大切な場所は熊の毛皮を巻いて隠していた。


「あの男、無防備過ぎではないか!?」

「……」

「……」


 周囲の人を気にする事なく胡坐を掻いて座り、妻のお手製弁当を食べ始めているテオポロンを見ながら祖父は指摘する。毛皮は雑に巻かれているものなので、角度によっては見えてしまうかもしれないことを心配していたのだろう。


 草むらに布を敷いてからテオポロンの前を隠すように座り、昼食の時間にする。

 持って来た籠を開けば、祖父は包んだ状態のパンを目を細めた状態で見ていた。


「なんだこれは」

「ジャガイモのむっちりパンケーキ・鮭フライ挟み」

「ほう」


 祖父は不思議そうな顔で紙包みを開いてから眺めている。完成してからさほど時間は経っていないので、まだ中は温かい筈だ。


 ジークが食べるのを見てから祖父も噛み付いていた。タルタルソースが口の端に付いていたので、ナプキンを手渡す。


「ふむ。なかなか面白い」

「良かった」


 ジークはちらりとこちらを見て、何か聞きたいような顔をしていたので何かと聞く。


「いや、これはリツが作ったものなのかと」


 そうだと言えば「やはり」と呟いていた。


「お前が作った品だったのか!」


 ジークの言葉を聞いて、祖父も驚く。


「器用な奴だ」


 そう言いながら二個目を催促してくれたのだ。


 朝から気合を入れて作った料理は祖父の口にも合ったようだ。後ろに居るテオポロンにも三つほどお裾分けをする。律儀な熊男は立ち上がって胸を打とうとしていたが、腰の位置で結んでいた毛皮がはらりと落ちかけ、大変な事態となったのだ。


 昼食が終わると家路に着いた。テオポロンの獲った魚は貰って良いのかと聞けば、受け取れというような仕草をするので、ありがたく頂く事にした。


 とりあえずささっと内臓だけ取って二枚下ろしにしてから、三分の一は料理用に厨房へと持って行き、残りは干物にする為に塩を振ってから網で作った箱の中に広げて入れて外に吊るしておく。


 夕食は釣ってきた魚を使った料理とレンズ豆と猪の燻製のスープが用意された。


 本日も賑やかな夕食となった。


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